これらのミュージシャンの無政府資本主義ポップは、私たちがそれを皮肉や風刺だと思って聴こうと、真の加速主義者だと思って聴こうと、ランドのヴィジョンのサウンドトラックのようなものだ。未来を恐れるよりも「拍手喝采」すべきだと考えているFerraroは、彼のアルバム『Far Side Virtual』で最初の警告といえるものを出している。『Far Side Virtual』とそれより前に録音されたEP『Condo Pets』は、パソコンの時代、カバンの中がAppleのデバイスだらけになった時代に向けての、テクノロジー資本主義の人気を促進する音楽のパスティーシュ(模倣)だ。そしてそれは、ブランドとそのテクノロジーの可能性にワクワクしていたかつてのキッチュさに私たちを直面させる。しかしFerraroは、その後すぐに BEBETUNE$とBODYGUARD名義で出したミックステープでは、さらに奇妙で不穏で官能的なものへと変化していった。その一方で、ゆるやかにつながったアンダーグラウンドのアーティストたちの小さなグループがFerraroと同じ領域に容赦なくどんどん集まってきていた。ただ、彼らとFerraroとの関連はなかった。彼らが多く現れていたのは、Hippos in Tanks、Beer on the Rug、UNO NYCといったレーベルやニューヨークを拠点とするアート/ファッションサイト DIS Magazineの周辺だった。
こういった音楽をさらに遠回りしたlo-fi、retroとして考えることもできる。究極的にいえば、現在のテクノロジーとカルチャーの最先端にある音楽でさえも、1秒後にはすでにすたれたものになっていっているのだということを私たちに思い起こさせるからだ。今日のHDは明日のlo-fi、今日のウルトラポップモダンは明日のオールドスクール。これらのミュージシャンたちはこういったことを、残酷ながらも不可避で抵抗してもムダだということを暗に言っているのだ。『Far Side Virtual』までのJames Ferraroのアルバムの多くは、印象主義的な過ぎ去った時代のlo-fiポートレイトだった。おそらく『Far Side Virtual』では、現在をそのときあるがままに表現し、長い時間をかけて自然に行きつくところまで行かせ、自分に代わって時間に熟成させることに決めたのだろう。10年、20年と時間が経ってもう一度聴くと、皮肉にも、それ自体が未来主義の加速の被害者だった、そして今では10年前の牛乳パックと同じ程度の最先端具合だ、ということがわかるだけなのかもしれない。
あるいは、プラザはかつては公共で共有のスペースだった、と言ったほうがいいのかもしれない。最近では、プラザは個人的なことに使われ、人々はちょっとイイモノにお金を使うためにそこへとやってくる。今やプラザということばは、StarbucksやPret A Manger(*プレタ・マンジェ/サンドイッチを主力商品とするイギリスのカフェ・チェーン)やYO! Sushi(*ヨ!スーシ/イギリスに本社を持つ寿司、日本食レストラン・チェーン)が並んだ商業ブロックの間にある企業協賛の大理石の一角、あるいは、かいがいしく奴隷のように働く人々のいる星が輝くホテルやノートルダムをもしのぐ残響が鳴り響く圧巻の半地下の大聖堂を思い出させるものとなっている。しかし、そこに流れるサウンドは群がる買い物客たちには聞こえていないだろう。香港のセントラルプラザ、ドバイのミレニアムプラザホテル、バンコクのパンティッププラザ、ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのカボットプレイス、東京の渋谷、上海のナンジンロード。つまり、これらの場所は、機動隊が民主化を提唱する人々のテントを撤去する場所、または、まもなくそうなる日がくるであろう場所だ。
このようなアートポップにおいて、この理論上の加速主義の時代精神はふたつに分かれていると考えられる。テーマ的に、成り立ち的に、ここまでで述べたことすべてがどちらともに関連しているとしてもだ。ひとつめは、INTERNET CLUB、New Dreams Ltd.、また、Beer on the Rugなどのレーベルに関係した多くのアーティストに代表される“vaporwave”と呼ばれるもの、これから話すものだ。ふたつめは、Fatima Al Qadiri、BEBETUNE$、BODYGUARD、Gatekeeperなど、この記事の第2部で語られるもの(ダークサイドのムーブメント)だ。
昇華、精神分析学と美学において本能的なエネルギーの変換を表わす概念は、個体を気体に変える物理的過程の名称でもある。“vaporwave”という名前は、「all that is solid melts into air(いっさいの身分的なものや常在的なものは、煙のように消える)」というカール・マルクスの『共産党宣言』からの有名なフレーズを思い出させるものでもある。これは、絶えず変化する社会はブルジョアの資本主義の下に位置づけられるということについて言及している。このフレーズは、すたれていくことは不可避であるということを説く加速度原理資本主義の信条の一部のようにもなっている。そして、vaporwaveアーティストたちの批判がこだまする。「生産のたえまない変革、あらゆる社会状態のやむことのない動揺、永遠の不安定と運動は、以前のあらゆる時代とちがうブルジョア時代の特色である。固定した、さびついたすべての関係は、それにともなう古くてとうとい、いろいろの観念や意見とともに解消する。そしてそれらが新たに形成されても、それらはすべて、それが固まるまえに、古くさくなってしまう。いっさいの身分的なものや常在的なものは、煙のように消え、いっさいの神聖なものはけがされ、人々は、ついには自分の生活上の地位、自分たちの相互関係を、ひややかな眼で見ることを強いられる」(*参考文献:『マルクス・エンゲルス 共産党宣言』 (岩波文庫))
Robin Burnettは、企業BGMを人々が注目して聴くところへと引っぱり出していることからもわかるように、資本主義社会の関係性において疎外というものが実在していることを明らかにしたいと考えているのは確かだ。私は、Last FMというデジタルの未開の地をあちこち歩き回っていたときにINTERNET CLUBという彼のペルソナに偶然出会った。それからすぐに、彼のバックカタログがフリーダウンロードで置いてあるAngelfireのページを見つけた。彼が別の名義をいくつか使っていることもすぐにわかった。Web 2.0の途方に暮れるほどの数のサイトを通して彼を追ったのち(かつてはストーカーとされていた行為は今や良いインターネット消費者の衝動だ)、私はついに彼のメールアドレスを見つけ、どういった人がvaporwaveを作っているのかを知ることができた。
INTERNET CLUB(人目をひく名義ではないが、計算されていない感じがちょうどよい)には、『MODERN BUSINESS COLLECTION』、『NEW MILLENNIUM CONCEPTS』、『REDEFINING THE WORKPLACE』といったzipアルバム、“AS DREAMS GO BY”、“NEVER LOG OFF”、“TIPS AND TRICKS FOR THE NEW WEB MARKETER”、不気味な“BREATHE IT IN”などのトラックがある。Brunettは、INTERNET CLUBの前にはDatavisという名義を使って超lo-fiで憑在論なダストスケープを制作しており、影響を受けたものとしてテープコンポーザーのPhilip Jeckの名前を挙げている。また、別のプロジェクトには、hypnagogic popのDatavision Ltd.(Datavision Ltd.は、テープレーベルHexagon Recordingsの共同オーナーであるLeonce Nelsonとのコラボレーション)、収録時間の長いlo-fiテープのvaporwaveをリリースしているECCO UNLIMITED、明らかに日本のテレビ番組から取ってきたと思われるスプーキーでぶつ切りの断片からなるzipフォルダ『▣世界から解放され▣』をリリースしている░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░がある。『▣世界から解放され▣』は、Oneohtrix Point Neverの『Replica』へのトリビュート的な作品だ(『Replica』は一番好きなレコードの1枚だとBurnettは言っている)。
2011年上旬、RangersやMatrix Metalsのやっていたことに習うアーティストたちとともに、Beer on the Rugはhypnagogicレーベルとしてスタートした。Boy SnacksとMidnight Televisionのミニアルバムから少しずつvaporwaveへと変化していったが、2011年7月、『New Dreams Ltd.』でhi-fiに着地した。それは、全編Windows 95時代のハイエンドシンセサイザーのスタジオ録音で、輝く極東の女性とさざ波を立てる青い海、イタリック体のTimes New Romanフォントの文字で飾られたカセットテープだった。vaporwave関連のもうひとりのキープレイヤーであるNew Dreams Ltd.は、現在、オレゴン州ポートランドを拠点としている匿名のプロデューサーによる、サンプルベースの作品をリリースする数多くの名義の総称だ(それらすべてを集めたTumblrページはこちら)。これまでに、Vektroidとしてchillwaveからvaporwaveまでさまざまなタイプの音楽を制作している。そのVektroidのサイドプロジェクトのうちのひとつがMacintosh Plusだ。アルバム『Floral Shoppe(フローラルの専門店)』には、きらめくスパのCMソングとともにチョップト・アンド・スクリューがほどこされたアダルトコンテンポラリーソウルが収録されている。esc 不在とNew Dreams Limited Initiation Tape名義では80年代以降のアダルトコンテンポラリーポップからのループを使っていることが多く、Oneohtrix Point Neverの有名な“nobody here”のループの領域へとふみ込んでいる。
New Dreams Ltd.のアーティストとしての最新の活動は情報デスクVIRTUALだ。4月にリリースされたアルバムのタイトルは『札幌コンテンポラリー』。そのトラックタイトルにはかなり注目だ。“ODYSSEUSこう岩寺「OUTDOOR MALL」 ”、“HEALING 海岸で昼寝MY LAST TEARS”、“3D崖の端 ∕ ‘‘B E Y O N D’‘ THE LIMIT”、そして驚きなのが、“XX ‘‘RUBY DUSK ON A 2ND LIFE NUDE BEACH’‘ ☯ . . . の生活・・・「ロベルタ」”。アートワークの飛行機とCA(客室乗務員)、モールや博物館やホテルなどのことばが入ったトラックタイトルから、旅行産業協賛のアルバムに見せているかのようでもあるが、スポーツカーやインターネットやタバコやポルノなどのことばもある。『札幌コンテンポラリー』の音楽はvaporwaveにしてはかなり大まじめだ。官能的なスムーズジャズインストゥルメンタルとつややかなスタジオ内のセッションミュージシャンが奏でる異国情緒漂うサウンドが、エレクトリックピアノとそのほか大いにマニピュレートされたシンセサイザーのプリセットとともに鳴り響く。しかしここでも、グリッチやピッチベンドの瞬間を時折投げ込んでは、満喫しているリスナーを引き戻し、雰囲気をぶち壊す。
New Dreams Ltd.のプロデューサーは、メールでこう話している。「New Dreams Ltd.は、アメリカでコンピューターカルチャーが本格的に巻き起こるちょうど前、80年代後半のマスメディアとその進化に対する完全な風刺です。私はリアリティとフィクションの間に亀裂を入れたいと思っていました。それが、まさに当時、彼らが成し遂げようとしていたことだったと感じるからです」 彼/彼女(*このインタビューの時点ではVektroidの性別は不明だった、あるいは、非公表とされていたため、原文では“s/he”と表記されていると思われる)はさらにくわしく述べる。「この20年間で世界はゆっくりとリアリティがなくなってきているようで、そのことが私を魅了するのです。この20年間で起こってきたあらゆることには、潜在的にシュルレアリスムの要素がかなりあります、特に日本で起きたことには。当時の人々に響いたように、今の人々に響くシュルレアリスムの要素を捕らえたいと思っています。例えば、その当時、人々が広告に費やしていた時間の長さは、私には衝撃的です。衝撃の要因というのはこういったことでは重要な要素だと思うのです」
00:00 – LASERDISC VISIONS: ‘Into Dreams’ from NEW DREAMS LTD. 00:35 – INTERNET CLUB: ‘TRANSPARENT’ from BEYOND THE ZONE 01:33 – Computer Dreams: ‘Track 2’ from Silk Road 02:36 – MACINTOSH PLUS: ‘待機’ from FLORAL SHOPPE 03:12 – INTERNET CLUB: ‘THE 1080P COLLECTION’ from WEBINAR 03:41 – 骨架的: ‘RELAX’ from Holograms 04:16 – LASERDISC VISIONS: ‘LASERDISC VISIONS’ from NEW DREAMS LTD. 05:36 – INTERNET CLUB: ‘WAKE SLEEP I’ from NEW MILLENNIUM CONCEPTS 06:26 – INTERNET CLUB: ‘SHIFTING THE PARADIGM’ from WEBINAR 07:02 – 情報デスクVIRTUAL: ‘7 WONDERS OF THE iNTERNET FT WIND☯WS 97「GEOMETRIC HEADDRESS」’ from 札幌コンテンポラリー 08:34 – INTERNET CLUB: ‘WANDERING’ from MODERN BUSINESS COLLECTION 09:31 – MIDNIGHT TELEVISION: ‘Channel Surfing’ from MIDNIGHT TELEVISION 10:02 – INTERNET CLUB: ‘MENTHOL FEEL’ from BEYOND THE ZONE 11:08 – LASERDISC VISIONS: ‘Data Dream’ from NEW DREAMS LTD. 12:57 – Lasership Stereo: ‘Pole Position’ from Lumina 13:52 – esc 不在: ‘aurora3d’ from midi dungeon 14:24 – fuji grid TV: ‘warm life / legs’ from prism genesis 15:42 – 骨架的: ‘Silky Sheets’ from Holograms 16:34 – INTERNET CLUB: ‘RAINING ZONE II’ from NEW MILLENNIUM CONCEPTS 17:05 – 情報デスクVIRTUAL: ‘☆ANGELBIRTH☆’ from 札幌コンテンポラリー 18:09 – INTERNET CLUB: ‘THE SHARPER IMAGE’ from THE SHARPER IMAGE 19:18 – LASERDISC VISIONS: ‘Mind Access’ from NEW DREAMS LTD. 20:21 – INTERNET CLUB: ‘WEBINAR’ from WEBINAR 21:27 – Computer Dreams: ‘Track 5’ from Silk Road 22:13 – bitterTV: ‘last night with you’ from Soundcloud 23:19 – INTERNET CLUB: ‘PRODUCTIVITY SUITE’ from WEBINAR 24:13 – 情報デスクVIRTUAL: ‘’‘GEAR UP’‘ 4 FLIGHTシアトルズベスト’ from 札幌コンテンポラリー 25:21 – INTERNET CLUB: ‘WAVE TEMPLE’ from UNDERWATER MIRAGE 26:57 – LASERDISC VISIONS: ‘Malls’ from NEW DREAMS LTD. 28:51 – INTERNET CLUB: ‘OPTIMIZATION (#TRANCEFAMILY EPIC TECH REMIX) from WEBINAR 31:01 – esc 不在: ‘archway’ from black horse 32:29 – INTERNET CLUB: ‘OFFICE ONLINE’ from WEBINAR 33:40 – Computer Dreams: ‘Track 9’ from Silk Road 35:01 – fuji grid TV: ‘heaven’s gate / sneak out!’ from prism genesis 36:09 – 骨架的: ‘Breeze’ from Holograms 38:01 – LASERDISC VISIONS: ‘Zik Zak’ from NEW DREAMS LTD. 38:35 – INTERNET CLUB: ‘DON’T THINK LOVER’ from BEYOND THE ZONE 39:23 – Lasership Stereo: ‘Daytona’ from Lumina 40:00 – INTERNET CLUB: ‘JAZZY’ from BEYOND THE ZONE 40:32 – INTERNET CLUB: ‘ONLINE WORKSHOP’ from WEBINAR 41:37 – 骨架的: ‘Fountain’ from Holograms 42:53 – INTERNET CLUB: ‘IT PLAZA DUBAI’ from WEBINAR 43:48 – INTERNET CLUB: ‘ONE TRUE MEDIA’ from WEBINAR 44:34 – LASERDISC VISIONS: ‘Los Santos’ from NEW DREAMS LTD. 45:01 – INTERNET CLUB: ‘TRU FEELINGS’ from MODERN BUSINESS COLLECTION 46:10 – Lasership Stereo: ‘Plastics’ from Soft Season 46:56 – INTERNET CLUB: ‘GLOBES’ from DREAMS 3D 47:40 – esc 不在: ‘in a cave watching the blizzard’ from midi dungeon 48:30 – 骨架的: ‘Memory’ from Holograms 49:40 – MACINTOSH PLUS: ‘ECCOと悪寒ダイビング’ from FLORAL SHOPPE 50:43 – ░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░:: ‘プロミセス「▣世界から解放され▣」’ from ▣世界から解放され▣ 51:37 – 情報デスクVIRTUAL: ‘HB☯ PORN’ from 札幌コンテンポラリー 53:19 – esc 不在: ‘tonight on hbo’ from black horse 54:46 – INTERNET CLUB: ‘DRIFT II’ from DREAMS 3D 55:35 – new dreams ltd initiation tape: ‘camaro’ from part one 56:34 – INTERNET CLUB: ‘THE NEW DIGITAL FRONTIER’ from REDEFINING THE WORKPLACE 57:56 – INTERNET CLUB: ‘REDEFINING THE WORKPLACE’ from REDEFINING THE WORKPLACE