本日は、不具合・顧客トラブル・受注急増など、管理者としては一番困るパターンが集中したため、帰宅がすっかり遅くなりました
今日はもうクタクタですが、楽しかった時間の写真を見ながら、記事スタートです
で、深夜のこの時間になって、明日の気分転換を考えていますが…
先週、祖父が肺炎で入院して、父が交通事故(自損)で車の買い替えを検討しているみたいなので、少し高いですが、父の日ということで、車代を全額プレゼントしたいと考えています
元々、技術職なので、人並みにはいただいていますし、良い意味でケチなので、蓄えはあるので(笑)
それに近々で、記事にしますが、奈落の底へ転落していく瞬間を最近に救ってくれましたし(感謝)
恩返しは忘れないうちにしましょう
5/5は、徳島市内から約2時間(遠~い)
那賀郡那賀町黒滝寺へ向かいました
本当に山中になります。
ちなみに父方の祖父は、駿河からこちらの山中に移り住みました。
母は街の人なので、将来できる子供のために、街中で生活始めたようです。
お蔭で、自分は不便なく育ちましたが、今となっては山生活していたら、肺病にもならず、山道で心肺機能も高かったのでは
振り返っても仕方ない過去を振り返ったりしますね
では、黒滝寺へ行ってみましょう
黒滝寺の標高は、700mになります。
黒滝寺は、弘法大師が開基したと伝わりますが、その後変節を経て、戦国時代には阿波へ侵攻してきた長宗我部元親の攻撃を受けます。
今ではこんなにも美しい新緑が彩る山頂湖跡ですが、
ここで戦国時代に悲劇が訪れます…
多くの僧侶たちが、この池で長宗我部軍の刃に倒れて、池の水は血で真っ赤に染まったそうです
三好家に従った多くの武将達が、長宗我部元親に討たれて、長宗我部元親に寝返った武将達の多くが、その後は阿波を掌中に治めた元親に裏切られて、粛清されていきました
そして、それは武将だけに限らず、僧侶や地元民であっても同じでした
人間は、争い事に興味が湧くように出来ているのかもしれませんが…
自分はこういった類の話には、やはり心が痛みます
元親は、姫若子と言われるほど、貧弱でありながらも、侵略者となってからは、ただの夜叉だったと自分は思っています。
ちなみに自分のあだ名も歴史友の間では、『姫若子』と呼ばれていますσ(^_^;)
単純に線が細いにも関わらず、フルマラソンを平均以上のペースで走る体力に尊敬の念を込めて…
と、良い意味らしいのですが…
晩年の元親の猜疑心による残虐さを知っている自分としては、喜べません( ̄_ ̄ i)
でも、自分の心の中にも夜叉が居ることを否定できない自分もいます
ですから、頭脳明晰で温厚で、人からの信用が絶大ありながらも、信長公の命令にも納得が行かなければ命懸けで、従わないことがあった一本筋が通った竹中半兵衛公に憧れ続けています
話が逸れましたが、GWに行った時には、素晴らしい新緑とこの時期に赤く染まる紅葉のコントラストが美しかったです
この日は清々しいばかりの快晴でした
遠くは、愛媛山系の石鎚山方面まで見渡せました
近いうちに、また山登りに行きたいなぁ
ちなみに次の記事でダイブします(笑)