本試験に合格するには、本試験問題を「解く」ことが求められるから、普段から本試験問題を「解く」ことが最も直接的・効率的な対策である。

…という理屈は、単純すぎて誰が見ても納得いくものだと思っていたのだけど、意外とそうでもないのかな?と思ったので、問題を「解く」ことの本質について、NOAさんと検討してみた。


1.「解く」=分からないまま現場思考・判断する
何でもいいから、自分の好きなスポーツを思い浮かべてほしい。

そのスポーツの試合で、過去の試合と全く同じ状況はありえないよね?

たとえばサッカーで、「味方がこの位置にいて敵がこの位置にいる場合、ボールを右に蹴るんだったな…だから右に蹴ろう」なんて考えている人はいないでしょ?

常に、経験したことのない・分からない状況で、現場思考・判断をしているはず。
だから、実戦で、“分からないまま現場思考・判断する”訓練が必要なのだ。


司法試験系(司法試験、予備試験、法科大学院入試)では、過去問で出題された知識とほぼ同じ出題が半分くらいあるが、残り半分くらいは、それらの知識だけでは解けない問題が出題され、ほぼ全ての受験生が“分からないまま現場思考・判断する”必要に迫られる。

確かに、過去問知識だけでは解けない問題についてまで解けるように知識を調達するという戦略も、理論的には不可能というわけではない。

しかし、そのためには、過去問集・過去問分析とかで過去問の元ネタを見れば明らかなように、出題当時は刊行物未掲載の判例や、下級審の裁判例、かなりの冊数の基本書・コンメンタール等を全て読んでカバーする必要がある。

これは、受験生一般の可処分時間からして、事実上不可能だ。

だから、“分からないまま現場思考・判断する”訓練が、少なくとも半分くらいは必要といえる。


そうすると、過去問で出題された知識を記憶することと、“分からないまま現場思考・判断する”訓練が、半々くらいの割合で必要だ。

どちらに重点を置くべきか?

…私は、“分からないまま現場思考・判断する”訓練に重点を置くべきだと考えている。

ガイダンス動画「最短で確実に合格を~目から鱗の勉強法! 」(24分15秒あたり~)でも話したけど、知識の記憶に重点を置くと、記憶した“知識の牢獄”に囚われて、目の前の過去問が知識の集合体にしか見えなくなってしまう。

そうすると、“分からないまま現場思考・判断”で「解く」べき残り半分の問題を「解く」ための、“分からないまま現場思考・判断する”訓練を積むことが難しくなってしまう。

これにより、“知識の牢獄”で無期禁固・懲役になってしまう司法試験系の受験生を、どれだけ産み出してきたことか!法律家になるモチベーションを人一倍持っていて、私なんかの数百倍“真面目”に知識を学んできたのに、いつまで経っても合格できない受験生なんて、もう見たくないんだよ!!

だから、知識の記憶を増やすことは、安易にすべきではない。お願いだから。

男女間で、「君・あなたのことなんて…知らなければよかったっ…!」ってあるでしょ?恋愛の傷をズルズル引きずる痛み。知識の記憶を安易に増やすと、あれと同じくらいのダメージを食らって、そこから自然回復するには相応の時間がかかると思ってほしい(ひょっとして、恋愛の傷をあまり引きずらないタイプは“知識の牢獄”にあまり囚われなかったりするのだろうか…?)。


逆からいうと、“分からないまま現場思考・判断する”訓練としては、知識がない状態で問題を「解く」ことが、最も効率的だ。

知識以外で「解く」ことをせざるを得ないからだ。そして、“知識の牢獄”に囚われず、自由に問題文を駆け巡ることができるからだ。

法的知識ゼロの高校生数十人と、予備試験平成23年度論文式試験(刑法)を4Aで質疑応答しながら解いてみたところ、合格者顔負けの回答が続出したときの感動というか、こいつらすげえ!という感じは、忘れられないなあ(cf.ガイダンス動画「最短で確実に合格を~目から鱗の勉強法! 」23分15秒あたり~)。


(以下、8/21加筆)

私も初学者時代、予習せずに論文答練を受けることを継続的にしていた時期がある。

その現場では、とにかく問題文からヒントを探し、六法をめくりまくって使えそうな条文を探すしかないのだ。

当然、時間も全然足りないから、知識のある受験生よりハードな時間管理の訓練ができたはず。

結果、知識がないと解けないような問題では散々な点数だったけど、いわゆる現場思考問題では、回数が進むにつれ、合格点に近づくどころか優秀答案に選ばれたこともあった。

こうして、現場思考問題の方が得意な受験生となったのである。

これって、特に、現場思考がかなり求められる論文式試験では、非常に重要なことだと思うのだ。

ただ、答練でこれをやっても、答練で求められる能力が鍛えられるにとどまり、本試験で求められる能力までは鍛えられなかったんだなあ…と今では思う。



また、私は、短答式過去問も、インプット講義(つまらなくて早々に挫折したけど)を受ける前から解いていた。

1問ごとに制限時間が書いてあったから、解くのはできる限りそれに従っていた(他方、長い解説を読むのに1問当たり15~45分くらいかかったかな…時間かけすぎ)。

で、1周目の正答率は、3割くらいだったような…2割を超えていたのははっきりと覚えているので、知識ゼロ状態では結構解けた方かな?

そう、知識ゼロでも、そのくらい解けるんよ。たとえば予備試験でも、この約2倍=6割ちょい解ければ受かると思うと、ちょっとやる気が出て来ない?

で、短答本試験では、条文も見られないから、とにかく問題文の情報だけから解くしかない。

そうすると、「これは“常識”的に無理があるでしょ~だから×」「これはまあ、ありそうだから○」というように、多かれ少なかれ、感覚で解くことが多い(パズル・文章穴埋系の問題では、論理・国語力も使って解くけど)。

これが、今のところはどうしても知識・パターン化では割り切れない、法的な“バランス感覚”とでもいうほかないものを鍛えることにつながったと思う。そういや、弁護修習先の先生に、バランス感覚は褒められたなあ…懐かしい。

(以上、8/21加筆部分)


そして、過去問を「解く」という、いわば手続を踏んで得た過去問知識の記憶は、通常の記憶よりも抜けにくい“手続記憶”というものになるらしい。問題を解いて得た知識が、暗記の努力をして得た知識よりも抜けにくいという経験をしたことはないだろうか?

逆に、今、暗記の努力で何らかの知識を得たとしても、本試験まで正確に覚えていられるだろうか?おそらく、司法試験系に合格しうる知識の量・質は、個人差はあるものの、どんなに長くても1か月くらいしか保てないのではないか?とすると、本試験1か月前より前に暗記の努力をしても、全て無駄になってしまいかねない。


ちなみに、法曹実務(修習も含む)でも、過去に扱った事件と全く同じ事件はありえない。

だから、“分からないまま現場思考・判断する”ことが、どんな事件でも多かれ少なかれ求められる。
司法試験系では、このような能力が問われていると考えることもできる。


予想外に長くなったので、続きは次の記事をお楽しみに~