統一教会の教祖文鮮明は武器を作って関わってます。文鮮明も文鮮明の息子も。
統一教会 今は世界平和統一家庭連合に名称変更されてます。
統一教会の銃のお店が都会にあると聞いてます。
なのに下記のような発表をしてます。
>私たちの出来事、プログラム、および神学が銃器や武器の使用を全く伴わないことを強調したいと思います。
how well do you know your moon?
統一教会(FFWPU)が声明を発表:「統一教会は銃器使用を奨励しない」
即時釈放の
ための公式報道発表
2018年2月22日、
統一教会は銃器の使用を奨励しない
フロリダ州パークランドで悲惨な最近の出来事の後、家族連合(FFWPU)は、このような恐ろしい事件の被害者の家族に哀悼の意を表したいと考えています。私たちはまた、この機会を利用して、私たちの出来事、プログラム、および神学が銃器や武器の使用を全く伴わないことを強調したいと思います。
天国アメリカの家族連盟、世界平和と家族のための家族連合は文明夫人によって設立されました。私たちは単に家族
連合や統一教会とも呼ばれています。
ペンシルベニア州ニューファンドランドの世界平和と統一聖域と呼ばれる独立組織は、単に聖域教会と呼ばれ、家族連合とは関係していません。あらゆる個人の宗教上の自由、言論の自由、憲法上の権利を尊重し、支持する一方で、我々は暴力の開始に強く反対し、宗教的儀式では武器を使用しません。
ペンシルベニア州立家族教会の岩崎祥太教授は、「家族連盟はすべて、癒しと和解だ」と語った。私たちは、宗教間の対話、責任ある市民指導、および結婚祝賀式を促進するためのイベントを開催しています。ムーン教授の教えは、人々を集めて天の親である神様に喜びと幸福をもたらし、充実感を感じることです。その中のいずれかに武器を持参することは、私とは完全に矛盾しているようです。
サンクチュアリ教会の創設者はムーン牧師の息子であるが、彼は母親と父親の慈善活動を分離して反抗することを悲しげに選択したことに注目すべきである。2012年にムーン牧師が死亡して以来、家族連盟は、共同設立者のハク・ジャ・ハン・ムーン夫人が率いられています。上に描かれたファミリー連盟のシンボルは、登録商標であり、サンクチュアリ教会の使用を認可されていません。
「牧師の息子が自分を切り離して、親の遺産を建てる世界の平和に反対して歩むことを選んだのは悲しいことです。組織として、家族連盟は、社会破壊の解毒剤としての家族の価値を強調します。しかし、私たちの不和にもかかわらず、問題を抱えているどんな家族にとっても、私たちは兄弟姉妹として聖域教会のすべてのメンバーを愛しています。私たちは毎日祈って、もう一度お互いを一つの家族と呼ぶことができることを楽しみにしています」と、家族連合のリチャード・ビューシング牧師は述べています。
ちゃぬさんのブログ(ちゃぬの裏韓国日記)から引用
https://ameblo.jp/chanu1/theme-10033865624.html
■統一教会製造のK6重機関銃はアメリカのM2重機関銃のコピー品
1960年代、武器製造で大儲けを狙って、韓国の軍需産業に参入。さらには日本やアメリカに銃や武器を大量輸出して財閥まで成り上がれるとウキウキだった自称「平和を愛する」武器商人の文教祖。
さて統一教会の武器製造部門を担っていたのが統一重工業ですが、その統一重工業が韓国軍に納品している一つにK6重機関銃があります。
(現在、統一重工業は経営不振でS&T重工業に売却されましたが、武器納品開始は統一重工業の時代から)
このK6重機関銃は現在も韓国軍で使用されています。
ちなみに「K6」とは、韓国で独自開発された火気類(銃など)で6番目モデルという意味だそうです。
文教祖もチャチな空気銃なんかでなく、機関銃や戦車、果ては戦闘機まで武器製造(軍需産業)で大儲けするぞー!!と言ってましたよね。
日本では統一教会は宗教法人ですが、韓国では財団法人なので業種の制限はありませんから、金を設けるために日本の宗教法人を利用したわけです。
要は日本進出は最初から「営利目的」だった訳です。宗教は金儲けの道具くらいにしか考えていなかったでしょう。
そうです。日本人信者の献金で韓国軍の「武器製造」していたのです。
まさに日本人の統一教会信者は日本からみればれっきとした売国奴です。
さらにその銃を日本に輸出して金儲けまでしていたのです。
もうここまで行くと宗教の枠を超えて「危険団体」でしょ((゚m゚;)
『共産党の組織を私はよく知っていて、彼らのこれまでの謀略が何なのかをよく知っていて、暴力行動が何なのかをよく知っているので、仕方なく私は宗教指導者として日本に38ヶ所に銃砲店を作りました。わかりますか? 猟銃、私たちの統一産業で作るB3散弾銃を知っていますよね? この散弾銃5万丁を日本に輸出しました。
(中略)銃砲、銃を・・・猟銃(散弾銃)のようなものを全国38ヶ所の銃砲店で20万丁以上の銃を一時に集めることができる、このような賭けをして...。』
(御言選集109巻「今後の韓国が進むべき道」1980年11月1日 韓国・勝共研修院(利川))
『日本で私たちの銃砲店が約40店になるのです、銃砲店。先生は、何千丁、数万丁の銃を持っているのです。攻撃だけですれば、レバレンド・ムーンが命令だけすれば(銃を)持って出て行って戦うということを皆知っているのです。そのため、怖がっているというのです。私たちが何も人を殺していないのに恐れているのです。そうなのです。私たちは、B3空気銃だけでも約2万丁近く持っているのです。わかりましたか?(「はい」)』
(御言選集94巻「教会の発展と指導者の資質」1977年9月1日 米国・ベルベディア修練所)
なんや? 統一教会はヤクザなのか?
外国勢力が日本に5万丁の銃を輸出って、めっちゃ危険じゃん。それも命令すればいつでも攻撃できる体制だと? オウム真理教も真っ青ニダ。
統一教会は武器メーカーのため世界各地で紛争や戦争が起これば儲かるようになっていますので、積極的にアメリカのSDI構想(戦略ミサイル防衛構想)を支持したのもうなずけます。
話がそれました。
以下は統一教会の作ったM6重機関銃についてです。
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■ K6 12.7mm重機関銃
http://www6.atwiki.jp/namacha/pages/94.html
K6重機関銃はアメリカのM2重機関銃の韓国版コピーである。韓国軍は創設当時からM2を使用しており、ベトナム戦争時には大量にアメリカから供与され、また韓国国内でもライセンス生産されてアジア最大のM2保有国となった。しかし1980年代になると耐用年数が切れはじめたM2の代替が必要になり、新規に生産が始まったK1戦車やK200装甲車用の重機関銃も調達する必要があったため、統一重工業がM2QCB(Quick Changeable Barrel)モデルをベースに新たな重機関銃を国内開発する事になった。1986年から始まったM2の改良作業は僅か1年で終了し、こうして作られた重機関銃はK6の制式名が与えられ、1989年から韓国軍への配備が始まった。
K6の構造はM2とほとんど同じだが、違うのはバレルが改良されてキャリング・ハンドルが取り付けられた事だ。これによりバレルの交換がM2より容易になり、耐久性も高まったという。構造が変わらないためK6とM2はほぼ全ての部品に互換性があり、極端にいうとバレルと幾つかの部品をK6用のものに交換するだけでM2はK6へと変身する。実際、部隊では整備する機会を利用して、既存のM2をK6へと改修しているようだ。このようにほぼ同じ銃といえるK6とM2だから当然性能も同じで、給弾口の左右切替や連発・単発射撃の選択などの機能も同じである。使用する弾丸が韓国国内の豊山工業で生産されており、KM33徹甲焼夷曳光弾、KM20曳光弾、KM17徹甲弾、KM2徹甲焼夷弾などがある。
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<世界日報 2014年8月11日記事より>
http://www.segye.com/content/html/2014/08/11/20140811003463.html
<統一グループ「統一重工業」防衛産業製品(武器・銃部品ほか)カタログ(1996年)>
※統一重工業は2003年に赤字倒産したためS&Tグループに売却
http://oldcar-korea.tistory.com/392
▲▼カタログでは、K-55(M109)自走砲とKM-9戦闘装甲ドーサー車両、K-200装甲車に入る変速機などの動力伝達装置を紹介しており、他にも天馬対空ミサイルとK-9自走砲車両に搭載されると見られる変速機もあります。
▲左側上から地雷散布機、F-5戦闘機に搭載されている20mm機関砲、20mmバルカン砲、K-6 12.7mm機関銃、艦艇用に多く使われる40mm L70ボフォース砲、装甲車両に装着する煙幕弾発射機です。
▲すでに白紙化されたことですが、K100韓国中型航空機に入るいくつかの駆動装置を開発する予定だったようです。
<文教祖説教より>
『先生が青坡洞にいるとき水澤里の統一産業に一日三回行くことも多くありました。一日二回は普通でした。
今から30年前でしょう? 日本の捨てた旋盤、その時72ウォンでした。それをすべて持ってきて修理をして...。ここから世界一の工場が生まれるのです。潜水艦、戦艦、大砲、戦車が作られます。そう言っても完全に信じないでしょう。先生はそんな狂人のような言葉を話すので...。そのように生きて来ました。それで外国の旋盤のようなものも輸入しました。自主的に生産するためです。生産して、バルカン砲...! 1分に3千発が出る優れた機関銃をですね...。それは機関銃です。先生が作った旋盤で作りました。歴史があるでしょう?
バルカン砲のようなものを韓国軍では1981年に製造する計画でしたが、先生は1975年に2台作りました。そのときお金がなくて麦飯も食べられなかった統一教会の立場から3億から4億以上のお金を投入して作って、それを当時の朴大統領に試射して見せたのですが、(駐韓)米軍8軍もびっくりしたのです。 「これは、米国の精鋭武器と言えるが、韓国の統一産業は何も持たずに...。これは何でもないと思っていたが、その性能はアメリカ製よりも良い」と言って問題になったことがあります。その後、朴大統領が気分が良くて「うーん...!」と言ったのです。
(韓国の)軍事産業を先生が始めました。軍事産業を指導しました。戦車も試射砲を作ってポンと撃って...。そのようなすべてのものを作って指導してきました。ですから今は、国土防衛において強大な背後を...。米国の技術団も巻き込んで、学ぶだけの基礎まで磨きました。それで韓国の国防部では、レバレンド・ムーンを賞賛しています。 「文先生の功労! 新武器開発は文先生から!」と言いながら。』
(御言選集192巻「目標と前進」1989年7月4日 韓国・一和修練院(龍仁))
(統一重工業正門)
(統一重工業の武器製造を視察する文教祖)
引用終わり