鬼畜と心配性とサポート役 第4章 12話 | Another やまっつぁん小説

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「留美、大丈夫だよ! 大丈夫だからね!」
 早也は腕の中で震える妹にそう叫ぶ。

 足場の悪い森の中を、月明かりで朧にしか見えない森の中を、先頭を走る白いスーツがぼんやりと光を反射し、それだけを頼りに早也は走る。

 


 森がざわめいて、まるで自分を覆い尽くそうとしているようだった。
 怖い、怖いと体の腹の部分から悲鳴が聞こえる。
 でも、妹のほうがもっと怖がっている。
 だから、耐えなきゃならない。


「――――凡太、伏せろ!」
 白は早也を突き飛ばし、彼我の間を何かが猛烈な勢いで走り抜けた。
 早也はしりもちをついて地面に転がる。

 妹を見るが、特に外傷はないようだ。

 早也の頬の辺りが切れて、血が垂れている。
「おにいちゃん!」
「…っへ、平気! 白さん、大丈夫……」


 そして、早也は息を詰まらせた。
 白は木の幹に叩きつけられたようだ。

 頭は力無く項垂れ、顔面を見せない。

 そのスーツは土で汚れているが、所々が鮮やかな赤に染まっていた。

 能力で変化していた右腕も、今は生身へと戻っている。
 


 そんな彼は、木の幹を背にぴったりとつけ、宙に浮いていた。

 肘辺りから彼の体をぶら下げているのは、上から伸びた黒い紐。

 あまりにも薄っぺらく見えるそれが、影から伸びているのだと、早也はすぐに理解した。

 ―――おそらく、誰かの能力だ、と。
 


 白の目の前に仁王立ちしているのは、黒い毛並みの巨大な狼。

 おそらく全長は2メートル近くあるだろう。

 自然界にはありえない大きさだ。

 その黒曜石のように輝く牙が、今、白へと向けられている。


「びゃ、白さん!」
「……。」
 狼が、こちらを向いた。

 白濁した瞳に、もはや生気はない。
 早也は吐き気を抑えて、妹の顔を肩口に押し付ける。
 


 これは、死体だ。

 腐敗した毛並みの隙間から、小さな白い蛆虫が湧いて出てくる。

 腐敗した肉を食い破ってぼたぼたと落ちるその白い粒を、幼い妹に見せることなど出来なかった。
 


 狼の口が、ぱくりと開く。

 唾液を引いてむき出しになった牙の奥から、声が響いてきた。
「…やダなァ、狼ッテ声帯がナイからサぁ、上手く喋れなイんだヨネェ。」
 音程を外し、女性と男性が一気に同じ言葉を喋っているような、そんな声音。

 雑音じみたものに埋もれている真っ直ぐな声は、先ほどの赤髪の青年のそれだった。


 早也は足に力を込め、地面を蹴る。

 まるでコマ送りのように横へと素早く移動した直後、先ほどまで彼が立っていた場所を狼が走り抜ける。

 向かいにあった木に体を衝突し、その衝撃さえ使って無理矢理こちらへと向いた。

 眼窩から腐った片目が、糸を引いて零れる。


「操っている…死体を?!」
「だかラさぁ、伊家君ヲ乗っ取ったトキと同じコとダヨ。意識ノ半分を死体によコシて、もウ半分を本体に常駐サセル。そしたら、こんナ風に屍モ動かセるよォ。」
 間延びした声とともに、狼の口が凶暴に歪んだ。


「じゃ、マず君から死ノうか。」
「…っぁああああああっっっ!」
 雄叫びを上げながら、地面を強く蹴って白の元にまで駆けつける。

 無論その速さが見えないから立っていたのだろう、狼は猶も牙を向いて笑っている。
 気にしてはいられない。
 留美を木の後ろに降ろし、急いで片手で白の糸に爪をたてる。

 切れるどころか、繊維さえ毛羽立たない。

 まともな思考さえ奪うような焦燥感の向こうから、狼がまた笑った。


「その糸、素手じゃァ切れナいよ。その糸、僕の力ジャないケどねぇ。」
「な…。」
 瞬間、狼が強く地面を蹴り、一気にこちらへと突っ込んでくる。


「ぐぇうっ!!!」
 早也は狼の頭突きを鳩尾に受け、木の幹に叩きつけられる。

 背骨が嫌な音を立てた。
 


 早也は口の端から唾液と胃液を零し、白目を剥いて地面に倒れる。

 狼は早也の体を無理矢理仰向けにさせると、その白濁した片目で顔を覗きこんだ。


「さヨうナラだねぇ、走馬灯はどンナのガ見れるカな?」
 早也の頭を飲み込まんばかりに、口が大きく開く。

 鼻が曲がりそうな腐臭が顔の周りに満ち、それが死を意味すると、言葉に出なくても分かる。
 恐れの表情で、しかし動けぬままこちらを見つめる留美。
 


 逃げろよ。
 


 逃げろって。
 


 そう言えないのは何故だろうと自分の体を見れば、胸の上に狼の片足が乗っていて、それが肺を圧迫しているのだ。


「…まだ……。」
 息を吸い込めば、肺の中に腐った空気が充満する。

 噎せそうに、吐きそうになりながらも、早也は拳を作る。


「まだ、妹がいるんだぁあああああああああっっ!!!」