歯をくいしばって練習に明け暮れた日
「このさい思い切って、仲宗根プロもやめよう」
一夫が弟妹たちを前にそう言い出したのは、3枚目のレコードが出て間もなく。
デビューして2年が経っていた。
「このままじゃ、俺たちはパッとしないグループのまま、ずるずると終ってしまう。
それじゃ沖縄からわざわざ出てきた意味がないじゃないか。
もう一度初めからやり直そう。
そして、何が何でも一流のグループになるんだ」
兄の熱っぽい言葉に弟妹たちは黙って頷いた。
フィンガー5にとって、長く苦しい試練の時がそこから始まった。
来る日も来る日も、厳しく、血のにじむようなレッスンに明け暮れる。
練習した曲は、編成の似ているジャクソンファイブやオズモンズものが多かった。
「お兄ちゃん、ちょっとトイレ・・・・・」
晃がギターの手を休めてそう言うと、一夫は首を横に振った。
「ダメだ。この曲が仕上がるまでトイレは禁止だ!」
晃はベソをかき、必死に我慢しながら、なんとか演奏を続ける。
そんな厳しい練習ぶりだった。
また、レッスンのかたわら、米軍のキャンプめぐりにも出かけた。
耳の肥えたアメリカ人の前で歌うのは、何よりもいい勉強になったからだ。
ここではビートルズやベンチャーズなどのナンバーを演奏し、また、妙子や晃のソロで『バラバラ』や『ノーノーノー』を歌った。
〈焦りを感じたこともないとは言えません。
でも、僕らは売れないわけでも、ダメになったわけでもない。
まだ未熟なだけなんだ。
だから勝負はこれからだ。
本気で頑張れば、きっと成功すると信じてたんです〉
一夫は、当時をそう言って振り返る。
そうした苦闘が1年間続く。
そして今年の春、ヴァンボン・プロの社長に声をかけられ、再びレコードに挑戦することになった。
阿久悠作詞・都倉俊一作曲の『個人授業』。
その曲を渡されたとき、一夫たちは正直言ってあまり自信が持てなかったという。
だが、父の松市さんはこう言った。
「このままではたくさんの人に迷惑をかけるばかりだ。
もし今度の曲がヒットしなかったら、
きっぱり諦めて沖縄へ帰るんだ。いいな」
この一言にメンバーは奮起した。
「成功もしないでおめおめ沖縄になんか帰れるもんか」
「そうだよ、絶対ヒットするように頑張ろう」
その執念は見事に実り、8月25日、フィリップスから出た『個人授業』は、快心の大ヒットとなった。
そして、フィンガー5は、たちまち人気ものにのし上がったのである。
その栄光をおみやげに、来年の2月、5人は晴れて沖縄公演に出かける。
5年ぶりのふるさとは、きっと彼らを祝福してくれるだろう。
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