朝日新聞は、株主構成を見る限り、村山家、上野家という創業者一族の“私物”企業であった。
上場企業である子会社、テレビ朝日の資料によると、平成20年3月31日現在の大株主は以下の通りだ。
村山美知子116万6000株(36.46%)▽上野尚一41万株(12.82%)▽従業員持株会40万6000株(12.7%)▽村山恭平15万9000株(5%)▽村山富美子11万4000株(3.57%)▽上野克二10万7000株(3.34%)▽上野信三10万7000株(3.34%)。
両家だけで、朝日新聞発行済み株式の64.53%を所有していたのである。
筆頭株主の村山美知子は87歳。彼女には子供がいない。後継者は甥の村山恭平とされるが、莫大な金額が想定される所有株の相続と売却は朝日新聞グループにとって社の根幹にかかわる重大事だ。
その難問への一つの答えと思われる発表が朝日新聞とテレビ朝日によっておこなわれた。両社は「メディアグループとしての連携をより強力に推進するため」の枠組みをつくったという。具体的には株式の相互持ち合いだ。
どういうことかというと、社主、村山美知子が朝日新聞の発行済み株式総数の11.88%に当たる38万株をテレビ朝日に239億4000万円で売却した。
一方、朝日新聞社はテレビ朝日株の約36%を保有しているが、これを25%以下に減らし、テレビ朝日が来年以降の朝日新聞社の株主総会で議決権を行使できるようにした。
村山社主はこのほか、村山家ゆかりの財団法人香雪美術館の公益事業にも31万9000株を寄付したというから、合計69万9000株を手放したことになる。それでもなお、46万7000株は手元に残っており、筆頭株主の立場は変わらない。
朝日新聞の秋山社長は「朝日の株式の長期安定」というネライを語ったが、まだまだ創業両家に50%をこえる株式が残っており、社主の呪縛から解放されたとはいいがたい。
朝日新聞経営陣と村山家の問題を語るとき、1963年のいわゆる「村山事件」は避けて通れない。この年の12月24日、村山社主家が東京本社常務取締役業務局長を解任したことがきっかけで社内紛争が始まった。
これに対抗して販売、広告関係役員らが全員辞任、全国の販売店が新聞代金支払いをストップした。編集部門にも混乱が波及し、村山長挙社長が辞任に追い込まれた。
このあと専務として実権を握った広岡知男が1967年7月に社長に就任して以来、朝日の経営から村山家を遠ざけ続けている。
この広岡の背後で汚れ役を引き受けていたのが、のちにテレビ朝日の専務となる、政治部出身の三浦甲子二だ。新聞販売店に支払いストップをさせ、上野家を味方に引き入れて、村山家から実権を奪った黒幕が彼だといわれている。
新聞社は非上場ということもあって、経営内容の不透明さが指摘されてきた。「再販制度」に守られ、製作原価、人件費、流通コストを明らかにすることなく購読料を上げてきた。一般に商品の価格は小売である販売店が決めるものだが、新聞は再販制度によりメーカーである新聞社自身で決めることができる。この特権があるからこそ安穏として生きていける。
しかし、その再販制度もいつまで公正取引委員会が黙認し続けてくれるかわからない。加えて、消費税が値上げされ、その分を購読料金に転嫁できないと、新聞社の経営は確実に危機に陥る。ただでさえメディアの多様化により、新聞の広告収入は減り続けているのだ。
新聞がテレビやネット企業との連携を強化せざるを得ない事情がそこにある。
朝日新聞は、テレ朝との今回の株式持ち合いで、資本の安定化という収穫を得た。しかし、東証一部上場のテレ朝にしてみれば、非上場の株購入に239億円を投じたことがどう評価されるのか。6月下旬の株主総会で、その是非が問われることになるだろう。
(敬称略)