■ベトナムの森を歩く■17-③ベトナム最大の自然湖の森、バ・ベ国立公園へ -Vietnam-
Ba Be National Park-Vietnam-
●朝のバ・ベ、湖。雲のすき間から太陽がほんの短い間顔を出した
早朝、ニワトリの鳴き声と猫の鳴き声に起こされた。ニワトリは分かるが、何で猫が朝早くから鳴くのだろう。
6時を過ぎると窓の外はうっすらと明るくなった。散歩にと、緩やかな村の下り坂を歩いていくと、女学生が自転車に乗ってこちらにやってくる。「ハロー」と声をかけてきた。ほっそりした色白の顔に大きな目、その美しさに思わず見とれてしまった。タイ族には美人が多いのだろうか。
民家の軒先では、大きな鍋を竈にかけ、朝飯の支度をしている。あいさつすると、にこやかな顔が返ってくる。
朝食の後、村はずれにあるバ・ビ湖へ向かう。湖には3本の川が流れ込み、1本の川が流れ出しているという。ここからプオン川に入り、川の上流にあるプオン洞窟を目指す。
ガイドと村の船頭と3人で山沿いの道をしばらく歩くと、船着き場に着いた。
さっそく村の船頭がエンジンをかけ、ゆっくりと湖に出る。朝から曇っていた空が少し明るくなった。霞んだ島の樹木が、まるで巨大な盆栽のように枝振りよく左右に張り出している。背後には樹木に覆われた高い山々が連なり、所々に鋭く突き出た岩峰が見事な景観をつくりあげている。
湖に浮かぶ「盆栽」の間をしばらく走ると、湖から流れ出る川を下りプオン川に入った。穏やかな流れの岸辺には、竹葺きの粗末な家が点々と見える。辺り一帯には、樹木が茂る巨大な石筍のような山々がそびえている。川では、漁師が細長い舟の上で黙々と魚網を放っている。
薄日の当たる岸辺では、黄色や白いチョウがひっきりなしに飛んでいる。なんとのどかな風景か。
雨で鋭く削られた石灰岩の絶壁を眺めながら、ゆったりと2時間ほど走ると洞窟に着いた。プオン川がくり抜いた洞窟にはたくさんのコウモリが生息し、臭いが強烈だ。洞窟は50mほどの高さで、長さは300mほどある。18種のコウモリが生息し、1万から5万羽のすみかとなっているという。暗い洞窟から上流の方を眺めると、さらに谷が続き、まぶしい光が洞窟に射し込んでいる。
洞窟を後にプオン川を引き返し、岸辺の村に降りる。ここもタイ族の村で数軒が点在している。村はずれにあるジャウジャン滝を見に行く。途中の民家の背後に広がる谷間の畑はきれいに耕され、トウモロコシが植えてある。
大きな岩が転がる坂道を下ると、プオン川の激しい流れが見えてきた。滝というよりも段差の激しい激流といった感じだ。この激流は1kmほど続き、雨が多いとさらに迫力があるという。
引き返す途中、突然民族衣装の女性とすれ違う。あわてて写真を撮らせてもらう。大きな銀製の首飾りに、歯を黒く染めたお歯黒が印象的だ。この湖の周辺には、このような人々が住む村が幾つかあるという。
村には一軒の食堂がある。薄暗い部屋にはテーブルとイスが無造作に並べられている。土間に大きな竈が二つあり、野菜を入れた鍋の下からもうもうと煙が立ち上っている。その上には腸詰めと肉の塊がぶら下がり、煙で飴色のいい色に仕上がっている。竹籠の中には、皮むいたタケノコが入っている。タケノコは今が旬だという。さっそく昼食に食べさせてもらうと、日本のタケノコと同じ味を想像していたが、少し苦い味がした。
湖に引き返すと雨がぽつりぽつりと降りだした。
湖にある島の一つに上陸する。樹木が生い茂り、その中に伸びる岩がツルツルと滑る坂道を上って行くと、丸い池が見えてきた。アオティエン(妖精の池)と呼ばれている池である。
昔、妖精が空から降りてきて泳いだという伝説が残っている。この池は、石灰岩から浸みだし、その澄みきった水で満ちている。周りは崖と樹木に覆われ、薄暗くなった雨の中で、うっすらと靄がたなびき神秘的な風情を見せている。
湖に戻ると雨がさらに激しくなった。山には雲がわき上がり、雨粒が激しく水面をたたく。濃淡の雲が尖った山の斜面をゆっくりと移動する様は、まるで水墨画の世界を見ているようだ。
不思議なことに、激しく降った雨は岸に船が着くと同時に晴れてきた。めまぐるしく天候が変わる。田植えが終わったばかりの水田は、朝見た時よりも早苗の緑がさらに鮮やかになっていた。