ショートストーリー372「人と人(前編)」 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「おまえが、俺のことをどう思っていようが、俺はお前のことが大好きだ。たとえ結ばれないと分かっていても、その気持ちは微塵も揺るがない」

受話器の向こう側で、タツヤの低い声がそう言っていた。。。仕事の後に同僚らと飲みに行き、深夜に帰宅したカナコは、留守電のメッセージをボンヤリと聞いていた。

「バカね。。。あなたとは、もう会う気もないわ。。私、いい人がいるの。会社の上司。。頼れる人なの。タツヤとは正反対の人よ」

点滅する電話の再生ランプを見つめながら、カナコは一人、淡々と呟いていた。その疲れた眼差しは、薄暗い部屋の中で危うい光を放っていた。。。


翌日、遅くに目覚めたカナコは、寝室のカーテンから床にこぼれる陽射しを見つめ、昨夜の飲み会のことを思い出していた。。。


「カナコ君、、、俺なんかで、本当にいいのか?俺には高1になる倅がいる。君なら、もっと若くて連れ子なんていない男が沢山言い寄ってくるだろう?」

「部長?私、年齢や、お子さんがいることなんて全然気にならないです。私は部長の人柄、お仕事ぶりを見て、尊敬しているんですから。。」

カナコは、二人きりになった会員制バーで、部長の青木にそう言うと、そっと手を重ねたのだった。。。

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カナコの潤んだ瞳が、青木の目を捉え続けると、青木はカナコの体を強く抱き寄せたのだった。


そんな昨夜の光景を思い浮べながら、カナコは優しく微笑んでいた。


「そうだ!今日は午後、ユミコが遊びに来るんだっけ!」

高校時代の親友で、今は専業主婦のユミコが、近くに用事があるついでに、カナコのマンションに立ち寄ることになっていたことを思い出した。


「こうしちゃいられない!冷蔵庫が空っぽだ~。買出しに行かなきゃ!」カナコは、ベッドから飛び起きると、素早く身支度を整え、ノーメイクで近くのスーパーへと出かけた。


カナコが出掛けた3分後、部屋の電話が鳴り始めた。青木部長からの電話であった。自動的に留守電に切り替わると、青木は躊躇しながらも語り始めた。

「あ、青木です。昨日はどうも。。今日、天気も良いことだし、もしカナコ君に時間があったら、ゴルフ練習にでも一緒に行けないかな、と思って電話しました。予定があるなら、またいずれ近いうちに行きましょう。では、また」

最近、ゴルフを始めたと、昨日の飲み会でカナコが言っていたことを思い出し、青木は連絡してきたのだった。


スーパーで、ユミコが好きな食材を買い込むと、カナコは近道を通って自宅へ向かった。同じ街なのに、道を一本変えるだけで、まるで違う街のように思えた。


この街に移り住んできた5年前、まだ駆け出しの新人記者だったカナコは、合コンで知り合った一つ年下の男と電撃結婚をした。しかし、わずか1年で破局。その原因は、旦那の浮気であった。

「もう結婚なんてしたくない。。自分の人生に、男なんて必要ない」と、心底思ったカナコであった。

そんな自分が、まさか勤務先の青木に恋心を抱いてしまうとは、思ってもいなかったのである。。。

カナコの父親は、カナコが幼少の頃から中学を卒業するまで海外勤務の為に不在であった。
いわば母子家庭のような環境で育ったカナコにとって、歳の離れた青木は、自分が追い求めていた安心できる父親のような存在でもあったのかも知れない。。。


カナコは、マンションの駐輪場に自転車を停めると、両手にスーパーの買い物袋を持って、エントランスホールへと向かった。


すると、物陰から長身の男が現われ、カナコの前に立ち塞がった。ツバの長い帽子を被っている為、顔が見えにくく、誰なのか分からなかった。

「よう。。随分と買い込んできたな。。パーティーでもやるのか?ふふふっ」男は、薄い唇を緩ませながら言った。そのハスキーな声は、カナコの心の奥底で眠っていた記憶を、一瞬にして呼び起こした。


「憶えてるか?お前の元亭主さ。。。なんか最近、随分と羽振りが良くなっているらしいじゃねーか?お前の上司から聞いたぞ。。。青木とかいうオッサンだ」

その言葉を聞いた途端、カナコの両手から買い物袋が、ほぼ同時に路上に落ちた。。。

「な、なんで青木さんと、アンタが知り合いなのよ?。。う、嘘でしょ?」

「へへへっ、カナコ。お前、俺を疑う癖、ちっとも変わってないな。世間は広い。。でも、知り合いの知り合いは、有名人だったりする。。そういう意味じゃ、ある意味、世間は狭いものでもあるんだよな、実際。へへへへっ...」

男は、カナコの心を自在に弄んでいるかのように、不敵な笑みを浮べながら言った。

「それで、、、いったい今頃、何の用なの?!」カナコの声は、突然の出来事で震えていた。


「俺さ~、金がねぇ~んだよ。金が。。。お前と離婚した時も、散々、慰謝料ふんだくられたしなぁ~。あははっ、、、まっ、それは、いいけどよ。。。300万ばかり都合してくれねぇ~か?」


男の口ぶり、風貌、全体から滲み出ている雰囲気は、夫であった5年前とは違い、裏社会の空気を感じさせた。。。


「断るわ。。。もう、あなたと私は離婚して、赤の他人同士。。。金銭をねだられる筋合いはないわ!」

カナコがキッパリと、そう言うと、男の口元から笑みが消えた。そして、カナコに近寄りながら太い声で言い放った。

「面白い。。。ならば、お前のとんでもない過去を、青木のオッサンに密告してやろうか?これを聞いたら、オッサンの純な恋心も、一気に冷めるだろうなぁ~。。。あははははっ」


男の笑い声が、土曜日の穏かな陽射しの中で、無情に響き渡っていた。。。


                                    (次回へ続く)






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