サッカーのJリーグ(村井満チェアマン)が方針転換し、ビッグクラブの育成にシフトした。現状のままでは先細りは避けられないと判断したようだ。
スポーツ報知(11月11日20時30分配信)の記事を転載する。
《Jリーグは11日のJ1、J2合同実行委員会でリーグ全体をけん引する「ビッグクラブ」を育成するため、成績や集客力に応じて分配金の差を大きくすることで合意した。来季からの導入を目指し、19日の理事会で決定する見通し。
2013年度の分配金はJ1平均で1クラブ当たり約2億2000万円、J2では約1億円。内訳は賞金、放送権料などで、成果に基づいた傾斜配分の度合いをこれまで以上に強める。
アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場するクラブの負担を補うことなどを目的に、現在は上位7位まで与えられる賞金の範囲を狭める方針を固めた。あるJ1クラブ社長は「頑張っているチームが報われる。いいと思う」と歓迎した》
Jリーグは従来、ビッグクラブをつくらない方針をとっていた。これは初代チェアマン川淵三郎(現・日本サッカー協会最高顧問)の意向が大きい。
川淵は、プロリーグの先輩であるプロ野球を反面教師と受けとめた。当時(1990年代)のプロ野球は巨人(読売ジャイアンツ)の人気と実力が突出しており、他の11球団はその他大勢として扱われていた。巨人あってのプロ野球なので、巨人と対戦できないパ・リーグ6球団は存在感が希薄だった。スタジアムでは閑古鳥が鳴き、球団の経営は悪化した。
川淵はそうした現状を横目で見て、「Jリーグに巨人はいらない」と考えた。スター選手が揃い、「Jリーグの巨人」になりそうな気配のあったヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ )といえども特別扱いはしなかった。クラブを経営する読売新聞社のドン・渡辺恒雄は反発したが、川淵は譲らなかった。両者のバトルは、マスコミの格好のネタになった。怒り狂った読売は、クラブ経営から撤退。川淵は、結果として渡辺をJリーグから追い出すことに成功した。

Jリーグは1993年5月に10クラブでスタートした。その後、クラブ数を徐々に増やし、1999年にはJリーグ2部が発足した。2012年に1部18クラブ、2部22クラブという態勢が確立。2014年にJ3リーグが12クラブ(うち1つはU-22選抜)で発足した。この間、日本の競技力は着実に向上し、W杯に出場するのが当たり前になった。ヨーロッパの有名クラブでプレーする日本人選手も増えた。競技人口は急増し、「将来はサッカー選手になりたい」と口にする少年が珍しくなくなった。
その意味でJリーグは大きな功績を残したが、一方で現状に危機感を抱いている人は多い。発足した21年前は爆発的なブームを巻き起こしたものの、最近は一般人の間で話題になることがなくなった。Jリーグに何クラブがあり、どんな選手がいて、どのクラブが優勝したのか。これらについてスラスラと回答できる人は、周りにマニア扱いされかねなくなった。代表チームの人気は高いのに、だ。

なぜ、Jリーグはマニア向けのコンテンツになったのか。1部と2部で計40クラブ。絶対数が多いうえ、ビッグクラブもない。このため、一般人は「フラット(平坦)すぎて、どのクラブも同じように見える。違いが分からない」と感じるようになった。地上波の全国中継がほとんどないので、新しいファンの獲得も難しくなった。スカパー!に放映権を一括売却したことで、マニア向けという性質に拍車がかかった面もある。
Jリーグがスタジアムで実施している調査によると、観客のリピーター率が着実に高まっている。これは、スタジアムに何度も足を運ぶ観客(コアサポーター)がいる一方で、新規のファンが獲得できていないことを意味する。現状がこうなので、放映権料や協賛金は減少傾向にある。

Jリーグも対策に乗り出した。J1については、2015年度から2ステージ制を導入する。シーズンを前期後期に分け、その後にポストシーズンを実施する。リーグ戦にスーパーステージ、チャンピオンシップというトーナメント戦を組み合わせることで、一般人にもアピールしたいという意図がある。コアサポーターの間では反対意見が強いが、Jリーグは「従来と同じシステムではファン層が拡大しない」と判断し、導入を決めた。

ビッグクラブの育成も、新規のファンを獲得するためのものだ。人気と実力の突出したクラブが存在すれば、一般人も分かりやすい。そのクラブを軸にして、リーグ戦を見ることができるからだ。コアサポーターにそんな配慮は不要だが、一般人は「主役VSその他大勢」という構図が確立していないと、その競技に入り込めない。
オリンピックのテレビ視聴率が高いのは、陸上競技、柔道、レスリング、水泳などの人気が高いからではない。「日本VSその他大勢」という構図が確立しているからだ。水戸黄門やウルトラマンの人気が高いのは、「善玉VS悪玉」という構図が確立しているからだ。巨人戦の視聴率が高かったのも、理由はまったく同じ。ブームを巻き起こしたJリーグの視聴率が急落したのは、主役(ビッグクラブ)がなかったからだ。

現状でビッグクラブ候補になりえるのは、浦和レッズ、横浜Fマリノス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪の4クラブだ。3大都市圏以外のクラブは都市人口が少ないので、ファン層の拡大に限界がある。関西の有力クラブであるガンバ大阪は、野球で言えば阪神タイガース的な立場にある。ただ、ファンの気質という面では、浦和の方が阪神に似ている。ならば、巨人に相当するクラブはどこか。…これは思い浮かばない。
もちろん、ビッグクラブなど育成しなくていいという意見もあるだろう。各クラブの実力が同レベルにあれば、優勝争いが白熱する。優勝クラブが毎年のように変われば、選手のモチベーションも高まる。優勝争いだけでなく、どのクラブがJ2に降格するかという見所もある。ガンバ大阪は有力クラブの1つだが、2013年はJ2に降格した。2014年はJ1に復帰し、優勝争いをしている。このスリリングな展開がJリーグの魅力と捉えている人もいるはずだ。
自動車レースのスーパーGTは、そのあたりが徹底している。各マシンの速さが同レベルになるように、前のレースで上位に入ったマシンにハンディ(おもりの搭載)を課しているのだ。特定のマシンが速すぎると、レースが単調になり、ファン離れを招くからだ。スポーツとしては邪道かもしれないが、興行的には成功している。

ビッグクラブの存在は、Jリーグの発展にとってプラスかマイナスか―。これは人によって見方が分かれるし、簡単に結論を出すことはできない。今回は育成にシフトしたが、そのうち「ない方がよい」となるかもしれない。Jリーグの制度変更は日常茶飯事で、2ステージ制は導入と非導入(1ステージ制)を繰り返してきた。ビッグクラブの育成は制度変更と違って一朝一夕にできないが、リーグの行方を左右する問題なので、もっと議論が必要だ。

【写真の説明】
・福島ユナイテッドFC(J3)の旗を掲げる福島県の観光PR隊
・プロ野球の放映権は各球団が所有(6月に郡山・開成山野球場で開催された横浜DeNA対東北楽天)
・特定のマシンが勝ち続けるのは難しいスーパーGT