平成30年8月の交野市長選挙のころ、黒田実当時の交野市長は、次のように「路線バスの維持など地域の移動手段の確保」と記載したビラを交野市内で配布しました。
 平成31年4月17日、黒田実当時の交野市長は、「路線バスの維持など地域の移動手段の確保」と記載したビラを配布したにもかかわらず、事実上の「ゆうゆうバスの廃止」を京阪バスに通知しました。
 黒田実当時の交野市長は、ゆうゆうバスを令和2年3月末に廃止することを画策しました。その後、地域福祉計画推進審議会の採決にて反対が多数を占めて答申に至りませんでしたが、黒田実交野市長は、令和2年4月末にゆうゆうバス廃止を決めました。なお、交野市として、併用不可の次の①~③の外出支援策を実施し、他に高齢の要介護者や重度障がい者を対象とした施策の拡充を実施しました。
 
 令和2年2月18日、交野市議会全員協議会にて、ゆうゆうバスを廃止すると京阪バスの路線が維持されるないしは便数が減らないのかどうかを交野市都市計画部に確認したところ、わからないと回答しました。
 令和2年2月22日、星友クラブ連合会等が中心に開催されたゆうゆうバス廃止に反対する「交野市民集会」が開催されました。集会には、私や大阪維新の会の交野市議会議員3人を含む交野市議会過半数の8人が参加し、大阪維新の会のみよしかおる大阪府議会議員に至っては、来賓代表挨拶までしました。 
 令和2年3月6日、星友クラブ(老人会)連合会等が私を含む3名の交野市議会議員を紹介議員として提出したゆうゆうバスの廃止に反対する請願が審議されました。私を含む5名の交野市議会議員は賛成しましたが、「交野市民集会」に参加していた大阪維新の会の交野市議会議員3人が請願に反対したことが決め手となり、賛成少数で不採択になりました。
 令和2年3月16日、交野市議会総務文教常任委員会の令和2年度の予算審議にて、ゆうゆうバスの存続のための予算修正案に対し、私を含む3名の委員が賛成しましたが、令和2年2月22日に星友クラブ連合会等が中心に開催されたゆうゆうバス廃止に反対する「交野市民集会」に参加していた大阪維新の会の2名の委員が反対したことが決め手となり、否決されました。
 令和2年3月27日、交野市議会の令和2年度予算の採決の結果は次のとおりです。私の無力を深く反省し、お詫び申し上げます。
①ゆうゆうバスの存続のための予算修正案が私を含む5名の議員が賛成したものの否決
②ゆうゆうバスの廃止を含む予算案が私を含む5名の議員が反対したものの可決
③ゆうゆうバスの廃止を含む予算案の執行にあたり配慮を求める付帯決議案が私を含む5名の議員が賛成したものの否決
※付帯決議案は、大阪維新の会が作成したものとほとんど同じだが、大阪維新の会の3名の市議は反対
 令和2年5月1日、黒田実当時の交野市長緊急事態宣言により京阪バスの利用者が半分以下になっているにもかかわらず、ゆうゆうバスを廃止しました。
 令和2年6月15日、交野市議会6月議会の一般質問で、ゆうゆうバス廃止後の京阪バスについて質したところ、令和2年4月〜令和2年5月は、前年に比べて半減で、利用者の減少が続くことになれば、路線の減便や廃止も京阪バスは検討するとのことでした。
 令和2年10月9日、ゆうゆうバスは廃止されましたが、京阪バスは、交野市駅⇄倉治の農協⇄大仏町⇄交野警察⇄河内磐船の路線を2時間に1本にしました。何のためにゆうゆうバスを廃止したのか・・・

 令和3年1月13日の交野市議会全員協議会で、京阪バスポイント2000ポイントないしは2000円の交通費補助の利用者が当初予想8000人のところ924人しかいないことが判明したため、ハゲしく追及いたしました。
 令和3年2月18日、交野市は、来年度から京阪バス乗車券(230円×8枚×160円×1枚)を選択できるようにすることを明らかにしました。当然の措置ですが、これでもゆうゆうバスの代わりにはならないと言わざるをえません。
 令和4年2月24日、交野市は京阪バス支援に2010万円を支払う議案を提出しましたが、京阪バスの路線が維持されるないしは便数が減らないのかどうかは不明です。あわせて、令和4年度から、京阪バスポイント2000ポイントないしは2000円の交通費補助は2300ポイントないしは2300円に変更され、課税要件が撤廃されます。
 令和4年5月11日、私は、交野市の人口減少への対策を考えると、市として、京阪バス等と協力し、コニュニティ―バス等を導入すべきと考えましたので、その考えを記したビラを新聞折込しました。
 令和4年9月4日、交野市長選挙にて、私は「便利な交野コミュニティーバス」を掲げて当選しました。

 令和4年10月22日、京阪バスの交野市内南部地域を通るバスが拡充され、藤が尾、妙見坂、妙見東、南星台、を通るバスでフレンドタウンに行けるようになりますし、また、星田駅に行けるようになりました。しかしながら、天野が原町のバス停はなくなりますし、交野市駅と河内磐船駅とを結ぶバス路線は、2時間に1便のところ、1日2〜3便に減便します。私は、交野市として京阪バスと協議するよう指示するとともに、関係する行政区との協議を始めます。


 令和5年4月1日、京阪バスポイント2300ポイントないしは2300円の交通費補助を4600ポイントないしは4600円に変更しました。また、寺と神宮寺を通るワゴン車を東倉治に延伸しました。
 令和5年9月1日、寺と神宮寺と東倉治を通るワゴン車を森南に停車させるようにしました。
 令和5年12月16日、直Qバスが停車することにより天野が原町のバス停が復活しました。

 令和6年4月1日、京阪バスポイントないしは交通費補助に4500円のタクシー乗車券を追加し、75歳以上の高齢者を対象としていたのを70歳以上の高齢者を対象として対象範囲を拡大しました。

 令和6年8月3日、ゆうゆうバスを廃止させた京阪バスは、大阪関西万博直前の令和7年3月22日に市内単独路線を全廃すると一方的に通知しました。京阪バスに撤回を求めたものの、京阪バスは再検討の余地はないと断りました。

 令和6年8月15日、朝日新聞が「京阪バス、大阪・交野で路線バスの一部廃止検討」と報道しました。
 令和6年8月16日、朝日放送が「大阪 京阪バス 一部ルート廃止検討 運転士不足・・・来年3月から」と報道しました。

 令和6年8月28日、突然の京阪バスの市内単独路線全廃を受け、大型二種種免許保有の運転手を確保しようといたしましたが、大阪関西万博により、確保が困難となっていることを記者会見で訴えました。

 寝屋川市が運行するねやBUSのように、タクシードライバーが運転するワゴン車は、最大9人乗車です。一方で、星田駅⇄コモンシティー星田の路線は1時間に最大約60人乗車のため、ワゴン車では対応不可です。そのため、交野市は、バスを用意し、大型二種種免許保有の運転手を確保し、代わりのバスとする予定でした。しかしながら、大阪関西万博のシャトルバスの運転手確保や子ども無料招待事業のためのバス確保により、大型二種種免許保有の運転手を確保することが困難であると大阪府内で営業するバス事業者に言われました。半年間のイベントで市民の足が奪われるのは、あまりにも理不尽です。


 令和6年8月29日、読売新聞が「交野のバス4路線廃止へ」、朝日新聞が「京阪バス交野市内4路線廃止」、産経新聞が「交野の京阪バス一部廃止へ 市が代替運行の方針」と報道しました。
 令和6年9月2日、梅ヶ枝、松塚、郡津、幾野、を対象とするコミュニティーバスであるおりひめバスを導入しました。


 令和6年9月3日、読売新聞が「交野市コミバス さあ出発 北部地域の14停留所巡回」と報道しました。

 令和6年9月19日、博覧会協会の飛田交通局長に申入れを行いました。



 令和6年9月27日、星田エリアの7地区から要望書を受領しました。

 令和6年10月1日、大型二種免許保有の運転手を確保することが困難なことから、地域公共交通会議にて、自家用有償旅客運送を認めてもらいました。結果、大型二種種免許保有の運転手でなくても、大型一種免許保有の運転手が講習を受講すれば、大型二種種免許保有の運転手と同様に運転が可能になりました。
 同日、大阪維新の会のみよしかおる大阪府議会議員は、大阪府議会の一般質問で、市民の意見として「地域公共交通計画を策定していれば一気に路線廃止とならなかったのでは」と発言しました。しかし、地域公共交通計画を策定していても京阪バスによる大規模な路線廃止が行われており、意見の内容がそもそも虚偽です。


 令和6年10月8日、朝日新聞が「子どもの万博招待交野市長「中止を」「バス運転手不足」府に抗議」、と報道し、産経新聞が「ごみ収集職員もバス運転 交野市 万博影響、人員不足で検討」と報道しました。

 令和6年11月23日、朝日新聞が「交野市 新たな「足」確保 京阪バス撤退受け 民間に事業委託へ」と報道しました。

 令和6年11月27日、地域公共交通会議にて、自家用有償旅客運送を前提に業務委託してバス路線を守ることを認めてもらいました。

 令和7年2月3日、毎日新聞が「交野 来月バス大量廃止 運転手 間口広げ確保「有償運送」認め代替に」と報道しました。

 私は、公共交通や外出支援といった枠組にとらわれず、意地でも交野市民の皆様の足を守って参ります。