皆さま、おばんです!
昨年3月11日、
野蒜駅を石巻駅に向けて発車した直後に被災した、仙石線のM16編成。
地震の直後、車掌さんが車両から300メートル南側の
野蒜小学校に乗客を誘導しようとしたところ、
地理に詳しい乗客が、
高台にある車両から出ずに留まった方がいいと助言、
その結果、乗客50人すべてが津波に飲まれることなく救助された…
そんな救出劇の舞台にもなった仙石線のM16編成です。
震災から9か月近くも野蒜駅の北側に留置されたままでおりましたが、
陸送されて、
仙台車両センター・宮城野出張所に戻ったというニュースを聞いたのは、
先月半ばのことでした。
「運命の2時46分発 駅で交差した「生と死」 JR仙石線野蒜駅」その後の仙石線電車。
その後は検修庫内で整備され、復活の日を待ちわびておりましたけど、
正月明けの今日、庫外で通電作業をするM16編成を見ることができました。
夕陽を浴びながら通電作業に勤しむM16編成。
あの日と同じように、2丁パンタを挙げておりました。
今回の整備では、
昨10月から仙石線内で本格的にATACSの運用が始まったために、
新たにATACSの保安信号表記である「C」が書き加えられました。
窓ガラスに貼られた「がんばろう東北」のステッカーは取り払われたようで、
それ以外は、以前の姿のままとなっているようです。
多くの人命を救ったM16編成。
この編成に、こんなエピソードがあったことを、
車内のどこかに残してもらいたいと思うのですが…
無理っすかね?!