*その3~湖畔百景~はこちら 。
桜は冬の枯れ木と緑の新芽の合間に、ひっそりと咲いて散る。
そこにある隙間を埋めるように。
早春。
美しい南湖の風景を後にして、時計を見やれば午後も深い。
まだ電車の時間には間に合いそう。もう一か所、行きたいところがあった。
南湖から白河駅のほうへ引き返し、線路を越えて川を越えて。
坂道の住宅街、その細い軒道を入っていくと、突き当りに小さな寺院がある。
そこに、枝垂れ桜の花びらが降り注ぐ。
雨垂れ。
聯芳寺(れんぽうじ)の枝垂れ桜は、とても立派な木で、
その高さは本堂を凌駕する。
かつて「花は聯芳」と詠われたほどに。
実はこの桜木の下に、もうひとつ春の風物詩があって。
でもあまり都会では見られないので、ちょっと珍しく見てしまいました。
土筆。
つくしがたくさん、地面からにょきにょきと伸びていて。
あまり見たことないのに、この姿を見ると春を無性に感じるのは何故だろう。
「土筆」という漢字の当て方がまたたまりません。
日本人の嗅覚。
聯芳寺の本堂は、決して大きくはないのに、
この黄昏時の桜の存在感はすごい。
桜って、光るんだなぁと思った瞬間。
発光。
この季節特有の柔らかな西日が本堂の裏から降り注ぎ、
スポットライトを当てたかのように、桜の花は光り出す。
暮れかけの空に、風で揺れる桜は幻のよう。
薄い花びらは丁寧に光を透かして、その一枚一枚の輪郭を際立たせる。
でも、それは大きな大きなこの木の、ほんの一部。
コントラスト。
「夕日に桜」は本当に幻想的です。
これを見られただけでも、このお寺に立ち寄って良かった。
さらに驚くべきは、境内に立つ数種の桜の共演。
紅枝垂れ、枝垂れ、どれが本物でどれが理想なのか分からないくらい。
トリコロールその2。
3種の桜木のミックスが見られるとは思いませんでした。
「桃色」とは一言で言っても、これほどバリエーションがある。
全てが主張しながら、すべてが調和していく、桃源郷のような景色。
この花のカーテンの下にいつまでもいたい。
小さなお寺で、誰もいない境内で
ゆっくりとこの日本の風景を眺められたことはとても印象的でした。
花は聯芳と詠んだ昔の人も、同じように感じたのだろうか。
素晴らしいお寺と、桜でした。
大海へと。
空に腕を伸ばす姿を最後に一目見上げてから、
自転車にまたがって再び坂道へ。
帰りは下り、漕がなくても風を切れる爽快な道。
そして、思わずブレーキをかけずにはいられない、阿武隈川の景色。
河川敷。
大きな川のある風景、とても好きです。
川のまわりには植物があって、生活があるから。
夕日に反射して、白く光る河川も
川を彩るように咲くこの時期しか見られない桜の花も
すべては優しい。
この穏やかな時間が、これからも続くことでしょう。
電車が来るより少し早く、白河駅に帰ってきて、
この日一日相棒を務めてくれた自転車をお返ししたあと
ホームへと登る。
駅の目の前には、白河小峰城がそびえていて。
夕暮れの城址公園に人の姿はあまりなく、ただ静かにじっと佇む城。
その前を、やはり現実をカムフラージュするかのように花が埋め尽くす。
線路越しの景色。
駅からこの姿が見られるというのはいいですね。
車窓からも見えるってことだから。
春が来ると、桜を見たくなって、
桜を見ると、春の訪れを実感する。
そういう習慣が日本にあることが、良かったと思う旅でした。
白河には立派に生きる桜木がたくさんあります。