こんにちは![]()
中澤佳子(よしこ)です![]()
兄弟姉妹がいるかたで
兄弟喧嘩をしたこと無いかた いますか?
殆どいませんよね。
したことないと思っても、それは記憶にないだけ。
私たちは、そんな体験があるにも関わらず
自分の子どもたちが喧嘩しているとイラつき
ませんか?
そんなくだらんことで喧嘩するな
とか、
もっと仲良くしなさい とかね。
あるお母さんの集まりに参加した時
お子さんの兄弟喧嘩に頭を悩ませているお母さんがいらっしゃいました。
どう対処したらいいものか…
私はブログに時々書きますが、
方法論に囚われすぎるのはどうかな?と思っています。
ベストな方法とは、その都度変っていくものです。
喧嘩は感情と感情のぶつかり合い
理性で働きかけても、本当のところで感情に働きかけるものでないと、流れを変えることは難しいのです。
だから
一喝して止めさせようが
勝手に続けさせようが
どっちだっていいと思うし、そこが重要なのではないと思うのです。
うちの息子たちなんて、毎日のように繰り広げていますよ![]()
け・ん・か
「二人は本当に仲良しなのね~」なんて言っちゃうくらい、じゃれているってことです。
こう言える喧嘩はまだまだ可愛いものですけどね。
別に兄弟喧嘩を推奨しているわけではないけれど
でも、本気で感情をむき出しになれる関係は、成長の過程において大切だと思っています。
もの凄く悔しかったり、もの凄く悲しかったり…
そういったことを感じるチャンスなわけですから。
私は、長男が乳幼児の時、人への関心がとても薄いことに大きな不安を抱いていました。
彼の意識の先は、人ではなく、例えば、物音なら、その音自体や、視覚的なもの、触角、嗅覚などの感覚的なものでした。
だから、もちろん母親である私への関心も薄く、後追いもありませんでした。
そんな中、次男の出産を迎えました。
これまで、我が子であるのに どこか心が通じ合えていないと感じていた日々。
出産当日、長男を母に預け、病院へ行きました。
無事、出産が終わり、しばらくしてから、夫が長男を連れて病院に来てくれました。
ちょうどその時、私は生まれたばかりの次男におっぱいをあげていたのです。
そしたら、これまで真っ先に私の元に来るということがなかった長男が、真っ先に私の方に来て、何をするかと思きや、生まれたばかりの弟を叩いたのです
。
私、びっくりしましたよ![]()
と同時に嬉しいんです
分かります?
この気持ち。
だって、これまで、普通の感覚がないんじゃないかと思っていた子が
自分以外の赤ちゃんを抱いている私を見て、嫉妬したのです![]()
知らない赤ん坊が、おっぱい飲んでいることに。
そこに、感情が動いたのです。
私のこと、母親と思ってくれていたの!?と思った瞬間でした。
私、長男を抱きしめましたよ。
思い出すと、今でも涙が出るくらい嬉しかったことを覚えています。
いかに、その当時不安だったか
…
そして、息子をそんな風に思っている私は、いかにひどい母親だったか![]()
だから、次男の誕生は、私たち親子の関係を繋いでくれました。
兄弟って本当に大切な存在。
互いに影響しあって成長しているのです。
仲良くする時に感じる想い。
喧嘩の時に感じる想い。
どれも成長に欠かせない 宝
ですよね。
喧嘩は、自分の力を知り、相手との距離の取り方や、アプローチの仕方を学ぶのにうってつけ。
兄弟間はそんなこと考えず、ただぶつかり合うのですが、だからこそ、他人との距離感を学べるのですよね。
だから、喧嘩に頭を悩ます必要は、本当はないのです。
それでもどうしても気になるとしたら…
子どもの問題というより、自分自身の問題なのかもしれません。
例えば、子どもの喧嘩を見て、どうにもイライラするのなら、自分自身にイライラしているのかも![]()
心の中に迷いがあり、決めかねているとか
きっと何かに不満足
を感じているのでしょうね。
そんな時は、今、自分が持っているものに目を向けましょうよ。
自分の家族、仕事、友人…
もっと大元の自分の体や命
人と関わりを持って生きていることに感謝できます![]()
子どもの喧嘩は、単なる自分の心を知るバロメーターにすぎません。
自分で自分を満たせる
ような気持ちを心がけませんか。
そうすれば 少しずつ喧嘩に囚われる自分が減っていきます。
ちなみに、私は、喧嘩を見てイライラした時![]()
自分の気持ちを伝えるようにしています。
例えば
「全く下らん
単なる時間の無駄使い
その時間をお母さんに下さい。」とかね。
こうやって言葉にすると
今の自分はゆとりがなくなっているのかも…みたいに自分の状態が分かるようになりますよ。
やっぱり、人は鏡なんですね~
自分を写し出してくれる鏡。
兄弟喧嘩から成長できるのは、子どもも もちろんですが、自分自身でもありますね。


