こんにちは。
私達は色々な身の回りの現象に対して何らかの責任を負っていると同時に手助けされている存在ですよね?自分だけで生きている訳でも無い。家族の愛を、そして友人の友情を・・。
いきなりセンチな記述ですが私は本音でそう思っています。ただビシネス面ではもう少しクレバーになっても良いかも知れません。私からすると少し慢心気味な方も多いと思います。今の状態が永遠に続く保障はどこにも無い。だったら「なるべくリスクは減らそうよ!」と言う事です。
他者・他の機関・事業者に依存する収入構造は、ある程度は仕方ありません。私もそうです。ただ必要以上に依存したく無いのです。
生殺与奪権を与えない。握られない。
これです。
例えば「楽天市場」に出店してて売上げの殆どを占めているとします。つまり楽天の方針変更一つで自分の収入がどうにでもなる。経費負担が一気に何倍にもなる。
というリスクを負っている。楽天は顧客情報も自分では保有出来ない仕組みなんで尚のことです。
アドワーズやオーバーチュアに依存した収益構造ならアカウントを停止されたら売上げはゼロです。当たり前の事が急に転換する事は何かに依存する構造の場合はリスクとして許容する必要があります。
私が会社員を選ばない理由もそこにあります。倒産のリスクもそうですし業績低迷による収入源。人間的に合わない上司の場合等々。リスクは様々です。
また余程、「金融畑歩いています」とか「公認会計士です」とかで無い限り会社で積んだ経験は、その会社にしか通用しません。経験を買われたとしても転職のリスクは付き物です。会社と仲たがいして退職した場合は在籍確認時に漏れる可能性がある。
つまり自分が正しいとしても勤め先の人間と徹底的に争う事は不利なんです。そういう手足を縛られた状態の精神では居たく無いのが本音なので私はフリーの立場を取りました。まぁ性格の問題なんで会社員の方で誇りを持って良い仲間と仕事している方は素晴らしいと思います。ですがリスクは常に考えるべきです。
私は小さい頃から「不利な立場を無理に許容する自分」というのが堪らなく嫌でした。
小学生位の頃に叔母に「そんな事言うのならお年玉あげないよ」と言われた事があるのですが大人とすれば実に簡単な子供操縦法なのですが物事を突き詰めて考える私は「正しいと思った事を発言したにも関わらずお金で強引に制圧するとは何事だ」という感情が常にあり「だったら要らないよ」と言った記憶があります。
子供にとっては年に一度の大口の収入源なんで、なるべく失いたく無い。その強い気持ちを逆手に取った大人の単純なズルさなのですが子供の私は強く嫌悪しました。その気持ちは今も続いていて何を相手にしても「だったら○○するよ」的な発言は物凄く抵抗あります。
つい先日もASP登録している会社の担当者から何度も同じような事を言われてて辟易していたのですが遠まわしに契約解除する的なニュアンスが含まれた事がありました。なんら間違った事をしていない私にたいして失礼この上ない対応です。
私は「結構です。解除手続きに進んで下さい」と言いました。結果、何事もないように放置です。つまり強く言う契約者には引いて弱く従う者には強く出る。典型的な醜い根性なのでしょう。
子供の頃に親と喧嘩すると必ず言われる「出て行けッ」というのがあります。
あれは成人した子供に使うのは構わないのですが養育の義務がある子供の段階で使うのは実は限りなく精神虐待に近い。だって外では一人で生きて行けないのを知った上で言うセリフだから。
「有無を言わさず黙らせたい」
「反撃できないだろ?ざまぁー」
的な気持ちから出ている。子供が間違っていて正したければ理論的に説明する義務があって、それは決して「出て行け」では無いのです。
これも肉親ですが生殺与奪権を奪われているのです。
「お金を借りている」
「何かのミスをして尻拭いさせた」
「何か重大な事を助けて貰った」
こういう事はその時は嬉しいですが、ある種の負債とも言えます。精神的な負けてる感が渦巻いている。借りがある。借りがある状態だから正論が言えない。等々。
お金にしろ、何かの協力にしろ援助する方が強く、援助される方が弱いのです。まぁ開き直ってる素行不良の子息は居ますが、この際、一家揃ってお馬鹿の場合は別とします(苦笑)
まぁ長くなりましたが、そんな感じで依存状態がもし有ったなら是非改善して欲しいと言う事です。なにか明確でないストレスがあるならば多分、それです(笑)
自分の立場は自分が決める。依存しない自分。誰にも権利を侵させない不動の立ち位置。これこそ精神的なユートピアです。