たいていの日本人は中学高校と6年間も英語を勉強しているのに外国人を前にするとなんにも話せません。いったい何を勉強してたんだということでもっと気軽に外国人と会話できるような実際に使える英語を学ばなきゃならないと考える傾向が強まってきました。しかし、さまざまな問題がこんがらがったまましっかりと思考されずに安易な風潮に流されているような気がします。
英語がわかるということと英語が使えるということはちょっとちがいます。ちょうど車の運転と同じだと思います。車のしくみや交通の規則を学んだからといってすぐに車を運転できるとは限りません。実際車を運転して練習しなければ上手には走れません。英語もそれとまったく同じなのです。そして英語をわかることも英語を使う練習もどちらも重要なことなのです。
日本人が英語が苦手な本当の理由は英語の音が聞き取れないことにあります。言葉を聞き分けるための音素の数が日本語は英語より少ないのです。たとえば日本人は「あ」の音は1つしか聞こえませんが英語を話す国の人たちは「あ」系の音を3つか4つくらい区別して聞き分けているのです。さらに子音の発音の仕方も異なっています。日本語はローマ字で音が表せるようにすべての音が等拍子になります。たとえば「サラダ」はサ、ラ、ダのように手拍子で3つの音になりますが英語では「salad」は2つの手拍子で発音されています。最後のdは気持ちでは発音しているのでしょうがほとんど聞こえません。だから日本人には「サラッ」としか聞こえません。
それぞれの国の人々は自分たちの言葉を聞き分けるためにそれぞれ独自な耳を持っています。日本人は犬がほえるのを「ワンワン」と聞きますがアメリカ人は「バウバウ」と実際に聞いています。ということは同じ音楽を聴いても聞こえ方は同じではないのかもしれません。
さて英語を聞き分けるためには英語耳を持たなければならないのですがこれがやっかいなのです。というのは言語耳というものはおそらく5,6歳ぐらいまでに固定化されてしまうからです。いったん固定化されてしまうと必要ない音は雑音にしか聞こえなくなってしまいます。それぞれの言語の文法も5,6歳で言語脳として無意識のうちに出来上がります。しかし、文法はその後でも理屈によって理解できます。ところが言語耳は理屈ではどうにもならないものです。大人になってからでは血のにじむような必死の努力をしないと聞こえないのです。
小学校で英語を教えるという場合何が大事なのか、このことからわかると思います。もちろんお遊びで英語に慣れさせるということも大事ですがもっとも重要なのは音の違いに気づかせることなのです。音の違いを聞き分ける耳を遊びながらでも身につくようなプログラムを考えることが課題になるのではないでしょうか。
さて、ここでは発音の練習も会話の練習もできません。したがって英語がわかるということはどういうことなのか読みながら理解できるように書いてみたいと思います。小学生高学年でも理解できるように。しかしながら英語がわからないという中学生、高校生、大人の方も十分読めるようなものにしたいと考えています。英語がわかったという実感がなければいくら勉強しても空回りしてしまいます。英語の根本をしっかり理解した上で細かな知識を覚えてゆくほうがいいでしょう。