一週間前の8月31日に
命日より早いですが、
娘の一周忌を無事終えました。
本当ならば当日にやるか
少しだけ早めにするのが
普通なんですかね?
私達の都合とお寺の都合が合わずに、
1ヶ月も早いかなり前倒しに
なってしまったのが複雑でしたが
何とか終わりました。
何とか終わりましたが
結論から言うと
私はかなり泣いてしまい、
その日はグッタリでした。
とても疲れました。
この日は穏やかな気持ちで
供養してあげようと
自分の中で決めていたのですが
私には無理でした。
少し早めにお寺に着いて、
綺麗な中庭が見えるお部屋に通されて、
とっても静かで綺麗な景色を眺めながら
「この部屋にくるのは49日以来かぁ…」
と考え始めるともう自然と涙が止まらなくなっている自分がいました。
普通の人なら子供を産んだ後に
その子供の為にこんな喪服を着て
こんな所には
絶対に居ないのに…
何で私はこんな所にいるの?
みんな普通に産まれて、
普通にすくすく成長して
毎日育児に大変だったりするけど、
でもその何倍もの何気ない幸せが
溢れているのに…
私も何も高望みをした訳じゃない、
ただ普通の幸せがほしかった。
子供と一緒に生きていきたかっただけ。
なんか色んな事考えてると
頭がフラフラしてきて
倒れそうになりました。
お互いの親も来てくれていたのですが
待ってる間、
その部屋は私の泣き声だけが
響いていました…
上手く説明できないのですが
娘がもうこの世にいないのは
私なりに分かっているつもりです。
ここに私が喪服で居るということは
否応でも現実を突きつけられ
そしてそれを受け入れないといけない
場面でした。
きっと私は心のどこかで
今からでも間に合うから娘が
私の元に帰って来てくれたらなぁ…
なんて願っていました。
「今からでも間に合うから…」
「今からでも育児ができるから…」
毎日、来る日も来る日も考えていました。
娘さえ帰ってきてくれたら
今まで味わって来た悲しみや苦しみなんて
すぐ吹っ飛ぶのに…
でも現実的には無理な事なんですよね…
元気そうに見えたって普通に生活をしている様に見えたって決して乗り越えたり
立ち直ってなんかいません…
私も大人だからいつまでも泣いてばかりでは生きていけないし
それなりに日常の楽しい事に笑ったり
普通に生活が出来る様になったけど
それを
「何か元気そうで良かった!」
とか
「ちゃんと乗り越えたんだね!」
とか簡単に言われる度に
モヤモヤします。
一生こんな事を考えながら
生きていかないといけない事に
とても気が遠くなりそうでした…
もう始まる前から私の目はパンパン。
始まってお経を唱えてもらってる間、
今までお腹に来てくれた時からあの日までの事、そして娘がお空にいってからの1年間の事…
沢山思い返しました。
親なのに、沢山してあげたい事
いっぱいあったのに、
先ず第一の無事に産んであげる事すら
私には出来ませんでした。
本当に後悔してもしきれません。
でも娘に出逢えた事は私にとって
本当に宝物。
本当に幸せだった。
それだけは娘に分かって欲しい…
本当の1歳の誕生日は今月。
娘の成長は想像しか出来ないけど
初めのお誕生日。
この日は
少しでも笑顔で過ごせますように…