東京湾観音は 大きいな! 海の上に聳え立って見えます。高さ56m ビル20階建 | 西村治彦の日記

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東京湾観音は 大きいな! 海の上に聳え立って見えます。高さ56m ビル20階建

東京湾観音は 千葉県富津市小久保の山の上に立っています。遠くからも 良く見えます。周りには 何もないから、目立ちます。この付近に来れば 立ち寄りたくなります。

 今回 私たちは、この先にある光藻の洞窟のある「天羽(あまは)漁協」から、東京湾観音が 遠くに見えたので、行くことにしました。遠くに見えたけれど、車で 行くと、

15分ほどで、東京湾観音に到着しました。

 東京湾観音は 高さ56メートル、20階建のビルに相当する高さなのだ、そうです。

1959年に建てられました。東京湾観音の原作者は 仏像作家の長谷川昴(はせがわこう)氏です。

出資して建設した人は、宇佐美政衛氏です。

宇佐美政衛氏が体験した太平洋戦争での多くの犠牲者を弔い、世界平和を願うために、私財を投げ出して、東京湾観音を建立したのだそうです。

 私は この東京湾観音には 過去、何回か来ています。新人が入ると、ここに連れて参りました。

東京湾観音の裏側に登り口があり、

フーフー言いながら 登ります。中は 螺旋階段になっていて、314段あります。

私は 途中まで 数えていたのですが、休んだ時に、

「やれやれ!」と言ったら、途中からの数え始めが、「8080!」になってしまいました。「8080」で「やれやれ」ですが、全然違います。同時に数えていた黒子さんも、笑ったとたんに、「ハハハハハ!」と「8888」になってしまいました。全然違います。このような時は、景色や内部に集中して、撮影し、階段の数は 後で サイトで調べれば良いのです。

  螺旋階段を登りながら、途中にある「仏様」を拝みます。

東京湾観音ですから、仏教なのです。東京湾観音原作者の長谷川昴氏の作品なのだ、そうです。

自分たちが 今 東京湾観音のどの辺りにいるのか、分からなくなります。

要所には、「ここは、東京湾観音の耳の辺りです」とか書かれていますので、想像が着きます。

私は、スタミナはありますが、登る筋肉は 普段使わないので、脚が 後で 痛まないように、ゆっくり登ります。

頭の部分に来ました。階段は 梯子に代わり、一人ずつしか登れません。黒子さんが先に行きます。

黒子さんのお尻に着いて、私は登ります。突如 変な音がしました。

何の音でしょうか? 普段 聞き慣れた懐かしい音です。私の鼻先に 臭いが充満します。お互い様だと思います。私も 有名な、放臭家なのです。中国語で「放屁(フォンピー)」と申します。英語で「FART」と言います。「フルーツ」ではありません。全然違います。

 ようやく 狭い梯子を 登って、

頂上に到着しました。

頂上は、東京湾観音の頭の上に着いている「宝冠部」にある「展望台」でした。

ここからは、周囲が一望出来ます。東京湾には、富津岬が飛び出しています。

その先には、明治時代以降、日本海軍が、要塞のために作った、「第一海堡」と「第二海堡」が見えます。

 海堡のある海は、東京湾入口の浦賀水道です。東京湾に出入りする船が見えます。富津岬は砂州で、海流が 長い砂州を作りました。

 私は この富津岬にも 時々 ブログ取材に訪れます。

東京湾観音の宝冠部展望台に辿り着くまで、20分以上掛かりました。

ゆっくりと遊びながらです。

 宝冠部展望台で景色を堪能しました。暫くいました。誰もいないので、恋人同士には 良い場所だと思います。

さて、撮影も終わりました。下に降りましょう。降りたら 午後4時半でした。

東京湾観音は 4時半で閉まります。

 帰りましょう。

この日も 楽しかったです。帰り 私が庵で食べる食料を スーパーに立ち寄って、買います。ついでに 黒子さんも食料を買い出します。黒子さん 助かるみたいです。互助の精神で行きましょう。 




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