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http://www.foocom.net/fs/takou_old/1145/
この記事の筆者は、鈴鹿医療科学大学保健衛生学部医療栄養学科教授 長村洋一氏。
このFOOCOM.NETのサイトは今年の3月に始まったばかりなのですが、「こちらのページは以前、日経BP社 FoodScienceに掲載されていた記事になります。」とのことで、この記事自体は2008年7月16日付けになっています。ずいぶん昔の記事ですが、面白かったので紹介したいと思います。
(今日は、私が再構成するため、記事からの引用を色付きの字で示します。)
まず、取り上げられているのはこの本。
ヤマザキパンはなぜカビないか―誰も書かない食品&添加物の秘密/渡辺 雄二

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渡辺雄二氏は、私が定期購読している「週刊金曜日」の連載からベストセラーになった「買ってはいけない」の著者の一人です。
著者(=渡辺氏)は一通りの実験の後で、ヤマザキパンに使用されているイーストフードやアスコルビン酸にその原因を求める姿勢を示している。しかし、ヤマザキパン以外のイーストフードを使用しているパンも早くカビが生えてしまった。そうするとイーストフードやアスコルビン酸以外に原因を求めなくてはいけない、残るのはヤマザキパン独自の臭素酸カリウムにぶつかった。従って、ヤマザキパンがカビないのはヤマザキパンが独自に使用している臭素酸カリウムに依っているという方法で結論へ導いている。
著者(渡辺氏)は自ら実験を行った結果として、「ヤマザキパンは食品添加物として使用されている臭素酸カリウムが原因でカビが生えない」と結論付けています。なるほど。
そして、わずかに含まれるであろう臭素酸カリウムの健康に及ぼす影響について、著者は、
摂取する添加物の量が少なければ影響ないといえるのでしょうか。大量投与によって、動物が死亡したり、がんになったり、臓器が機能しなくなるというのはかなり強い毒性をもつということです。”
と書いて、その危険性について警鐘を鳴らしています。
なかなか論理的な説明。
・・・?
はて。本当でしょうか?
筆者(長村氏)は、これを強く批判します。要点だけを短く部分引用します。
著者は「なぜヤマザキパンはカビないか」を日常生活に近づけ、まねた形で実験をしている。その記述を読むと、素人には非常に知りたい条件のように見え、感覚的に正しいように錯覚させられる。そして、著者が予測した通りにヤマザキパンはカビが生えなかった。その先の考察が全く非科学的に展開されているのに驚かされる。
確かに、この程度の実験の結果から「臭素酸カリウムが原因だ」とする結論付ける考察は、全く飛躍しすぎていて科学的ではありません。しかも、そもそも実験の方法・精度自体に大きな疑問があります。
そして、その臭素酸カリウムの健康影響の記述についても、長山氏は批判します。
化学の世界で毒性を論ずるときに忘れてならないのは“量”の概念である。パンの中の臭素酸カリウムの問題を論ずるときに忘れてならないのは出来上がったパンの中に検出されてはならない、という食品衛生法の縛りである。すなわち、臭素酸カリウムはパンに残っていてはいけないのである。
この著者によればそのほとんど存在しない量の臭素酸カリウムがカビの生えない原因であると可能性を論じている。
この著者は私などより、はるかにメディアや一般市民からは正義の人と位置づけられているだけに、毒性学の基本的概念「どんな化合物も、それが毒物になるかならないかはその量に依存する」を勉強していただきたく感じている。
こてんぱんです。
まとめると、
・臭素酸カリウムがヤマザキパンにカビがはえない原因である
・臭素酸カリウムは毒物だから、極微量でも摂れば健康に悪影響がある
という渡辺氏の主張はどちらも科学的に間違っている、ということです。
私は週刊金曜日の読者ですが、『買ってはいけない』には全く科学的でない記事がたくさん含まれており、問題だと思っていました。その中でも渡辺氏の記事が最もひどいです。
しかし、一般にはこれが受けて『買ってはいけない』はベストセラーになり、週刊金曜日の知名度も少しは上がったのだから皮肉なものです
さて、臭素酸カリウムがカビがはえない要因ではないとすると、ではなぜヤマザキパンにカビが生えないのか、気になります。
その最も大きな要因は、とても単純なことです。
なぜカビないかを考えると、そこにはヤマザキパンの非常にすぐれた滅菌的な製造工程と品質管理を想像させるものがある。
この記事ではカビが生えない理由はこの程度しか書かれていません。しかし、同じ筆者がほぼ同じ内容に大幅加筆して、健康食品管理士認定協会というところに投稿されている記事を見つけましたところ、そちらには、カビがはえない原因についてもう少し詳しく書かれています。
http://www.ffcci.jp/information/img/kaiho_4-1-3.pdf
パンがカビるのは、カビの菌がパンに繁殖するからであるという当たり前の事象であるが、無生物から生物が発生することはないので、カビないようにさせるのにまず大切なことは、製造工程が清潔であることである。そして、包装されたパンにカビの菌が入らないようにすることである。
山崎製パンのこうした清潔さを重んじた技術の導入により「清潔に作られている」ことがカビの生えない大きな条件であることがまずその一因であると考えられる。
実は、カビが生えないようにするのには清潔であるのも大事であるが、出来上がったパンがカビにとって苦手な環境であることもカビを防ぐためのかなり強力な武器となる。すなわち、カビの生育しにくい状況をパンに作ればよいわけである。その最も手っ取り早い方法はpHを酸性側に持ってゆくことである。実際、パンに酢酸ナトリウムを添加してカビが生えにくくしているメーカーもあることはある。ところが、酢酸ナトリウムは少しでも量が過ぎると酢酸独特の刺激臭的な要素が強くなり、パンの味を落としてしまう。そこで、イーストによる発酵時間を長くして、乳酸などの有機酸の生成量を増加させる方法もある。ヤマザキパンの日持ちの原因としてこうした発酵過程の関与している要素も十分に考えられる。
さらに調べると、当の山崎製パンが、自社のサイトに「カビ発生のメカニズムと保存試験の結果について」という記事を掲載しているのを見つけました。最初の本のようなものが出版されたら、企業としてこのような対応をしなければならないのでしょう。
http://www.yamazakipan.co.jp/oshirase/index2.html
ここには、
・カビ胞子等が付着しないように衛生的な製造環境の維持向上に努めていること。
・発酵法にストレート法と中種法とがあり、中種法の方がカビが発生しにくいこと
が、説明されています。
そして、さらに、未開封状態の場合とカビを接種した場合について、同社と他社のパンのカビの生え方を実験した結果が掲載されています。それによると、
・未開封では同社のものも他社のものも、消費期限から10日過ぎてもあまりカビは生えない
・カビの胞子を接種すると、同社のものも他社のものも72時間以内に全てカビが生える
という結果になっています。
すなわち、大手製パン会社では製造での衛生管理が徹底されていることからカビ胞子がほとんど全く付着していないので、未開封ではカビが生えないのであり、胞子を接種すればカビが生えることから、カビが生えるのを防ぐような食品添加物は添加されていない、ということがわかります。
それではなぜ臭素酸カリウムが添加されているかについても、この記事に書かれています。
臭素酸カリウムは、品質改良剤として小麦タンパク質であるグルテンに働き、パン生地を形成する働きがあり、製造工程において分解されます。
この件について、長山氏はこのように書いています。
ところで、なぜそんなにしてまでヤマザキパンは臭素酸カリウムを使用したいのか?という疑問であるが、これに対しては臭素酸カリウムの小麦改良剤としての素晴らしさがほかの食品添加物では代替できないようである。実際、国産の小麦ではおいしいパンは製造できないが、臭素酸カリウムを使うことにより、見事なまでにおいしいパンができると会社側は関連学会のフォーラム等で説明をしている。そして、おいしさと安全性に関して、科学的根拠を示して説明しており、それらの説明には特に誇張、改ざん等が疑われるような要素は見当たらない。
むしろ、臭素酸カリウムを小麦改良剤として用いている現在の使用法である限り、製造されたパンに臭素酸カリウムを使用したと記載する必要は食品衛生上は全くないのに、あえて使用したことを消費者に知らせている態度は立派な行為とも受け取れる。国産小麦をパンに有効利用しようとしていることは、自給率40%以下で、しかもパン食に慣れ親しんでいる国民にとってはかなり重要な取り組みの姿勢である。
そして、このような示唆に富んだ逸話が紹介されています。
カビ毒を研究している友人からはこんな指摘があった。「最近流行の手作りパンは小規模な店舗で作られているために、比較的早くカビが生える。そうしたパンは結構値段が高いので、購入者はカビが1つか2つ、少し発生した場合に、カビの部分を取り除いて食べている。中には、これこそ保存料が使われていない証拠だから安心だとまで言いながら食べている人もいる。しかし、カビの生え始めたパンは顕微鏡レベルで調べるとほとんどカビだらけである。かなりのマイコトキシンを食べていることになるのではないかと思う。我々は戦後、食糧が少ない時代に育ったので少しくらいカビの生えたパン、お餅などは平気に食べてきた。そして、自分たちは生き残っているからカビ毒はたいしたことないと思っているかもしれないが、本当にそうかという点に私は大きな疑問を持っている。若くしてこの世を去って行った同世代の人たちに、このカビによる犠牲者は本当にいなかったのだろうか、微量のマイコトキシンの長期摂取の問題に関しては、本格的な研究データが少ないだけに怖いですね」
衛生的な製造工程によりカビが生えないヤマザキパンを、食品添加物が入っているからカビが生えないのだと誤解して敬遠し、ちょっとカビの生えたパンを「天然だから大丈夫・かえって安心」と発がん性物質をたっぷり食べている、という人、日本中に結構いそうです。
長くなりましたが、まとめとして・・・。
食品添加物をはじめとする身の回りの化学物質の危険性について、大騒ぎする文章を書く人たちがいます。本当の専門家が書く文章に比べてわかりやすく、しかし科学的を装って書いているので一般の人は信じてしまいがちです。そして「天然=安全」「人工=危険」「添加物=危険」という短絡的でわかりやすい神話を信じてしまいがちです。
また、危険を唱える人こそヒーローであると信じられやすいことは、福島第一原発からの放射性物質の影響に関しても見られていることです。
しかし、そのようなわかりやすく危険性だけを大騒ぎする文章を書く人は、多くの場合、一般の人を不安に陥れる「アジテーター」だと言えます。
これに対し、いつもおなじみの安井至氏(食品添加物についても何度も記事を書かれています)や、松永氏や長山氏をはじめとする正しい科学的態度で情報発信してくれる人が出てきたことは、頼もしいことです。
書いてあることをすぐに信じるのではなく、この人が言っていることは間違っているのではないか・騙そうとしているのではないか、といつも批判的に読むようにし、またそれに対する反論も一度は素直に読むようしていれば、次第に誰を信じてよくて、誰を信じてはいけないのかは、だんだん分かってくると思います。
…とか偉そうに書いている私も、ときどき(しばしば?)騙されますが…。