昭和・平成・令和と繰り返される

えい児殺害・遺棄事件

 

北海道 えい児連続殺害

1971(昭和46)年〜1981(昭和56)年

 
朝日新聞北海道本社版
(1986年7月22日)
 
1986(昭和61)年7月21日、北海道富良野市のホステス伊藤三枝子(当時41歳)の自宅を前日訪れた知人から、「変なにおいがした」と警察に通報があり調べたところ、納戸の中からミイラ化した9人のえい児(嬰児:生まれたばかりの赤ん坊)の遺体が見つかったため、伊藤を殺人容疑で逮捕しました。
 
伊藤三枝子
 
遺体は、一体ずつタオルなどで包まれて段ボール箱や衣装箱に入れられていましたが、自供によると、「昭和46年から56年3月ごろまでの間に、ほぼ毎年計9人の子供を産んだが、生活が苦しくて育てていけなかったので殺した」とのことです。
伊藤は、自宅で子どもを産み落とすと、すぐ顔にバスタオルなどをかぶせて窒息死させていたようです。
 
 
 
伊藤三枝子は、かつて石炭産業で栄えた北海道中部に位置する赤平(あかびら)市に、3人きょうだいの長女として生まれました。
彼女は中学を卒業して地元の商店で働きますが、20歳ごろに札幌に出てキャバレーに勤め、以来ずっとホステスの仕事を続けます。
 
下川耿史氏によると伊藤は、「客あしらいは抜群にうまかった」ものの、「気性が激しく負けず嫌い。同僚のホステスや店長も見下すところがあり、ケンカが絶えなかった」ために、一ヶ所に落ち着くことができず、店を転々と変わっていたそうです。
 
知人を頼って彼女が富良野市に来たのは1971(昭和46)年で、市内のスナックなどでホステスをします。
9人のえい児殺しが始まったのは、富良野に来て間もなくのころからです。
 
ドラマ「北の国から」のロケ地にもなった
富良野の歓楽街
 
伊藤に結婚歴はなく、9人の子どもの父親はすべて違っていたようですが、夜の勤めに出る前、昼間に自宅に客を呼んで売春で稼いでおり、異臭がすると警察に通報した「知人」も客の一人でした。このように、9人は客との間にできた子どもだったのです。
 
伊藤が売春をしてまで稼いでいた理由は、負けず嫌いで同僚のホステスに優位を示そうと、いつも高価な和服姿で店に出ていたため、そうした費用を賄うためだったと見られています。
 
伊藤は妊娠しても目立たない体型だったと言われますが、中絶をしたのならまだしも、9人も出産しながら誰からも一度も妊娠に気づかれないというのは、彼女には近しい友人が一人もおらず、まったく孤立した状態だったからではないでしょうか。
 
女性にとって妊娠・出産は、子どもはもちろん自分の命にも関わることで、ましてや産科医による検診も助産師による介助も受けることなく一人で出産することのリスクははかりしれません。
それだけでなく、産んだばかりの赤ん坊を殺すことなど平気でできるはずもないでしょう。それを一回だけならまだしも、ほぼ毎年のように10年も続けたのは、単に慣れというだけでは理解できないことです。
 
また、そもそも売春をするにしても、まったく避妊をしていなかったようですから、それも理解の難しいところです。客を取るためにやむなく「ナマでの中出しOK」をウリにせざるを得なかったのか、それとも伊藤自身に自分の身を守る、自分を大切にするという意識がなかったのでしょうか。
 
さらに、殺した9人のえい児の遺体をどこかに遺棄してしまわず身近に置き、転居の際も引越しの運転手に「これは大事な品だから、落としたり転がしたりしないように」(大阪日日新聞)と特に注意をしていたと伝えられるように、子どもに対して伊藤に何の感情もなかったわけではなさそうです。
 
【他のえい児連続殺害事件】
わずかな情報からはこうした疑問を解く鍵を得られませんでしたが、調べてみるとそれぞれ状況は異なりながらも、複数のえい児を殺害していた例は意外に多くあります。
 
1976年 大阪府守口市
朝日新聞(1976年12月8日)
 
これは、1976(昭和51)年12月7日に大阪府守口市で、妻の小松征子(当時37歳)が病死した後で自宅の押し入れから6人ものえい児の遺体を夫(同41歳)が見つけ、警察に届け出たという事件です。
 
いずれも死後1年以上経過していましたが、最近の2児の遺体には首を絞めたあとがあったため、検察は亡くなった母親を「被疑者死亡」のまま殺人とえい児死体遺棄容疑で書類送検しました。
 
夫婦には子どもが3人いましたが、妻は流産も繰り返していたそうで、何度も妊娠を繰り返していたことがわかります。そうして流産せずに妊娠を続けた6人の子どもは、産んでから処置に困って殺害していたことになります。生活が苦しくてとても育てられないというのが理由でした。
6人の遺体は、一人ずつ丁寧に包まれて保管されていたようです。
 
この事件でも、生活苦からこれ以上子どもは育てられないと分かっていながら、どうして避妊もせずに性行為をしたのか。今では夫婦間であっても避妊をしない性行為の強要は性暴力と認められますが、当時はまだそういう認識はありませんでした。
この場合もおそらく、夫からの避妊なしの性行為の求めを妻が拒めない夫婦関係にあったのでしょう。
 
この女性も「妊娠の目立たない体つきだった」と言われますが、他人はともかく、性交渉のあった夫が6度もの妻の妊娠に気づかないはずはありません。
とすれば、妻の出産とえい児殺しについて夫は何も知らず、妻の死後に初めて遺体を発見したというのはどうにも納得できない話ではないでしょうか。
けれども、何の証拠もないことから、妊娠・出産した妻ひとりが殺人犯として書類送検されたのです。
 
1985年 東京都豊島区池袋
朝日新聞(1985年3月15日)
 
これも伊藤三枝子の事件と似ています。
元ホステスの伊藤雪子(当時33歳)の自宅を訪れた知人から、「変なにおいがした。死体があるようだ」と警察に通報があり、調べたところ押し入れの段ボール箱からえい児の遺体が3体発見されました。
最も古い遺体は白骨化しており死後数年、あとの2体は死後1年くらいと数ヶ月くらいで、腐乱していたそうです。
 
この事件については以上の情報しかないため、事情の詳細は不明です。
 
1986年〜1995年 千葉県柏市
朝日新聞(1995年10月5日)
 
これは1995(平成7)年10月4日、千葉県柏市のアパートの大家から、借主が最近不在の部屋から変なにおいがするとの通報があり、調べたところ押し入れの天袋からポリ袋に入ったえい児の遺体が7体発見されたという事件です。
遺体はいずれも生後まもないものであり、一部は白骨化していました。
 
この男性は妻と二人で1986(昭和61)年からこのアパートを借りており、妻は1995年6月に43歳で病死しています。その2ヶ月ほど後に夫(51歳)は、家賃を滞納したまま行方不明になっています。
 
夫婦に子どもはなく、隣人によると病気がちだった妻の女性は「ほっそりしていて妊娠しているように見えたことはなかった」とのことです。
 
夫婦の生活状態についてはよくわかりませんので、子どもを持たなかった理由が生活苦だったかどうか不明ですが、子どもを持つ意思がなかったのであればどうして7回もの妊娠を、しかも病気がちの妻が繰り返すようなことをしたのでしょうか。
 
ここにも避妊せずに妻に性行為を強いる夫の身勝手さがあったのではと考えるのは、偏った想像でしょうか?
 
1989年〜1994年 東京都世田谷区
朝日新聞(1995年10月25日)
 
この事件は、1995(平成7)年10月24日、乳飲料販売会社が女性従業員のための託児所として使っていた東京都世田谷区のアパートの押し入れから、ポリ袋に入れられた8人の乳児の遺体が発見されたものです。
押し入れを掃除しようとしたアルバイト女性が腐敗臭とポリ袋に気づいて通報し、発覚しました。
 
袋に書かれていた名前から、1989年から1994年までここでアルバイトをしていた主婦の三上由紀子(43歳)に事情を聞いたところ、「8体とも私が産んだ子供です」と話したことから、警察は彼女を死体遺棄容疑で逮捕しました。
 
この記事では8人の死因は書かれていませんので、三上が殺害したかどうかは不明ですが、すべて死産だったとは考えにくいことから、殺害にも関与した可能性はあると思われます。
 
事件発覚時の三上は「主婦」とありますけれど、先の守口市の事件のように8人は夫婦の子どもなのか、それとも結婚前か婚姻外の男性関係でできた子どもなのか、記事からは分かりません。
しかし、いずれにしても彼女は相手の男性と相談することもできず、ひとりで産んで、困った末に遺体をアルバイト先に「保管」したのでしょう。
 
なおこの記事では、「えい児」より年齢層の高い子どもを指すことの多い「乳児」という言葉が使われていますが、「出産した直後の乳児8人を」とありますので、ここでは「えい児」と同じ意味と考えていいでしょう。
 
【令和の今も繰り返される悲劇】

えい児殺害やえい児死体遺棄という悲しい事件は、今日もなお繰り返されています。

 

遺体が発見された駐車場に供えられた花
(MBS NEWS)
 

2022(令和4年)9月26日、大阪地裁はえい児の遺体(死因不明)を遺棄した吉田絵里佳(当時28歳)に、死体遺棄罪で懲役1年6月執行猶予3年(求刑は懲役1年6月)を言い渡しました。

 

吉田絵里佳

 

北海道で生まれた吉田は、美容専門学校に通いますが、家庭の事情もあって退学し、風俗店に勤めます。

その後、実家のお金を使い込んで母親から叱責され家出した彼女はまず東京に行き、そして2020年に大阪にやってきます。

 

ビジネスホテルを転々としながら売春で生計を立てていた吉田は、2021年の夏ごろつわりのような症状が出て、見ず知らずの客の男に妊娠させられたと気づきます。

 

お金もなく相談する相手もないまま日が過ぎてしまい、2022年4月にひとりで女児を出産しますが、赤ん坊は産声もあげずにぐったりしていたといいます。

 

彼女はそれから2ヶ月の間、ポリ袋に入れた遺体を紙袋で持ち歩き、必要な時はコインロッカーに預けていました。

 

遺体を捨てられなかったのは、バレたくない気持と共に、亡くなった子どもへの申し訳ない気持ちからだったと、吉田は裁判で供述しています。

 

やがて生活に困窮してコインロッカーのお金も払えなくなった彼女は、遺体の入った紙袋を鍵をかけずにロッカーに入れていたところ、何者かがそれを持ち出して駐車場に放置したため、事件が発覚したのです。

 

公判の最後に裁判官から発言を促された吉田は、「亡くなってしまった赤ちゃんに対しては申し訳ない気持ち、毎日供養したい気持ちです。これからちゃんと頑張って、夜の仕事や売春はせずに、ちゃんとした仕事をして頑張りたいと思います」と述べたそうです(MBS NEWS、YAHOO!ニュースに転載、2022年9月25日)。

 

親とも疎遠になり、見知らぬ土地で誰にも相談できないまま妊娠・出産した吉田絵里佳に対して裁判所は、「反省がみられ社会の中で立ち直りをすべき」と執行猶予付きの判決を下しました。

 

サムネイル
 

小川里菜の目

 

今回の事件を追いながら小川は、やり場のない悲しみと怒りを抑えることができませんでした悲しい

 

悲しみというのは、第一に、せっかくこの世に生まれながらすぐに命を絶たれてしまった子どもたちを思ってです。えい児たちはまだ、何かを考えるようなことはできませんので、「生きたい」と願うことすらなかったでしょうが、生きていればいろいろな可能性があったに違いない命を、他でもない産みの母の手で奪われた悲劇には、胸が痛くなります。

 

第二には、つわりなどつらいことも多々あるとはいえ、本当であれば周囲に祝福されながらお腹の中のわが子の成長を楽しみに過ごしてほしい妊婦としての日々を、日が経つにつれて増す不安とおそれに悩み苦しみ、誰の助けも得られず出産して、すぐに子どもの命を絶たねばならなかった女性たち自身の悲しみです。

 

妊娠・出産は、生物学的には女性に固有の機能ですが、妊娠につながる性行為は女性ひとりではなく、相手の男性の関与なしにはありえません赤ちゃん泣き

 

妊娠の可能性がある性行為は、女性と男性とが一緒になっておこなう関係行為であり、二人の間に愛があるかどうかにかかわらず、行為の結果に対する責任を双方が等しく自覚し負うべきものであるはずです。そうでなければそれは、女性に対するレイプと変わるところがありません。望まぬ妊娠という形で結果責任から逃げられず傷つくのは女性だからです。

 

ところが、今回見てきたどの事件においても、責められ罪を問われたのは女性ばかりであって、関与したはずの男性は誰ひとりとして問題にもされずに済まされています。そこに小川は心底から憤りを覚えるのです悲しい

 

女性の側に何の問題もなかったとは言えないかもしれません。

自分の快感のために避妊もせず性行為をしようとする男の無責任な要求を簡単に受け入れてしまったり、客の男に媚びざるを得ない風俗などの仕事につく女性の安易さや愚かさを指摘することも、理屈としては可能でしょう。

 

けれども、男女の立場が決して対等とはいえない今の社会において、生活のために仕事を選ぶことのできない女性や夫に逆らうことができない妻、客である男の要求を拒めない女性たちを、ただ軽率だ愚かだと責めることなど小川にはできないのです悲しい

 

今回取り上げた事件の第一の被害者は言うまでもなく殺された子どもたちですが、加害者となった母親を糾弾しその罪を問うだけで問題を終わらせようとするなら、えい児殺害・遺棄という悲劇的な事件は、これからも無くなることなく繰り返されることでしょう。

 

そのことに関連して小川がとても気になったのは、事件の加害者となった女性たちのほとんどが、夫がいる場合でさえも、誰にも相談できず頼ることもできない孤立した状態に置かれていたことです。

そうした状況を改善するために、まだまだ不十分でしょうが、今ではブログの末尾に載せたような望まない妊娠で困った時の相談窓口が民間団体などによって開設されています。

子どもや若者たちへの包括的性教育から始めて、困っている女性たちへの支援策をもっと拡充することで、望まない妊娠やえい児殺害に少しでもストップをかけなければと、強く願う小川です🥺

 

望まない妊娠で困っている人のための相談窓口です。

↓↓

 

関西では、次の地域で「にんしんSOS」を設けています。
↓↓
【大阪府】
0725-51-7778
平日は午前10時から午後4時まで
日曜日は正午から午後6時まで
【大阪市】
06-6791-1324
平日午前9時から午後4時まで
【兵庫県・神戸市】
078-351-3400
24時間受け付け
【京都市】
075-841-1521
平日午前10時から午後3時まで
【滋賀県】
090-8810-2499
月曜日・水曜日・金曜日は午後6時から8時まで
日曜日は午後2時から4時まで
 
このほか、共益社団法人「小さないのちのドア」では、地域を限らず、電話、メール、LINEで24時間相談を受け付けています。
頼る人や住む場所がない女性たちを宿泊付きで支援する施設もあります。
078-743-2403
メール:inochi@door.or.jp
LINE ID:@inochinodoor
 

参照資料です↓

・下川耿史「北海道・えい児九人連続殺人事件」『殺人評論』青弓社、1991、所収

 

 

 

・『朝日新聞』北海道本社版、東京本社版、関係紙面

・「『売春して生活…客に妊娠させられた』赤ちゃん遺棄事件 母親に執行猶予付き有罪判決 遺体と過ごした『2ヶ月』裁判で見えた女の“母性”の芽生えと“後ろめたさ”」MBS NEWS

 
ブログを読んでくださり、ありがとうございますおねがい
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