初めてお笑いスター誕生に出たとき、タモリさんがおもしろいと言ってくれた。現場のコンクリートの杭が見えるようだと。で、私はディレクターの赤尾さんの事務所に挨拶に行くと、もちろん背中には子どもね。そしたらそこに作家の安部譲二さんがいた。赤尾さんが善くん大きくなったなあと言って。安部譲二さんとは高校の同級生だったんだって。2人でガリ版新聞作って、あることないこと書いてもうけたな、って笑ってた。
赤尾さんは、イッセー尾形をメジャーにしてくれた人。番組に出る前の特訓でちゃんと中身に駄目だしをしてくれていた。
バーテンのネタで、財布の中身をみてため息をつくシーンのあと、財布を持ち上げて透かして見るようなことを演ったところ、「財布にそんな固執したらほかのこと表現できない。お金で働いてるってTVだと一瞬で出てしまう。おまえさあ、やりたいのは普通の人間だろ。我々の考えてるのと違うことやってみろよ。簡単に金がないってのをネタにするなよ。」
って言ったの。そのとき私後ろの方で見てたの。すごいな。今、わたしたちが考えてることをあっさり言ってしまうよね。
スター誕生に関わってたのって、2年位なんだよね。で、あるとき、中島プロデューサーが、尾形の事務所と日テレがどういう関係になりたいのか、話したいっていうの。で、そのときは2歳なる前の十八も連れて行ったの。
なんでそんな話しになったかというと、スター誕生の出演者たちで相撲大会をするって企画があって、尾形がそれに出ないって言ったらしい。で、プロデューサーがなぜって聞くから「いや、ただ出たくないと思ったら出ないだけなんです」って言ったの。そしたらね、
「あんた、こういうときこの子連れてるの?」って。まあそうよね。
「あのさー、俺1週間に1日でも子どもみてて、俺疲れちゃうよな。あんた2人見てて仕事もしてるのかー」っていうから、「大した仕事はしてませんから」って言った。
で、そのプロデューサーがね、「尾形はね、大きくなる人だから、でも、テレビってスタート間違うと簡単に消えてしまうからね、それで言ってるんだよ。あんたは、どうしたいの」ッて聞いてくれた。
「彼がしたいことをしたいと思ってます。どの世界にも当てはまらないことを作りたいと思ってる。作りたいものに到達していない世界が一番素敵なのかもしれない」って言ったの。「今の話しすごくわかるよ。俺たちだってそういうことしたいの。もう、おかえんなさい。こんなとこに子ども連れださせて悪かったね。」って。その日、十八がテレビ局ついたとたんに行方不明になって、守衛さんが探して連れてきてくれたの。「エレベーター乗っちゃったら、もう見つからないですよ」って強く言われた。