この1週間ほど、京都に滞在。

 

 ホテルの自転車を借りて、桜満開の古都を巡った。

 

 巡ったのは主に北区、左京区、上京区が中心だったが、どこもかしこも観光客で大変な賑わいを見せていた。

 

 あまり有名なお寺や神社に行くと、観光客で一杯だろうからと、左京区の哲学の道に行ってみるも、沿道の桜は満開だったが、やはり観光客がぞろぞろと小径を歩いていた。

 

 哲学の道の最終地点である若王子神社まで行き、そのまま銀閣寺方面に引き返す。

 

 暖かかったので、帰りに銀閣寺名物のキャンデー店にて、イチゴアイスミルクを買おうと思って立ち寄ると、なんと2月末で閉店したとの張り紙があった。

 たしか老夫婦がやっていたと思ったが、後継者がいなかったのだろうか。

 

 なにか残念な気がしたので、もう少しこの辺を見て回ろうと、今度はそこから少し北上した閑静な住宅街にある、大正末期に建てられたスパニッシュ・コロニアル様式のアパートメントを訪ねてみた。

 

 そこの庭には、大きなしだれ桜が植わっており、この季節には華麗な光景を披露してくれる。

 

 その伝説のアパートメントはまだ存在していた。

 そして、その桜もまさに満開であった。

 

 ここには昔、友人が住んでいた事があり、何度も伺った事があるのだ。

 

 ある夜、友人の部屋で音楽をかけていたら、アパートの住人が次々とその部屋に顔を出し、そのまま宴会のようになった事があった。

 

 その満開のしだれ桜を眺めながら、そんな当時の事を思い出し、勢いがついたせいで、昔よく通った定食屋さんに向かう。

 

 アパートから西に移動し、高野川を越えた下鴨神社あたりにその定食屋さんはある。

 

 店の前まで行って驚いたのだが、なんとお店のトタン看板が半分なくなっているではないか。

 

 店の前にはボロボロの簾がかかって、廃屋のようにしか見えない外観。

 これでは、誰も立ち寄らないのではないだろうか。

 

 こわごわ店内に入ってみると、奥から「はい」とおばさんが出て来た。

 

 奥の席に座っていた先客のご老人が、何事かという感じでこちらを振り返る。

 

 おばさんに看板の事を聞くと、去年の台風でどこかに吹き飛ばされてしまったという。

 そこを直さないのが奥ゆかしい。

 

 日替わりは「ミンチカツ定食」だったので、それを注文する。

 関西では「メンチカツ」を「ミンチカツ」と呼ぶ事が多い。

 

 出された定食は、ウインナー、目玉焼き、サラダ、みそ汁がついて大盛りライスでボリューム満点、これで当時と変わらずの460円は悪いくらいである。

 

 先客のご老人は、テレビを見ながらひとり静かに瓶ビールを飲んでいた。

 

 何事もないかのような、暖かい春の日の午後。

 

 そんな空気が、今も京都には残っている。

 

 その夜は、友人と木屋町で会食。

 

 食後は、昔よく通っていたレトロモダンな喫茶店でお茶を飲みながら懐かしい話をする。

 

 友人と別れ、そこから少し歩いたJAZZ喫茶に入る。

 

 ここも懐かしいお店である。

 

 名物マスターは健在であった。

 

 居合わせたお客さんたちと、知らないうちに友達のようになって、音楽やマンガの話で盛り上がる。

 

 マスターがタバコをくわえながら、ゆっくりとした動作でレコードを取り替える。

 Bill Evansの「I will say goodby」が静かに流れ始めた。

 

 帰路、木屋町通沿いを流れる高瀬川に映るネオンを眺めながら、京の夜桜を想う。