春の風景 (第二話) 春の葱 | 水本爽涼 歳時記

春の風景 (第二話) 春の葱

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    (第二話) 春の葱(ネギ)


 今日から春休みに入ったので、僕としては非常に喜ばしい。だから、有意義に楽しませて戴こうと思っている。よ~く考えれば、学年末だということで、夏や冬季の課題とかも少なく、短いけれど、のんびり出来る最高の休みなのかも知れない。

「正也はいいなあ…。ああ、父さんもゆったり休みたいよ。じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい! ^0^ 」

 家計に生活費を運び入れる唯一の貴重な存在だから、必要上、そう云って愛想をふり撒く。この時、僕は家に昔からある湧き水の洗い場にいた。その前を父さんは通り過ぎた訳だが、洗い場で僕が何をしていたかというと(知りたくない方もおられると思うが、ご容赦のほどを御願いする)、じいちゃんから母さんに手渡された野菜、正確には葱なのだが、それを洗っていたのだ。僕は誠に感心で親孝行な息子なのである(と、云うほどの者でもない)。

「おう、やっとるな。葱は身体にいい。味噌汁によし、葱味噌もよし、ヌタにも合う。それに、焼き飯やラーメン、うどんには欠かせんしなあ…」

 じいちゃんは悦に入って解説を続ける。

「だが、惜しいことに、葱坊主が出来る時期になったから、種を取る分だけ残して全部、スッパリ切ってきた」

 そう云って、賑やかにハハハ…と笑った。じいちゃんは剣道の猛者(もさ)だから、たぶん、切るのではなく、スッパリと斬ってきたのだろう。恰(あたか)も居合いで物を斬るかのように、楽しみながら斬ってきた…とも思えた。これは飽く迄も僕の想像である。

 汗をタオルで拭くじいちゃんの禿頭(はげあたま)が、朝陽を浴びて某メーカーの風呂用洗剤Yで磨いたようにビカッと輝いた。そこへ戸を開けて母さんが出てきた。

「食べきれない分は、刻んで乾燥葱にします。…だと、日持ちしますから」

「そうですねえ、未知子さん。食べ物を粗末にすりゃ、罰(ばち)が当たります」

「ええ、そうですわ」

 二人は軽く笑った。両者は相性がいいので、僕は大層、助かっている。嫁と舅(しゅうと)、姑(しゅうとめ)の諍(いさか)いごとは世間によくあるから、非常にラッキーと云う他はない。

 陽気も麗らかだし、父さんは異動もなくこの不況下でも安定したヒラだし、じいちゃんの葱坊主の頭もよく光ってるし、母さんの機嫌もよさそうだし、僕は春休みだし、みんなほぼ健康だし…、まあ、小さいながらも幸せな家庭だから、有難いと感謝しよう。

                                                 第二話 了