短編小説 夏の風景☆第七話
夏の風景 水本爽涼
今朝は母さんの機嫌が悪かった。その原因を説明すれば長くなるので簡略化して云うと、全てはカラスに、その原因が由来する。
早朝、いつものように母さんは、生ゴミを出しにゴミの搬出場所へと向かった。丁度、僕がラジオ体操から帰ってきたところで、入口ですれ違った。そのときの母さんは、普段と別に変わらなかった。しかし、戻って玄関を上がって以降の母さんは、様相が一変していた。それに、何やらブツブツ云っている。耳を澄ますと、「ほんと、嫌になっちゃう」と小声で吐いている。続けて聴いていると、「誰があんなに散らかすのかしら…」とか、不平を漏らす。思い切って、僕は訊ねてみた。
「母さん、どうしたの?」
格好の獲物が見つかったという目つきで、母さんは僕を見据えた。
「正也、ちょっと聞いてよっ!」
僕は、いったいなんだよぉ…と、不安になった。一部始終を云えば、これも長くなるから簡略化すると、要はゴミの散乱が原因らしい。
「未知子さん、飯はまだかな…」と、そこへ、じいちゃんが離れからやってきた。「はい、今すぐ…」と、母さんの鼻息は弱くなった。いや、それは収まったという性質のものではなく、内に籠ったと表現した方がいいだろう。
父さんは勤めに出るので小忙しくネクタイを締めながら食卓へと現れた。そして、いつもの変わらない朝食が始まったのだが…。
「あなた、いったい誰なのかしら?」
「ん? 何のことだ?」と、父さんは見当もつかない。じいちゃんも、珍しく箸を止めた。
「いえね…、ゴミ出しに行ったら散らかし放題でさぁ、アレ、なんとかならないの?」
「ああ…ゴミか。ありゃ、カラスの仕業さ。今のところは、どうしようもない。その内、行政の方でなんとかするだろう」
「それまで我慢しろって云うの?」
「仕方ないだろ、相手がカラスなんだから」
そこへ、じいちゃんがひと声、挿んだ。
「おふた方、まあまあ。…なあ、未知子さん。カラスだって生活があるんだ。悪さをしようと、やってるんじゃないぞ。熊野辺りでは、カラスを神の使いとして崇めると聞く。まあ、見なかったことにしなさい。それが一番」
じいちゃんにしては上手いこと云うなぁ、と思った。でも、散らかる夏の生ゴミは臭い。
「蚊に刺されて痒い思いをするのに比べりゃ、増しさ」と、父さんも援護射撃して笑った。
「あっ、恭一、いいこと云った。頼んどいた某メーカーの殺虫剤、忘れるなよ」
「分かってますよ、父さん…」
薮蛇になってしまったと、父さんは萎縮してテンションを下げた。
第七話 了