古墳の上に寺の鐘楼が建っている・市原市古墳探索第5日目・本泰寺の早春

この日は、市原市の古墳探しが 楽しくなって、私は まだ行ってない古墳を探しに出掛けました。手っ取り早く古墳を探すには、寺の境内や、寺や神社の近くにある古墳を探すのが一番です。古墳は、ナビでは出てこないからであります。知らない人は、単なる小山としか思わないでしょう。

スマホで、「市原市の古墳」で検索すると、90以上の古墳が出て参ります。千葉事務所から近くて、分かり易い古墳を探します。

「本泰寺古墳」と申すのがありました。この古墳は、「本泰寺」にあるのでしょう。「本泰寺」は、千葉県市原市下野寺谷と言う場所にあるそうです。

まず、ナビを「本泰寺」に合わせます。出て来ました。

千葉事務所からは 近い距離にあります。

30分ほどで 行けそうです。黒子さんに運転して貰います。運転手がいると楽です。私は、絶えず睡眠不足なので、到着する迄は、キャラバンの中で寝ています。キャラバンの中には布団が敷いてあります。敷き布団2枚と掛け布団 二人分、枕も二つです。

これが、長年の誤解の元であります。私が 時々 実家に帰った時、うっかりキャラバンのドアーの鍵を閉めていなかったので、知らない間に、女房が、布団の中を調べました。

「長い髪の毛があった。誰の髪の毛だ?」「縮れっ毛があった。誰の縮れっ毛だ?」と偉い剣幕です。「何で 車の中に 布団が二人分あるのだ?」「枕が なぜ 二つあるのだ?」

返答に困ります。こんな時、真っ赤な顔をすると、一層 誤解が酷くなります。

「毎日 掃除をして下さる小母さんの髪の毛だよ。縮れっ毛は、掃除していて、パンツの脇からこぼれたのでしょう」と答えます。

「小母さん 何歳?」「もうじき 80歳」

「もっと全然 若い子の毛だった。艶が違う!」、

偉い剣幕が続きます。私は こんな時でも 喧嘩はしません。冷静に 客観的に 返答します。それなので、夫婦喧嘩には なりません。「暖簾に腕押し」です。

「布団 一人分では、振動で体が転がると、車の中の脇の鉄板に触ります。冷たくて、風邪を引くから、布団二人分で、壁に当らないよう防御しています」

女房:「何で 枕が 二つあるのだ?」私:「頭の高さ調整で、私は 常に 枕を二つ使います。貴女の隣の私のベッドにも、ほらね!二つあるでしょう!」

女房:「髪の毛は 若かった。

縮れっ毛も 弾力があって若かった。小母さん何歳?」と 質問は続きます。

私:「嗚呼!新人たちも、小母さんと一緒に 車の掃除を手伝います。だから、新人女性の髪の毛と縮れっ毛でしょう」と返答します。「新人の縮れっ毛も パンツの脇からこぼれたのでしょう!」と答えます。

これで 女房は 質問が 終了致しました。納得したのか、しないのか、無事 質問は終了致しました。大切なことは、車に ちゃんと鍵を掛けておくことですね。

そんな過去の事を想い出していたら、千葉県市原市下野寺谷の「本泰寺」近くに到着致しました。

しかし、田舎の細い道だらけなので、ナビは 正確に「本泰寺」への道を示しておりません。何度も 往復して、ようやく 裏から「本泰寺」へ到着致しました。

早春ですね。

「蝋梅」の花が満開でした。

「本泰寺」境内には、高い所に、「鐘楼」がありました。この「鐘楼」は、古墳の上に建てられているのだそうです。

「行ってみましょう!」

古墳は、前方後円墳でした。長さが43.9メートルあります。高い方の円墳部の上に、寺の鐘楼が作られています。古墳は、6世紀ころ造営されましたので、鐘楼は ずっと後に建てられました。

鐘楼を飾るように、梅の花が咲いておりました。

この「本泰寺古墳」は 遠目からは 古墳と分かりにくいのですが、鐘楼まで上ると、大きな前方後円墳である、と分かります。私と黒子さんは 古墳の上を歩きました。

1500年前に作られたとは、思えない身近さです。

下に降りて、本泰寺本堂に詣でましょう。

本堂の中では、お祈りが行われておりました。

私は お祈りを見ておりました。そうしたら、和庄さんが、「何か用ですか?」と私を見て、凄い形相で、睨んで参りました。

「いえいえ、用はありません!」。私は 逃げました。

この和庄さん、怖いですね! 本堂に向かって 参拝していたのですから、叱られる理由はありません。しかし、この寺は この和庄さんが責任者なので、逆らわずに、謝って 去るのが 一番 良いと思いました。私は 良く叱られます。

この後、まだ沢山ある近くの古墳を探して、そちらに向かったのでした。

 

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水郷の古き街並み・伊能忠敬旧宅の雛人形・山田屋うなぎ店で「うな重」を食べて、佐原駅へ

小野川沿いの「水郷の古き街並み」を散策していると、江戸時代の測量家・伊能忠敬の旧宅の前を通ります。

「伊能忠敬」は、1745年に生まれ、1818年に亡くなっています。享年73歳でした。現千葉県山武郡九十九里町で生まれ、17歳で、ここ小野川沿いの伊能家に婿に入り、酒、醤油、貸金業を営んでおりました。伊能家は名主の家でした。

そんな「伊能忠敬」は、隠居になり、50歳で江戸に出て、天文学を学び、73歳で没するまで、日本全土を回り、それまでなかった詳細な日本全図を完成させたのです。

蝦夷の第一次測量から始まり、第10次まで、続きました。幕府御用達でもあり、日当を貰っての測量でした。

しかし 50歳から始めて、死ぬことなど考えずに、17年間も 全土を歩いて、測量するとは、凄いものです。

我々も 年を取ったと思わずに、50歳からでも 何でも成し遂げられる、と考えることが大切だと思います。若さは、自分次第であります。それなりに、体力を保つために、①トレーニングを怠らない②栄養に気を着けて、スタミナを着ける③ストレスが貯まらないように、趣味や楽しみを持って生きる。嫌なこと、嫌いなことは極力避ける④人間関係を良好に保ち、楽しく生きる。決して短気にならない⑤経済力を 若いうちに 考えて、年取っても 自由なお金を持つ⑥異性を意識して、自分を恰好よく見せる⑦住環境を良くして、体を冷やさず、暑すぎず、体調を いつも整える⑧疲れたら休む、眠たくなったら眠る などが、いつまでも健康を保つ秘訣ではないでしょうか。私の父親も 101歳で元気なのですが、父親を見ていると、上記のことを、励行していますね。

そんな「伊能忠敬」の50歳まで住んでいた「香取市佐原イ」にある「伊能忠敬の旧宅」を訪れて、

元気に活躍する源を考えたのでした。

江戸時代には、「伊能忠敬の旧宅」前では、利根川から入ってくる「荷を積んだ舟」が、舟着き場から、荷を上げて、また 荷を積み込みました。

のどかな光景です。

「伊能忠敬の旧宅」には、3月3日に向けての「雛人形」が飾ってありました。

「佐原地区」での「雛人形」が、どこの店でも展示してあります。

春が近いです。

お腹が空きました。佐原地区に来ると、決まって立ち寄る「うなぎ屋さん」です。美味しいですね。今回は、江戸時代から続く老舗の「山田うなぎ店」に寄りました。

とても大きな「うなぎ」です。美味しかった。ご飯も ボリュームがあります。この近辺には まだ、「うなぎ屋さん」が いくつもありますが、この店は、老舗で有名です。とろけるような美味しさです。

前回 来た時は 満員で 入れませんでした。今回は 空いていて 予約なしで入れました。

ラッキーでした。

食欲の青子さんは、「こんなに、<美味しいうなぎ>は食べたことがない」と感激しておりました。

帰り、JR佐原駅に寄りました。

駅舎が 江戸時代風であります。花菖蒲の季節になると、かなり賑わいます。冬でも、小野川沿いの「水郷の古い街並み」を散策しに、観光客が 絶えません。

何度 来ても、「水郷の古い街並み」には

私は 郷愁を覚えるのです。

 

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世界らん展2017を見に行って・輝く色・見事な色・乱れる色

この日は 東京ドームで行われている

「世界らん展2017」を見学に行くことになりました。

私は 毎年、この「世界らん展」には出掛けております。

以前から、私は「蘭栽培」が趣味であるからであります。

今回の同行は、橋本宗太郎と、藤井智恵であります。

アンパンマンこと藤井智恵には、今回一回限りのニックネーム、「蘭子」転じて,「乱子」と名付けました。

このところ、生活が乱れていて、健康を害し、「乱子」と名付けられ、悔しいからと、奮起一転 生活を戻して貰いたいからであります。

私は、毎年、「世界らん展」に出掛けては、蘭をたくさん買って参ります。

いくら買ったでしょうか?

毎年 5万円程度 買ってきておりますので、

30年間で 150万円は 蘭を購入しております。

長い私の趣味なのです。

温室も作り、暖房も入れて、温水シャワーも出て、

環境は 問題がありません。

問題は 毎日の手入れであります。

「西村の趣味なのだから、自分で蘭の手入れをしろ!」と叱られると思います。

しかし、多忙であったり、疲れて面倒であったり、

十分に蘭の手入れが出来ません。

そこで、新人たちに、「蘭」の手入れを 命じます。

「いや~!」、蘭栽培は難しいのです。

一方、「サボテン栽培」は楽なのです。サボテンは 水を上げなくても、育ちます。枯れません。「蘭」は 毎日 温水を掛け、温度が 冬でも摂氏20度以上に保たないといけません。

10度以下だと枯れますね。

新人は、「温水」の意味が分かりませんでした。

「温水」には、「熱湯」が 含まれます。熱い80度以上の熱湯を、懸命に「蘭」に掛けておりました。「蘭」は、「青菜のお浸し」となって、あえなく全滅致しました。「水を掛けろ!」と命じたら、真冬の零度に近い水道水を掛けておりました。毎日 零度に近い水道水を掛けておりましたので、これで 「蘭」は全滅致しました。

「毎日 仕事として、温室の蘭に水を掛けろ!」と命じても、「はい!」と言って、何カ月も 水を掛けませんでした。「蘭」は みな、カラカラになって、枯れ死にました。(つづく)

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