まずは、きのう更新できなくてごめんなさい。
 とにかく死にたい気分で。
 ツレがしっかりと抱きしめてくれたので、なんとか更新できるくらいにはなりました。

 実は、きのうの仕事あがり十分前に、給与の振り込まれる口座が犯罪に使われた口座だと警察から連絡があったので、ストップしました、と銀行から電話があって。
 わたしは何のことかわからなくて、訊こうとする瞬間に電話を一方的に切られて。
 仕事が終わってすぐ、ツレに相談しました。
 銀行からの電話の中に、警察の下っ端は知らないけれど、本部長クラスとは特別の関係があるから、個人情報はすべて入手できる、という言葉があったので、ツレにそんなことってあるのかどうか訊くと、ないと思うけどわからないから本人に訊いてみようといってくれて、2人で方面本部長と面会しました。
 ツレのもう一つの顔の上司ですからね。
 本部長命令でしか動かないセクションなので、特殊捜査二課は。
 本部長は否定して、怒ってその銀行に抗議の電話を入れてくれました。
 
 わたしの手元には通帳もキャッシュカードも、ネットバンキングで使う乱数表など、すべてのものはそろっていました。
 犯罪に使われるはずがないんです。
 ツレは過去の金融犯罪に関する資料を警察内のデータから引きだして、手口を割り出す、と言ってくれて、特殊捜査二課第四班の刑事部屋へ2人で行くと、メンバー全員が顔をそろえてました。
 ツレの片腕の雨宮さんと、普段の仕事はブランドショップの店長で、モデル体型の水野さんが、わたしと同じ連絡を銀行から受けたということで、無許可捜査を始めていました。
 過去の金融犯罪の中から、わたしたちが受けた口座のストップということになった事例を絞り込んでいったんですが、ないんです。
 もう絶望でした。
 「口座には百万円単位の残高があるんだろう。 なんとかするよ」
 ツレはにっこり。
 仕事中は患者さんのご家族にキレまくっていたんですが、笑顔も忘れていないんです。
 本部長がやってきました。
 「言葉の意味がわかったよ。 全国銀行協会という、銀行の組合があって、そこと金融犯罪担当部署が犯罪情報に関して協力関係があるんだが、たぶんそのことだ」
 「本部長クラスと特別な関係はないんですか? つまり銀行から袖の下を受け取って個人情報を流すといったような」
 ツレは本気ともジョークとも言えないような口調で言いました。
 「そんな関係は断じてない! その件については、銀行に片っぱしから電話をして嘘を言って預金者を脅すなと言ってある」
 「過去の金融犯罪にない新しいものか。 一体どんな方法があるんだ」
 ドランクドラゴンの塚地さん似の小料理の店を経営している須田さんは腕を組んでうつむいてしまいました。
 「同姓同名の預金者と間違われた・・・・・・ないですよね。 すみません」
 わたしのチームの看護師の黒木さんのお兄さんは言いました。
 「それってあり得ませんか。 例えば同じ銀行内に、同姓同名の名義人がいないほうが不自然ですよ」
 大手不動産会社勤務で賀集利樹さん似の桜井さんは言いました。
 「ハンチョウ、それを調べるためには」
 黒木さんがいきなり立ち上がりました。
 「銀行のコンピュータにハッキングをかける、か。 黒木くん、やれるならやってみて。 正面から預金者リストの提出に応じろと言っても無理だろうから。 個人情報がどうのとくる。 本部長、本件を立件してください。 捜査目的なら、この班に限って個人情報へのハッキングも許されてる。 黒木くんは捜査の一環でハッキングする。いいですね」
 ツレの言葉に本部長は頷いた。
 「しかし警官が被害者になるとは」
 本部長はつぶやきました。
 「ぼくだって3回も財布をスラれてますよ。 警官だって1人の市民です」
 「こんなに手の込んだ犯罪なら、警官だって見抜けないですよ、本部長」
 須田さんは顔をあげました。
 「黒木、3つの口座にハッキングしてみろ。 犯罪に使われたかどうか。 つまり、頻繁に出入があるかどうか調べてみろ」
 須田さんの命令に、一瞬ぽかんと口を開けた黒木さんは
 「はい、寮長」
 と言ってパソコンに向かいました。
 
 「雨宮さん・・・・・・・給与の振り込みと公共料金の引き落とし。 後は数回引きだされてますね。入金は給与が2か所からのみ、です」
 「数回の引き出しは妻だ」
 雨宮さんは言いました。
 「犯罪性はなしですね」
 黒木さんはまたパソコンに向かいました。

 「水野さん・・・・・・・同じく、2か所からの給与振り込みと、これは・・・・・・数十回の引き出し。 すべてイオン西店ATMですね」
 「勤務の合間にその日の生活費だけを引きだしてるの。 全部わたし。 闇金だったとすれば入金が先行で出金は2万円とか3万円とか小さな金額の振り込みで引き出しは専門の口座があるんじゃない?」
 水野さんは黒木さんに向かって言いました。
 「なるほど・・・・・・そうか」
 黒木さんはキーを打つ手を止めずに言いました。
 
 「志村先生。 問題はないですよ。 給与が勤務先の病院から振り込まれてるのと、頻繁な引き出しはありますけど、すべて、勤務されてる病院内のATMです。 ウチのヘタレな妹と同じですから問題はないでしょう」
 ヘタレじゃないですよ。 立派な看護師です。 わたしが言うことの先を読んで動く素晴らしい看護師です
 やっと言葉を絞り出すことができました。
 「問題なし、か。 とすると、やっぱり同姓同名の線か」
 須田さんはつぶやきました。
 
 「出ましたよ、雨宮主任の同姓同名さんが。 珍しい名字だと思ったんですけど、ひとつの銀行に七万人の口座があります。 主任と同じ支店だけで26の同姓同名の口座があります。 それから水野さん。 同姓同名の口座は同じ支店だけで87人。 志村先生は・・・・・・52人いますね、同じ支店だけで」
 「すべての口座に犯罪性のある取引がないかどうか調べてくれる?」
 ツレは黒木さんに言いました。

 それから3時間が過ぎた頃。
 「ありました。 同姓同名さん3名の口座で明らかに闇金のやりとりと思われる出入金が」
 「なるほど。 つまり同姓同名であったために、手違いでストップがかかったんだ。 口座番号を確かめないのか、銀行は」
 須田さんは思いっきりテーブルをたたきました。
 「確かめないというか、もし全銀協から連絡があった場合、口座番号はわからないんです。 だから銀行としては残高の多い口座、もしくは出入金が頻繁に行われている口座を止めるんです。 一つの銀行に沢山の残高を置くのもリスクは高いんです」
 「桜井、詳しいね、おまえ。 まるで銀行マンじゃないか」
 須田さんの言葉に、桜井さんは笑いながら答えました。
 「元・銀行マンですから。 北海道警察のメインバンクにいたんですよ。 融資担当で、借入を求めてくる弱小企業に言いわけをして貸し渋るんですよ。 とにかく月に1件でも融資を実行すれば、給与から10万円天引きされるんで、辞めたんですよ。 十数万円の給与で十万円引かれたら、公共料金もろくに支払えないじゃないですか。 不動産屋は1件契約すると、物件の1ヶ月分の家賃分手当が出るんです。3月と10月は半端ないですよ」
 「銀行の手違いであることを証明した場合、凍結されてる口座を動かす方法は?」
 ツレが訊きました。
 「それなんですが・・・・・・ないんですよ。 一度凍結されたらたとえ間違いであっても解除はできないんです。 解約という方法がありますが、残高が多いと応じてもらえません。 預金の所有権って法的には預金者にあるんですが、全銀協の内規では所有権は銀行にあるんです。 だから・・・・・・」
 「冗談じゃないの! それなら口座の意味がないじゃない!」
 水野さんはいきなりの激怒。
 「まあ、待て。 金融犯罪担当の部署で捜査させる。 なんとか残高を取り返せるようにな」
 「本部長、無理ですよ。 今年は参院選で、どこの銀行も候補者への融資で資金が空ですから。 候補者への融資は1件につき約一千万円なんですよ。 選対事務所の賃貸もしくは設営から街宣車、マイクの果てまでレンタルなんですが、セットで五百万円なんです。 それに事務職員にうぐいす嬢、調理場のスタッフの給与に食材。 支持していない候補でも、支持しているかのようなことを言って事務所を覗けば、食事からアルコールまで出してくれますから、その費用が莫大なんですよ。 そのような接待は公選法違反にならないという、選挙管理委員会の見解も出てますし。 市会議員だと最高300万円と決まっているんですが、国会議員選挙になると、言うだけ融資することになっています。 ほとんど形だけの審査で、保証人は所属政党。 今でも多分同じだと思いますよ。 凍結の解除よりもなんとか解約に持ち込むことを考えたほうがいいかもしれません」
 「自分の口座を解約できないとはどういうことなんだ。 預金者の自由じゃないか」
 「そうなんですが、それが実行されていないんですよ」
 「桜井くん、もういいよ。 あとは専門家たちに任せよう。・・・・・・そうだ、おもしろい録音があるんですが、本部長もお聴きになりますか?」
 ツレはICレコーダーのスイッチを入れました。
 流れてきたのはわたしと銀行の会話。
 病棟の電話を盗聴したものです。
 「本部長クラスしか知らないんですが、銀行と警察のトップの間には特別な関係があるんで、個人情報をどんどん流してくれるんですよ・・・・・・」
 「ぼくも同じ言葉を聴いたな」
 雨宮さんに続いて水野さんも
 「わたしも同じ言葉を聴いた」
 「警察のトップと銀行が特別な関係にあって、個人情報を垂れ流してるなんてことはない。 そのレコーダーの録音をわたしのレコーダーにコピーすることはできないか」
 「黒木くん」
 ツレの言葉に黒木さんは答えました。
 「一番簡単なのはハンチョウのICレコーダーの内容をパソコンに取り込んでCDに焼くことですが、ブランクCD-Rもあるから、10分もあればできますが」
 「それでどうですか、本部長。 ICレコーダーは手違いで消えることもありますが、CDはディスクを紛失しない限り消えませんが」
 きょうのツレは最高に心強かった。
 「なるほど。 黒木、頼めるか。 この録音内容を物証に、銀行を訴える。 全国の方面本部長クラスに対する名誉棄損だ」
 黒木さんはツレからICレコーダーを受け取ると、パソコンに内容を取り込み、ノイズを消してからCD-Rに焼いて本部長に渡しました。
 「弁護士とさっそく打ち合わせだな」
 本部長は退室した。
 「さあ、いつまでもデスクで頭を突き合わせていても何も進展しない。 明日、いやもうきょうか。 被害者3人は仕事の合間に口座の解約に応じるかどうか、各自銀行を当たること。 解約に応じなければ、金融犯罪対策部に任せるしかない、いいね。 夕食まだだろ、みんな。 おごるよ。 ドラマみたいに小料理屋とはいかない。 みよしのだ。 ジャンボカレーに大盛餃子。 どうかな」
 「ありがたくお受けします。 何とか気分を変えないと」
 雨宮さんの言葉に、全員席を立った。
 「ハンチョウ、今はドクターですね。 観てますよ、本城先生」
 「外来でそう呼ばれてるよ。 ちがうっていってるのに、看護師たちまでが本城先生と呼ぶ」
 水野さんのジョークにツレは笑って答えました。
 わたしもジョークが言えるくらい強くならなきゃ。

 ツレは今、電話で知り合いの「笑わない弁護士」さんと電話で打ち合わせ中です。
 なんとしても、人違いで凍結されたわたしや雨宮さん、水野さんの口座を解除か解約する方法を相談中です。

 ちなみに昼休みに銀行へ行き、口座の解約を申し出たところ、凍結した口座の解約はできないと、応じてもらえませんでした。

 腫瘍の脳転移が認められた患者さんの診察に来た、医療センターの院長の変なおじさんと、脳外科の科長の佐橋医師は、残念だけど、わたしが悪いとのこと。
 変なおじさんはメッタ切り。
 「ばかだなー。 JA系列を給与受け取り口座にするなんて。 あそこは何かとトラブルが多いんだぞ。 元は親方が同じ職場にいたんだ、おまえよりよくわかる。 医師も看護師もほとんどが他行の口座を給与振り込みに指定していたくらいだからな。 しんきんに口座を開いて移せ。 振込先を変えるのは事務長に一言いえば変えることができるだろう、個人病院なんだから。 とにかくJAとはつきあうな。 いいな」
 確かにツレは旭川しんきんを給与振込口座に指定しています。
 今月からそうしよう。
 だけどなんとか口座を解約して、残高を取り戻さないと。
 まず、もっとわたしが強くなることですね。
 気合いだっ! 志村っ!