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先日、回顧趣味的鉄道DVD『甦る近畿の国鉄路線と関連鉄道』を何気に見ていて

かつて神戸市内に存在した、ある引込み線に心を奪われました

つい最近まで存在した『神戸臨港線』については、これも神戸市内を走る貨物線として有名で

六甲道駅から東灘を経て神戸港方面へ、その先現在のハーバーランド辺りにあった湊川駅まで走っていました

この神戸臨港線については、多くの方面で語られており、また全廃になった頃、鉄道マニアの間で

廃線跡を探索する『トワイライトゾーン』なる珍語も流行っていたので、歴史等も詳しく語られています

今回、私と『神戸と映画の生き字引』であるaku監督(http://blogs.yahoo.co.jp/aku_4/28572956.html)が

訪れたのは、終点・湊川駅からさらに西、川崎造船所と東出町にあった同社の倉庫に向かっていた

人知れない引込み線の跡です

川崎重工は現在でも場所も変わらず、大体の場所は特定出来たものの、手がかりは件のDVDのみ

それも既に10年程前の作品なので、定点観測地が残っているか不安だったのですが

とりあえず目標の『東川崎公園』を見つけたので、その辺りに行くとありましたありました!

DVDで見た、たばこ屋さんと中途半端な道幅の怪しげな道路が・・・

この狭隘な場所を汽車が貨車を引いて走っていたのかと思うと、何かその場に汽車が現れそうな気配を感じます

では、何故この引込み線がアジアなのかと言うと、この引込み線は東出町の倉庫に向かう線路であったので

列車運転回数も稀で、またその周囲は造船が盛んな頃は住宅密集地でもあった為、人々の生活に密着した

通路・庭・児童公園・洗濯場・台所・・・日常生活の場として線路は使用されていたのです

そして列車の通行時間になると、ササッと片付け、猫の子一匹線路上には居なくなり、列車が通過すると

線路両側からみんながゾロゾロと出て来る・・・毎回その繰り返しでした

それはアジアの国で(しかも本線)列車が来ない時間をぬって、人々が商売をしたり日常生活を営んでいる

正にその風景で、つい40年くらい前まで神戸市内でそれが見られたのです

地域文化評論家、回顧鉄道趣味人の二人はその引込み線の痕跡を求め、線路跡の道路を東出町の倉庫跡まで

歩きましたが、その明らかに線路があったであろう、途中で新しい道に寸断されながらも続いている雰囲気に

造船が旺盛だった昔日の面影が残るのみで、鉄路の痕跡は殆ど消え去っていました


aku監督が述べているように、訪問が遅過ぎたようで、時の流れに我々は追い抜かれてしまったようですが

この場所にかつて、神戸の中のアジアのような線路は確実に存在していたと、この目で見られたのは

非常に大きな収穫でした

私もまだまだ資料を探す必要があると思いますが、冒頭に述べたように神戸臨港線よりも

残る映像、写真も少ないと思われ、また何かご存知の方は、ご指摘ご意見をお願い致します

最後に、無理難題を言う私に同行して頂いたaku監督にお礼を申し上げます