“昭和歌謡”再訪 Ⅰ 黛ジュン | 薩摩琵琶・後藤幸浩の-琵琶爺、音楽流浪

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“昭和歌謡” がブームだからというわけではないが、最近そうした音源を良く聞いている。

ぼくは1960(昭和35)年生まれ、中学に上がる1973年あたりには完全に洋楽ロック、ポップス、ブルーズ小僧になってしまっていたので “昭和歌謡” 的なものはその以前、小学校時代の音楽体験だ。

小学校時代に流行った、GSも含めた歌謡曲や日本のフォークは、ほぼレコードを買って聞いたことはない (例外的にピンキーとキラーズ「恋の季節」は小遣いで買った) のに、その歌詞までも記憶している曲は多い。亡父がレコード買ってよく聞いてた青江三奈「恍惚のブルース」、森進一「女のためいき」、替え歌 (“森とんかつ、泉ニンニク…”)も大流行したジャッキー・吉川とブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」は記憶にも残って当然だが、ほかの曲はなぜだろう、と今更ながらに思う。日曜日の歌番組「ロッテ歌のアルバム」の影響などもあったろうか…。

自分の音楽原体験の一画であるし、なによりも日本語の歌で、琵琶の語り・歌との関連も無いわけはなく、少しづつ再訪することにした。とはいえ、歌謡史うんぬん、レア音源うんぬん探求は手に余るので、そのあたりは別アプローチの方をぜひとも探してみてください。



で、最初は黛ジュンを。

♬黛ジュンの曲はほんと、よく記憶に残っている。デビュー曲「恋のハレルヤ」(67年、昭和44年)はそれこそ下品な替え歌 (笑…詳細はナイショ) が流布したし、「乙女の祈り」(68年、昭和43年)、大ヒットした「天使の誘惑」(68年)あたりまではなんとなく歌えた。

♬ 今、改めて聞いてみると、その歌はじつに濃い。声は太くハスキーで雑味にもあふれ、節廻し・語尾の母音処理もふくめると、このまま語りものや伝統芸能系やってもぴったりな感じだ。そうした歌唱がR&B的 (というかGS的) なサウンドとあいまって強烈な世界を作っている。美空ひばりのセンスが、新時代に受け継がれたと言っていいかもしれない。

伴奏は当然、エレキ・ギターを中心にしたバンド・サウンドにストリングズが多く、考えてみれば歌+弦楽器、の構成で、日本語の歌には弦楽器 (+ドラムズほかの鳴り物) がいちばん合う、と常々、極端な考え方をしている自分にとっては納得のアプローチだ。

♬「天使の誘惑」はハワイアン、ラテン、R&Bが合体したような、日本の歌謡曲ならではのごった煮感覚。左右のチャンネルに振り分けられたスティール・ギターと、ふつうのエレキ・ギターのアンサンブル、右から左にパン?される瞬間もあるストリングズがじつに気持ちよい。鳴り物的パーカッションも加えた祝祭感あふれるバックに、黛の濃い歌がくっきりと浮かび上がる。大ヒットしたし第10回日本レコード大賞も受賞、子供の耳に残ったのも当たり前だ。

♬ 知らなかった曲の中で、今回とくに印象的だったのは「天使の誘惑」のシングル盤B面の「ブラック・ルーム」。レイ・チャールズ「ホワッド・アイ・セイ」の流れをくむようなR&B~ソウル調の曲だが、歌の冒頭の、あー、がじつに素晴らしい。まっすぐ声を伸ばした後、しっかり揺りをかけるあたり、地声発声の基本みたいな感じで、それで全部持って行ってしまうあたり爽快!ウィルスン・ピケットが「Land Of 1000 Dance (ダンス天国)」(66年) の冒頭、1-2-3のカウントの2回目で節を廻したのにも似たニュアンスがある。節廻し、揺りの部分は基本、母音だけなので、そこでの説得力の共通性もうかがえ面白い。

ダンス音楽でもあるから途中、かけ声も入ったりするが、これもニュアンスが伝統芸能的な部分があってじつに愉快。あとリズム・アンド・ブルーズ、とちゃんと、ブルーズ (ブルースではなく)、と発音してるのも良いと思います(笑)。

♬ 最近は伝統芸能系でも、強く声を遣うのを避けたり、節もたんに綺麗に廻すだけのものも多く、物足りなさを感じたり、イラッとする (笑) ことも多いが、そんなときは黛ジュンの歌でストレス解消することにしている。あー、というより、小学校時代はまだこんな濃い歌が周りにあふれてたので、今いろいろ物足りんのかなあ-(´-`).。oO