魂が 自我を陵駕しはじめると

 

世の中が 輝いて見えるようになるかもしれません

 

 

いつもの 風や 風景や

道端の花や雑草や

 

都会にいても

鳥の声 虫の声

 

田舎とは比べ物にならないかもしれないけど

それでも

自然はあちこちにあります

 

自我が前面に出て

こうしよう ああしよう

こうしなくてはいけない

こうあらねばいけない

人と比べて自分はどうだ

 

とか

そういうことに囚われていると

なかなか世の中の輝きに気が付かない

 

私は 以前 そうでした

 

都会では 喜べないので

美しい海や山を見ないと

なかなか 自分が癒されない時期が長かったです

 

こうしたい!

ああしたい!

こうありたい!

 

という 思いが強かったので

周囲の小さな感動てきな 美しさに共鳴できませんでした

 

自我はやっかいですね

 

魂は 自分そのままであることでいいと

言い続けてきたのに

教育や常識や社会の価値観というやつに

からめとられて 自分をつまり 魂を 見失ってしまう

 

そうなると

頑張れば頑張るだけ

身体は硬直し 苦しくなるのに

 

自我が 存在感を 魂側に譲り始めると

周囲の世界が 激変するから不思議です

 

自分が こうしよう!

と 思えば思うほど 空回りすることに気が付くし

何もしなくてよいということに

気が付いて

力が抜けていく

 

 

今週 26日は オフ会です。

質疑応答で 前回同様 何をしようか全く考えていませんが

 

前回は「氣」の話を少しさせていただきました

今回は こういう話を少ししようかなと考えています。

もちろん 流れの中で それが自然であれば