鬼畜と心配性とサポート役 第4章 13話 | Another やまっつぁん小説

Another やまっつぁん小説

 このブログでは高1の描く小説をメインに載せています(主にファンタジー)。キャラ紹介などイラストも載せていきます。感想、アドバイスなどコメント気軽にどうぞ!

 狼の頬に、早也は拳を叩き込んだ。

 その衝撃で、狼の眼窩から最後の目玉が落ちる。

 顔のすぐ傍に落下したそれに息を詰まらせながらも、早也はもう一発を叩きつける。
 


 そして彼の頬を襲ったのは、狼の前足が繰り出した拳。

 毛に覆われているといえど、力は通常の人間のそれと比べ物にならない。
 それをもろに喰らってしまっては、早也の意識もまともに物の輪郭を捉えない。
 


 ここで終わってしまうのだろうか。
 僅か15年とちょっとの年月を経ただけで。
 手放してしまいそうになる視界にしがみつく。

 ああ、でも終わってしまうのだと、視界の端にちらちらと踊る黒い牙で理解した。

「能力なンカ捨てテ、天国で幸せニねェ。」


「それはてめぇのほうだろうが、クソ狼。」


 対空砲でも打ったのかという様な重低音。

 早也の体から重みが一瞬で消え、正常な空気が鼻腔へと滑り込んで逆に噎せる。


 彼の傍に立っていたのは、1人の学生だった。
 まるで悪竜に勝負を挑むかのような、眼鏡の奥の凛とした眼差し。

 1つにまとめられた黒髪が風に揺らめき、群青の瞳は真夏の蒼穹と似ていた。
 


 着ている白い学生服より、その整った顔で早也は誰か分かった。
「み、帝さん…。」
「副生徒会長と呼べ。」
 どこまでも澄んだように見えた彼の口端が、急に上へとひん曲がる。

 彼の背後には、生徒会長、零斗が立っていた。

 その傍には金の毛並みの猫。


「おい零斗、お前は伊家をつれて黒のところに行け。屍相手、一瞬で勝負をつけてやる。」
「わかった。…速瀬、大丈夫か?」
 零斗は早也の傍らにしゃがみこむと、彼の上半身を起こす。


「…は…い。」
「妹が見つかったんだな。よかったな。」
 零斗は屈託のない笑顔を浮かべ、早也を木の幹に寄りかからせる。

 そして立ち上がったとき、彼の黒い瞳は森の先へと向いていた。


「伊家、道案内を頼む!」
「りょーかい!」
 そう返事した猫―――伊家が走り出した。

 そのしなやかな肢体が地面を蹴って森の奥へと進む。

 その後を追う零斗の背中を見送ってから、目玉を失った屍へと帝は向き直った。


「俺のダチが世話になったな。」
「アラら、副生徒会長かァ。」
 凶暴に笑みを顔に刻むもの同士、動いたのは全く別のタイミングだった。
 


 帝が一歩踏み出す。

 あまりにも自然な所作から生まれたのは、時空の歪みだった。

 力を練りこまれた大気が、異常な速度で狼の周りを囲む。


「な…ッ!?」
「この力、強すぎて俺以外には向かないんでね。」
 帝が片腕を広げる。

 大気と大地が極低音で鳴動し、彼の身の回りを音で包んだ。

 早也が驚いた様子で辺りを見回したとき、帝の群青の瞳が、一際美しい光を放つ。


「肉片も、残さねぇよ!」
 帝は身を屈めると、目の前の空中に手を、下から上へと虐袈裟に振り上げる。
 そして聞こえたのは、死体の悲鳴だったのか。
 狼の体には一瞬で深紅の鋭い爪痕が刻まれる。

 その傷口から、まるで爆発するように乾いた音を立てて、屍は灰となって散った。
 灰は雨のように、湿気た地面に降り注ぐ。

 


 それを見送ってから、帝は振り向きざまに指を振る。
 白の肘に巻きついていた糸が、見えない刃で切断された。

 影の紐は零れる砂のように消え、白は地面に倒れる。


「めんどくせぇ事態に巻き込まれやがって……おい凡太。」
「は、はい。」
「白を叩き起こして、妹を連れてさっさと走れ。先生達がそろそろ来るから、森の出口までは全力疾走しろよ。」


 何故分かるのか、と口を開きかけたところで、白が目を覚まし、それから辺りを睨み付けた。
「…いたのか、クソ眼鏡。」
「いたんだよ、エセ不良。」
「周りが騒がしいな。」
 その言葉と同時に、辺りの茂みから呻り声。

 見回せば、先ほどの黒い狼が数十匹ほどいる。

 だがこれは毛並みから尾まで、立体感のない影で作られていた。

 だが草を掻き分けていることから、実体ではあるらしい。
 帝はそれらを鼻で笑う。


「影使いの能力者がいるみたいだな。自分の影を奪われんなよ。」
「わかってら。」
 白は腕を変化させる。

 体力の限界が近いが、ここで倒れるわけにもいかない。
 獣の一匹が、帝へと襲い掛かった。

 それを合図とするかのように、獣は次々に副会長へと襲いかかる。
 


 それでも、帝は冷静だった。

 まず横から襲い掛かってきた最初の狼の頭部に拳を振り下ろし、地面に叩きつける。

 続いて前から走ってくる狼3匹には回し蹴りを叩き込む。

 まるで踊るかのような動きで、帝は森の先へと進んだ。
 


 白はその爪で影を数匹、遠慮なく薙ぎ飛ばした。

 軽々と肩に早也と留美を抱えて、その場から走り出す。

 脇腹が痛んだが、そこに視線を向けている暇はない。
 白は走りながら怒鳴った。


「気をつけろよ、眼鏡! 赤毛がやけに強ぇぞ!」
「ああ、そう。」
 だが、帝は全く興味なさそうに答え、走って奥へと向かう。

 獣が追ってくる気配はない。

 早也たちを追うことに決めたのだろう。
 


 草を掻き分け、帝は森の中央へと走る。
 高い音は相変わらず鳴り響いていた。