ノンフィクション 不動産・副業のリアル(大家「ウルフ」の独白) -2ページ目

ノンフィクション 不動産・副業のリアル(大家「ウルフ」の独白)

全て実体験の不動産投資・サラリーマン大家のドキュメンタリー

はてな匿名ダイアリーに7月上旬、「昭和時代にサラリーマンをやりたかった」というエントリがあった。投稿者は年齢や職業について書いていないが、昭和を「終身雇用で安定した地位」「誰でもマイホームと家族が持てた」「努力しなくても商品が売れる市場環境」などと讃えたほか、

「夕方には帰宅して、家族みんなでテレビ見ながら晩ごはん」
「普通に働いていれば、それだけでよかった」

などとやけに羨ましがっていた。(文:okei)

「人間関係下手くそ弱者の権利が今より守られてたわけ無いじゃん」

昭和というと戦時中を含めて64年まであるが、投稿者が指すのはおそらく日本の景気が良かった時代だろう。1955~73年(昭和30~48年)の高度経済成長期、平成の初頭まで続いた安定期やバブル期をイメージしているのではないだろうか。

確かにサザエさん一家のように団らんのイメージがあるし、昭和生まれの筆者は子どもの頃はみんなで同じテレビやヒット曲で盛り上がったことを思い出す。父親は働いてさえいれば「家事をしない」なんて文句は言われなかった。しかし、本当にそんなに良いことばかりだろうか。

この投稿には500近いブックマークがつき、注目を集めた。目立ったのは、多くの否定的な意見だ。

「週休2日制じゃないけど大丈夫?」
「インターネットは無いし、エアコンだって無い。トイレの水洗化は地域による。会社ではセクハラや暴力もあり。みたいなのがいいのかなあ」
「うちの父親『裸踊りさせられた』とか言ってて俺にはサラリーマン無理かもとずっと思ってた」

などの声ほか、昭和は禁煙ゾーンもなく、仕事のすべてがアナログだったと思い返す人も。「パワハラされても泣き寝入りが普通で週末に接待ゴルフしないと仕事がもらえない会社になじめるのなら、どうぞ」などの辛辣なツッコミも多い。

当時はパワハラ、セクハラという言葉はそもそも存在せず、問題意識すらなかった時代だ。残業時間も今より多く、過酷な労働環境だった、という指摘する人が多い。

このほかにも「人間関係下手くそ弱者の権利が今より守られてたわけ無いじゃん」「男女の役割分担で変な軋轢がないとか思ってんの男の方だけ」などと投稿者は男性にとって、都合の良い昭和に幻想を抱き過ぎという指摘が相次いだ。

昭和を支えたのはサラリーマンたちの過重労働?

一方、少数派ながら「気持ちはわかる」という人もいたように、終身雇用が魅力的に映るのも理解できる。特に、最近は新型コロナウイルスの影響で非正規社員だけでなく、正社員までもが人員整理の対象になり得る景気の低迷が続いている。「昔は良かった」と感じてしまう瞬間があってもおかしくない。

しかし、70年代後半から80年代前半の日本では、好景気の一方で「過労死」が労災として認められるほど、働きすぎが原因の心疾患、脳疾患による死者数が増加した。ジャーナリストの竹信三恵子氏の著書『家事労働ハラスメント』(岩波新書)によると、 この頃はまだまだ女性が家庭と仕事を両立することは難しかったため、

『夫の稼ぎに依存せざるを得ない女性はいっこうに減らず、その結果、世帯賃金を稼ぐことを迫られた男性たちは長時間労働を受け入れ、1980年代以降、過労死が相次いだ』

とある。背景には、投稿者が憧れを抱いている「終身雇用」「帰属意識」も一因としてあるだろう。会社は定年まで面倒を見る代わりに、長期間の滅私奉公を強いてきた。好景気の昭和は、家事労働に押し込められた女性と、倒れるまで働き続けた男性で支えていたとも言える。

もちろん「ものは言いよう」だ。令和の今を含め、どの時代にも良いことも悪いこともある。投稿者が昭和を羨ましくて思うのは、現在がつらいからに他ならないだろう。

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歌謡曲「昭和枯れすすき」が大ヒットし、スーダラ節もリゲインのCMも
激甚な公害や企業活動起因の難病訴訟(水俣病・カネミ米油PCB汚染事件等)や
国際的には、米ソ冷戦期であり、今では想像を絶する労働環境なり安全衛生環境、
経済的な問題のレベルが現代と全く異なったのが「昭和」だろう。
第二次世界大戦・太平洋戦線で全て灰燼に帰した国土を復興させなければならず
逆に言うと連合軍の徹底的な攻撃でスクラップアンドビルドの出発点が1945年8月で
1950年の朝鮮戦争による戦争特需から続く米ソ冷戦の代理戦争たるベトナム戦争や
労働法・人権軽視の企業戦士が、こうした高度経済成長にドンドンと注ぎ込まれ
結果として、第二世界大戦による本土への被害を免れたアメリカでのスクラップアンドビルドが行われず、焦土と化していた日本やドイツが戦争中の技術を磨き上げて世界に冠たる
自動車や光学技術、家電といった高品質を輸出して行けたと言う時代背景がある。
 
日本の全ての企業が「ブラック企業」的であり、夜の街も栄えた。真面目でもあり同時に
ロッキード事件のような首相による犯罪も、ヤクザの暗躍も凄かった。
やがて生産設備や技術のスクラップアンドビルドが成されず日本からの高品質低価格商品が
少し前の中国同様に安くアメリカはじめ海外で消費され1980年には「バイアメリカン」
と称しアメリカが日本製ではなくアメリカ製を買え!と失業者たちを中心とした日本製不買運動さえ起きた。それでも精緻な技術、安価且つ勤勉な労働力は他国に類を見ない「終身雇用」等の日本独特の経営手法で益々経済力をつけていったのである。やがて安価な労働力は
1990年以降、中国にシフトしていった。製品のデジタル化は、1960〜1970年の熟練工
の経験と勘で抜群にチューニングされていたアナログ製品を単純なユニット組み付けだけで
出来るようになり、中国での様々な製品の生産に好都合であった。
 
ほんの少しだけ「昭和」の時代の背景なり現実を描写してみたが、一つだけ言える事は
日本人は、明治であれ大正・昭和の時代であれ必死に前に向かって僅かな希望を絶やさず
生きてきた。それこそ日本人の日本人たるDNAであろう。
だから、令和の時代であれ、その先であれ以前に時代を回顧し羨ましく思う暇があったら
苦しさの中から、焦土の中から這い上がる、何度叩きのめされても立ち向かうDNAを大事にして欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

新型コロナウイルスのパンデミックによってもたらされた世界経済活動の急ブレーキと

いつまで続くか先行きが見通せない状況は、1929年の「世界大恐慌」を凌ぐ危機と報道されている。

 

そこでWikipediaから「世界大恐慌」の始まりと日本が辿った道を検証してみた。

 

<アメリカでの大恐慌経緯>

1929年8月9日、連邦準備制度公定歩合を6%に引き上げた。同年9月3日にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録した。市場はこの時から調整局面を迎え、続く1ヶ月間で17%下落したのち、次の1週間で下落分の半分強ほど持ち直し、その直後にまた上昇分が下落するという神経質な動きを見せた。それでも投機熱は収まらず、のちにジョセフ・P・ケネディは、ウォール街有名な靴磨きの少年が、投資を薦めた事から不況に入る日は近いと予測し、暴落前に株式投資から手を引いたと述べた[注釈 2]

1929年9月26日、イングランド銀行が金利を引き上げ、アメリカの資金がイギリスへ流れた。

ニューヨークウォール街の群衆

そのような状況の下1929年10月24日(木曜日)10時25分、ゼネラルモーターズの株価が80セント下落した。下落直後の寄り付きは平穏だったが、間もなく売りが膨らみ株式市場は11時頃までに売り一色となり、株価は大暴落した。この日だけで1289万4650株が売りに出た。ウォール街周囲は不穏な空気につつまれ、400名の警官隊が出動して警戒にあたらなければならなかった。

シカゴバッファローの市場は閉鎖され、投機業者で自殺した者はこの日だけで11人に及んだ。この日は木曜日だったため、後にこの日は「暗黒の木曜日英語: Black Thursday)」と呼ばれた。翌25日金曜日)の13時、ウォール街の大手株仲買人と銀行家たちが協議し、買い支えを行うことで合意した。このニュースでその日の相場は平静を取り戻したが、効果は一時的なものだった。

週末に全米の新聞が暴落を大々的に報じたこともあり、28日には921万2800株の出来高でダウ平均が1日で13%下がるという暴落が起こり、更に10月29日、24日以上の大暴落が発生した。この日は取引開始直後から急落を起こした。最初の30分間で325万9800株が売られ、午後の取引開始早々には市場を閉鎖する事態となった。当日の出来高は1638万3700株に達し[注釈 3]、株価は平均43ポイント[注釈 4]下がり、9月の約半分になった。1日で時価総額140億ドルが消し飛び、週間では300億ドルが失われた計算になった[注釈 5]

10月29日火曜日)は後に「悲劇の火曜日英語: Tragedy Tuesday)」と呼ばれた。投資家はパニックに陥り、株の損失を埋めるため様々な地域・分野から資金を引き上げ始めた。1928年アメリカ市場の投信株の取引高は1万株しかなかったが、翌年に11万株を超えた[12]。そして、アメリカ合衆国の経済への依存を深めていた脆弱な各国経済も、連鎖的に破綻することになる。

過剰生産による、アメリカ工業セクターの設備投資縮小に始まった不況に金融恐慌が拍車をかけ、強烈な景気後退が引き起こされた。産業革命以後、工業国では10年に1度のペースで恐慌が発生していた。しかし1930年代における世界恐慌は規模と影響範囲が絶大で、自律的な回復の目処が立たないほど困難であった。

 

<日本での大恐慌経緯>

1929年2月に金本位制に復帰したばかりの日本は色々な思惑から、世界経済混乱の中で正貨を流出させた[注釈 14]

第一次世界大戦の戦勝国の1国となったものの、その後の恐慌、関東大震災昭和金融恐慌によって弱体化していた日本経済は、世界恐慌(昭和恐慌)の発生とほぼ同時期に行った金解禁の影響に直撃され、それまで主にアメリカ向けに頼っていた生糸の輸出が急激に落ち込み、危機的状況に陥る。株の暴落により、都市部では多くの会社が倒産し就職できない者や失業者があふれた(『大学は出たけれど』)。恐慌発生の当初は金解禁の影響から深刻なデフレが発生し、農作物(特に繭)は売れ行きが落ち価格が低下した。1935年まで続いた冷害・凶作、昭和三陸津波のために疲弊した農村では娘を売る身売り欠食児童が急増した。1935年に公共土木事業が打ち切られ、生活できなくなり大陸へ渡る人々も増えた(昭和農業恐慌)。

高橋是清蔵相による積極的な歳出拡大(一時的軍拡を含む)や1932年より始まる農山漁村経済更生運動(自力更生運動)、1931年12月17日の金兌換の停止による円相場の下落もあり、インドなどアジア地域を中心とした輸出により1932年には欧米諸国に先駆けて景気回復を遂げたが、欧米諸国との貿易摩擦が起こった。1932年8月にはイギリス連邦のブロック政策(イギリス連邦経済会議によるオタワ協定)による高関税政策が開始されインド・イギリスブロックから事実上締め出されたことから、日本の統治下となっていた台湾や、日本の支援を受け建国されたばかりの満州国などアジア(円ブロック)が貿易の対象となり、重工業化へ向けた官民一体の経済体制転換を打ち出す。日中戦争がはじまった1937年には重工業の比率が軽工業を上回った。さらには1940年には鉱工業生産・国民所得が恐慌前の2倍以上となり、太平洋戦争におけるイギリスやアメリカ、オーストラリアなどに対する優勢が続いていた1942年夏まで景気拡大が続いた。ただし戦時下の統制経済下であり、生活物資不足となっていた。

1931年12月の高橋蔵相就任以来、積極的な財政支出政策(ケインズ政策)により日本の経済活動は順調に回復を見せたが1935年頃には赤字国債増発にともなうインフレ傾向が明確になりはじめ、昭和11年(1936年)年度予算編成は財政史上でも特筆される異様なものとなった。高橋(岡田内閣)は公債漸減政策を基本方針とした予算編成方針を1935年6月25日に閣議了解を取り付けたものの、軍部の熾烈な反発にあい、大蔵省の公債追加発行はしないとの方針は維持されたものの特別会計その他の組み換えで大幅な軍備増強予算となった。結局この予算は議会に提出されたものの、翌1936年1月21日に内閣不信任案が提出され議会が解散し不成立となった。実行予算準備中の2月26日に二・二六事件が発生し高橋の公債漸減主義は放棄されることになった[54]

経済政策では1931年(昭和6年7月公布)の重要産業統制法による不況カルテルにより、中小産業による業界団体の設立を助成し、購買力を付与することで企業の存続や雇用の安定をはかった。また大企業を中心に合理化や統廃合が進んだ。重要産業統制法はドイツの「経済統制法」(1919年)をもとに包括的立法として制定され、同様の政策はイタリアの「強制カルテル設立法」(1932年)、ドイツの「カルテル法」(1933年)、米国の「全国産業復興法」(1933年)などがある。1930年代には数多くの大規模プロジェクトが実施された。

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上記を読んで、現在進行形のコロナウイルス・パンデミックに於ける経済活動の停滞と

1929年前後に至る世界情勢に極めて共通した点を見出す事が出来ると思う。

 

過度の投資熱、アメリカ依存の日本を始めとした世界経済、現在は米中に振り回される世界と言っても過言ではない。しかも第一次世界大戦の終結を決定づけたスペイン風邪の真の発生源は、アメリカであったし、今回のコロナウイルス発生は、中国であり、いずれも世界の経済を左右する存在。

 

日本は、この時期に「関東大震災」や金融恐慌、冷害や三陸津波など、今と同じリスクに連続して晒され、もがいた末に中国をはじめ海外への移民となって生存の道を探す。

やがてブロック経済は、日本に「満州国」や大東亜共和圏という生存策を生み出す。

国家予算は、軍拡へと注ぎ込まれ結果として破滅的な太平洋戦争へと向かう。

 

ドイツは、第一次世界大戦の敗戦国として天文学的な賠償金を背負わされ経済は破綻。

スーパーインフレーションに見舞われ、苦しんだ末にドイツを救える唯一の人物として

アドルフ・ヒトラーを総統へと導く。ヒトラーは国民の期待に応えるべく電撃戦でヨーロッパに侵攻し、第二次世界大戦へと突き進む。

 

これらの歴史から読み解ける事は、世界大恐慌の発生源となったアメリカは、第二次世界大戦を通じてパールハーバー以外は、広島・長崎への原爆投下や東京大空襲のような国土の大部分が焦土と化す事はなかった。その結果、戦後アメリカは(ニューディール政策の成果もあるが)焦土からのスタートでなかった分、経済的に有利であった事だ。

 

絶望的な焦土と化した日本やドイツは、戦後、高度成長を最大限に行い1980年代には、戦前からの旧式なインフラや生産方式だったアメリカを凌駕し、戦勝国アメリカ経済はリストラクチャリング(リストラ)を図る事で国際競争力を取り戻していった経緯がある。

 

今回のコロナウイルス(コロナ不況)の震源地は、中国である。しかも米中貿易戦争の最中に、1929年の世界大恐慌と同じような投機熱がピークを迎えていた。

世界恐慌発生源のアメリカと同様に、コロナを発生させた中国は実にケロリとしたものだ。

 

歴史は、これから間違いなく日本はもがき苦しむ期間の長期化を示しているし、更に言えば関東大震災や三陸津波、冷害や凶作、金融恐慌なども同様に発生し得る事を証明している。

それらの果てには、軍事や戦争・開戦に流れていく世論を構成する危険性も示している。

 

 

 

 

 

 

但し、次の世界大戦は核兵器が、通常兵器並みに使用できる国ばかりという状況だ。

広島・長崎だけで済むわけが無い。ひとたび核使用がされれば瞬時に報復攻撃が反復してなされていくので、和平交渉するような時間もへったくれも無い。

 

そして唯一残された希望は、こうして過去に起きた悲劇の大河ドラマを知り得ている我々の知識であり、理性であろう。コロナウイルスのパンデミック、そしてコロナによる経済大打撃という世界中の同時期を生きている「人類の共通体験」を生かすも殺すも、今日の、今の私達の心と行動次第であろう。

 

 

 

 

 

・新型コロナウイルスの世界中パンデミックがパンデミック後の世界観や人々の価値観も変える。

 

・ペスト後のヨーロッパでは、教会の権威が失墜し宗教のみが唯一絶対ではなく、人間としての本来の姿を希求する「ルネサンス」が訪れている。

 

・ルネサンス期の絵画は、それまでの宗教画とは全く違う明るく開放的で「人間の生命」を写実的に見事に描いている。

 

・ニュートンの万有引力などの法則発見、ダビンチによる数々の発明、法則発見など

 現在に続く真実を多く花開かせた時代となっていく。

 

・今、新型コロナウイルスの感染拡大で世界中で凄まじいスピードで感染し、多くの死者を出して医療崩壊が瀬戸際に来ている。

 

・今まさにペストという謎の感染症に怯えた時代の人々と同じ感情を私達は経験している。

 

・だからこそ、この世界的パンデミックは、それ以前と圧倒的に歴史や人の価値観を変えるだろう。新型コロナウイルスの感染脅威を乗り越えた先には、「会社や仕事」よりも

「自分や家族の命」を第一に考える価値観がより強まり、「何の為に生きるか、生き抜くか」という根本的な命題がもっと大事にされるだろう。

 

・死を身近に体験した私達は、もっと私達の命や人生を深く考える事になる。

 

・それは、人類の進化になる。歴史を作っていく事になる。

 

 そして感染症によって、またその影響で亡くなった方々に深い敬意を抱き

 今、医療の最前線で未知の感染症で戦う医療従事者、感染症の恐怖と戦いながら

 社会を支えるエッセンシャルワーカーの方々、その方々を支え頼りに生きる全ての人。

 

・刻々と変化する天気や季節の流れと同様に、状況も刻々と変わるが、その先には

 必ず私達にとっての新たな「ルネサンス」が訪れる。そう歴史は証明している。

 

 私達は、まだまだ進化できる。この苦難を必ず乗り越えていける。前へ進もう。

 

 

コロナショックの中、1年以内に自宅を買っておかないとマズイ理由

4/9(木) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 

コロナショックの中、1年以内に自宅を買っておかないとマズイ理由

 

コロナショックにより、不動産市場の回復には時間がかかりそうだが、実は今だからこそ自宅を買っておかないとマズイ理由がある(写真はイメージです) Photo:PIXTA 

● コロナショックの今だからこそ 「不況の際の住宅頼み」を

 コロナショックにより、不動産価格全般は弱含みになる。ひと段落しても、市場の回復には時間がかかるかもしれない。しかし、そんな価格が軟調になりそうなときだからこそ、自宅は絶対に買っておかないといけない。家を持っていないと、「底なしの貧乏人」になる可能性があるからだ。

 不動産価格は主として家賃で決まる。その不動産が生み出す収益性が、不動産の価値を決めるのだ。これを不動産鑑定用語で「収益還元法」という。今回、商業施設やホテルのJ-REITは株価(投資口価格)が1カ月で半減した。それだけ、商業施設とホテルの収益力が落ちたからだ。

 不動産の収益の源泉は、商業施設とホテルでは毎日の売り上げ、オフィスは法人業績、住宅は個人所得になる。それぞれの賃料は、商業が売上連動なので最も変動幅が大きく、家賃は好況不況に関係なくほぼ一定である。

 なぜなら、一番変動しないのが個人所得だからであり、「不況の際は住宅が不動産の中で最も値下がりしにくい」ことは歴史が証明してくれている。このことは、前回の「コロナショックでマンション価格の暴落は本当に起きるのか」で詳しく述べた。

 経済活動が止まると、デフレになる。需要が少ないからだ。こうなると、物価が下がり、法人業績が下がり、個人所得が減るという負のスパイラルに入る。モノに対してお金の価値が上がっていく状態なので、貯金して節約している方が得になる。アベノミクスが始まる前はこういう状態に陥っていた。デフレ脱却がアベノミクスの第一目的であった。

 日本には、デフレを脱却しなければならない切実な理由がある。デフレは借金の負担が重くなるので、国の借金が世界一多い日本は返済できなくなる可能性が高くなるからだ。日本は東京五輪に備えて多額の借金をしたが、コロナショックで1年延期となった。そして悪くすると、1年後もコロナ感染が終息しておらず、五輪は中止に追い込まれるかもしれない。

 また、今回のコロナショックで大規模な経済対策を再び借金で行うことになる。国の借金である国債を返せない確率が上がると、その国の通貨の価値が下がる。そこでさらに通貨を発行すると、一層価値の下落に拍車が掛かる。

 このようにして通貨の価値が急激に下がると、モノの価値が急激に上がり、極度のインフレになる可能性も否定はできない。これを「ハイパーインフレ」という。

● ハイパーインフレで明暗分かれる 「持ち家」と「賃貸」

 戦後の日本でも、このハイパーインフレが起こっている。1945年の終戦から1949年末までに物価が約70倍になったのだ。国際会計基準の定めでは「3年間で累積100%以上の物価上昇」とされているので、明らかにこれに当たる。インフレになると、借金がインフレになった分だけ棒引きにされる。過去に借りたお金の価値が下がるからだ。こうして、破綻している国の財政問題は解消する。

 コロナショックは全世界の経済を止めるほどの猛威で、すべての国が自国防衛に走っている。自国以外がどうなろうとお構いなしの情勢にある。こんな中では何が起きてもおかしくない。自国通貨の価値が大きく下落するハイパーインフレの可能性があることも、視野に入れておいた方がいい。そうした事態に備えて個人ができることは、限られている。

 実例を挙げてみよう。Aさんは賃貸に住んで、貯金が1000万円ある。Bさんは500万円を頭金にして、4500万円のローンを組み、5000万円のマンションを購入して住んでいる。ハイパーインフレが起こると2人の明暗ははっきりする。モノの価格や家賃が大幅に上がるので、Aさんの貯金は価値が大幅に下がるのだ。戦後のハイパーインフレの再来なら、1000万円で買えるものは70倍なので、貯金は1000万円÷70=14万円ほどになり、ほぼ全財産がなくなってしまう。間違いなく貧乏人だ。

 

一方、Bさんは持ち家である自宅が勝手に値上がりする。インフレのときに値上がりする代表的なものは不動産である。手垢がついても新品と大差ない価格で売買されるのは不動産だけだからだ。資産価値が膨れて負債額がそのままなので、差し引きした純資産は増える。

 借金をたくさんしているほど、膨れる資産は多くなる。戦後のハイパーインフレのように物価が70倍になれば、5000万円のマンションの価値は35億円になっていて、借金は4500万円のままだ。これは自分が出した現金500万円に対して、借金で5000万円の資産を手に入れているのと同じことになり、いわゆるレバレッジ効果は10倍となる。このように、有事の際の持ち家は生活防衛に役立つのだ。

● 1年後に五輪は開催できる? 今、やっておくべきこと

 幸い、住宅ローン金利は低く、ほぼゼロ金利だ。こんな時だから、経済活動を促進するために住宅ローンは組みやすくなっている。そこに投げ売りする物件が出てきたら、お買い得ということになる。

 コロナショックは日本の財政寿命を縮めた。1年先延ばししても東京五輪が開催できない可能性を考えると、日本は借金を増やしただけに等しくなり、世界から財政赤字が問題視されることになる。2021年の五輪が万一中止になるとしたら、そのタイミングを購入までのタイムリミットと考えると、あと1年が限界とはいえないだろうか。

 こうした自宅購入は単身の方にもお勧めしている。「賃貸は持ち家より損」「結婚してから、子どもが育ってからでいい」などと言っていては、損が膨れていくだけだ。住宅ローンは年収の7倍程度まで組めるので、年収400万円でも2800万円くらいは借りられる。頭金がなければ、親からの贈与でも借金でもいい。社会人なら誰もが自宅購入を考える必要がある。2020年にやっておかないといけないことは、何よりも自宅購入なのである。

 (スタイルアクト(株)代表取締役/不動産コンサルタント 沖 有人)

沖有人

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実に的を得た正論である。記事にある状況は、既に100年前のスペイン風邪による

世界的なパンデミック後のドイツのハイパーインフレ、第2次大戦後の日本での

ハイパーインフレでも実証済みだ。

 

安倍首相が「緊急事態宣言」発令を躊躇したのも、デフレを封じ2%インフレを

目指したアベノミクスで積み上げてきたものを「砂上の楼閣」として崩す行為

を判断しなければならないからであり、今回の新型コロナウイルス対策も当初の

厚生労働省から「経済再生大臣」にバトンタッチしているようなのも、傷を深く

せずにアベノミクス既定路線に戻したいからだ。

 

お気持ちはわかるが「今、そこにある危機」命の危機を除去するのが国家元首の

本懐ではないか。短期決戦で国としての財政出動を大胆に行い人の移動を封じ、

先ずはウイルスを絶つ。その上でグローバルでのウイルス対応に日本企業や官庁が

国際貢献できれば、日本の国際的な価値も短期で復旧し向上するであろう。

 

抗ウイルス剤が開発され、ワクチンも普及するとしても、その後最短で2年程度

つまり3年以上の経済的混乱、不景気となる可能性が非常に高い。下手すると

グローバルでは、アメリカの被弾程度次第で数年にわたり後遺症を残すだろう。

「欲しがりません、勝つまでは」「贅沢は敵」という時代の再来になる。

 

思い切った財政出動が取れないならば、記事にあるように日本国民の個人としては

低金利で住宅ローンを組めるうちに自宅を持ち家にするようにしなければ危ない。

 

飲食や宿泊、サービス業から製造業までウイルス感染症拡大に伴う影響は大きい

集客数が売り上げに直結するだ。それに対して不動産賃貸業の場合、影響は僅少で

家賃が激減したり、0となる事は住民が戦争の様に全て死滅してしまわなければ

同じ収益をあげ続けることが出来る。目の前の「繋ぎ資金」バラマキという煙幕

で目くらましを喰らうのではなく、これから起きる大きなトレンドを先読みして

生存策を講じる必要がある。だからこそ、個人で「不動産」について自ら知識をつけ

知見を持っておく事こそ効率的で合理的な対抗手段になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

歴史から読み解く「コロナショック」経済の行方

4/8(水) 7:50配信

東洋経済オンライン

 

歴史から読み解く「コロナショック」経済の行方

 

約1世紀前に猛威を振るったスペイン風邪の教訓から何を得られるだろうか。撮影地:アメリカ・ワシントン(写真:GRANGER/時事通信)   

株式市場の世界的な大暴落、東京オリンピックの延期、著名人の感染・死亡と、当初の想定を超えた「最悪の事態」を塗り替え続けているコロナショック。人的被害はもちろん、経済的被害も底が見えない状況になっている。
ちょうど1世紀前にも、約2年間にわたり「スペイン風邪」が世界で猛威を振るった。われわれはその歴史から何を学べるのか――。『お金は「歴史」で儲けなさい』などの著作があり、テレビ朝日系「モーニングショー」にも出演する経済評論家の加谷珪一氏が、コロナショックとスペイン風邪を比較しながら世界と日本の経済の今後について解説する。

 コロナウイルスによる感染が深刻な状況となっている。これだけ広範囲に感染が拡大し、経済活動が抑制されるというのは、戦後社会としては初めての経験であり、先の状況を予測することは極めて難しい。このようなときは一度、冷静になって歴史を振り返って見るという姿勢も必要だろう。

 近代以降、大規模な感染によって全世界で死者が出たケースとしては、1918年から1920年にかけて大流行したスペイン風邪がよく知られている。本稿では、スペイン風邪の感染拡大とGDP(国内総生産)や株価の推移などについて考察していく。

 筆者はかつて、過去130年の経済や株価の推移について分析した『お金は「歴史」で儲けなさい』という書籍を執筆しているが、こうした歴史分析を行うと、必ずと言っていいほど「当時と今を比較しても意味がない」「状況が違いすぎる」といった批判の声が出てくる。

 過去と現在で状況が異なるのは当然のことであり、もし歴史をさかのぼることについて無意味であると考えるのなら、時間の無駄になるので、本稿を読んでいただく必要はまったくない。

 しかしながら、著名な投資家や実業家の中には、歴史的な分析を実践している人が少なくない。経済というものが人間の活動の集大成である以上、同じようなことを繰り返す可能性は高く、歴史を知ることは人間を知ることにつながるからである。こうした歴史が持つ価値について理解のある方のみ、読み進めていただければと思う。

■スペイン風邪が流行した当時はバブル経済の真っ最中

 スペイン風邪は、1918年から1920年にかけて全世界で流行したインフルエンザである。当時、日本の内政を担当していた内務省の調査によると、国内では3回のピークがあり、第1回目のピーク(1918年8月~1919年7月)には患者数が2100万人以上、死亡者は26万人に達したとされる。

2回目のピーク(1919年8月~1920年7月)は患者数が約241万人と大幅に減り、死亡者数も12万8000人と半減した。さらに3回目のピーク(1920年8月~1921年7月)になると、患者数は22万4000人、死亡者数は3700人となり、その後、感染は終息した。諸外国もほぼ同じで、1918年の秋に大流行となり、1919年に再度、拡大したのち終息を迎えている。

 1919年当時の日本の総人口は約5500万人なので、一時は人口の4割近くが感染した計算になる。もっとも、統計によって数字にバラツキがあるので、正確性については多少、割り引いて考える必要があるが、広範囲に感染が拡大したのは間違いない。ただ、全期間を通しての死亡率は1.6%なので、当時の衛生状態を考えると、それほど危険とまでは言えないかもしれない。

 では、当時の経済はどのような状況だったのだろうか。

 1917年の実質GDP(当時はGNP)成長率は9.0%、1918年は8.6%、1919年は5.0%と高成長が続いていた。感染が終息した後の1920年はマイナス成長に転じているが、総じて経済は好調だった。当時の日本は新興国なので基本的に高成長だったが、それでもこの成長率はほかの時期と比較してかなり高い。

 実は、この頃の日本経済は、第1次世界大戦特需によって絶好調という状況だった。

 大戦の勃発によって欧州の企業活動が大幅に縮小したことで、戦争とはほぼ無縁だった日本企業には数多くの注文が舞い込んだ。各社は空前の好業績となり、株価も急騰。賃金も上昇したことから、雰囲気的には1980年代のバブル経済のような状態になった。株長者が続出し「成金」という言葉がメディアを飾った。

 スペイン風邪はこうした中で発生したので、初期段階では景気に対してそれほど大きな影響を与えなかった。アメリカも日本と同様、戦争による直接的な被害を受けなったので、経済は順調に推移していた。欧州は大戦による被害が大きかったが、英国経済は何とか横ばいを保っていた。

 

■景気には直接影響を与えなかったが…

 当時は日経平均のような株価指数は存在しておらず、東京株式取引所(東株)の株価が指数代わりに用いられていたので、新株分を調整した株価を指数として用いた。

 それによると感染による死者が急増した1918年には、2回目となる株価バブルがスタートしており、スペイン風邪の影響はあまり見られない。ところが、株価バブルの頂点と、感染ピークの2回目はほぼ一致しており、感染爆発と同時に株価は暴落し、その後、長い不況に突入する結果となった。第1次世界大戦後の不況はかなり長引き、10年間のデフレを経て昭和恐慌へとつながっていく。

 当時の日本政府は、今と同様、学校の一斉休校を実施したり、イベントの自粛を呼びかけるといった施策を行っている。また、マスクの着用やうがい手洗いの実施が呼びかけられており、これも今の施策と近い。だが、一連の対策が極めて有効に作用したのかというとそうでもなく、結局のところ、多くの人が感染し、集団免疫を獲得することで、終息に向かったと見てよい。

 では、スペイン風邪の歴史を教訓にするならば、感染者の急拡大で社会は混乱したものの、経済への影響はそれほど大きくなかったということになるのだろうか。そう願いたいところだが、どうしても引っかかるのが、2回目の感染ピークと同じタイミングで到来したバブル経済の崩壊である。

 スペイン風邪は、流行が拡大しているときは、経済にそれほど大きな影響を与えなかったが、第1次世界大戦バブル崩壊の引き金を引いた可能性は十分にある。もし、そうであるならば、今回との類似点は多い。

■結局、日本だけが一人負けしていた

 今回の感染拡大で日本を含む世界の株式市場は大打撃を受けたが、リーマンショック級の株価下落となったのは、単にコロナショックが大きかったからではない。

 リーマンショック以降、アメリカは絶好調ともいえる景気拡大が続いており、一部からは株価や債券価格のバブル化を指摘する声が上がっていた。日本についていえば、トヨタをはじめとするメーカー各社が、拡大が続くアメリカ市場に製品を売り込むことで、何とか国内景気を維持してきたという面が大きい。

つまりアメリカ経済はバブルの兆候があり、日本経済は、アメリカのバブルに依存してきたというのが実態である。

 だが、アメリカの好景気があまりにも長すぎることから、多くの関係者が、そろそろアメリカ経済が景気後退(リセッション)に入るのではないかと危惧していた。こうしたタイミングでコロナウイルスの感染が急拡大したので、株式市場への影響は極めて大きなものとなっている。

 つまり、今回の株価下落は、コロナショックだけでなく、バブル崩壊と全世界的な景気後退懸念が加わっており、これが市場参加者の心理を極端に悪くしているのだ。

 ちなみに1920年代のアメリカは、欧州復興特需で経済を急成長させ、欧州各国も、戦後処理が一段落してからは、それなりの安定成長を実現している(敗戦国のドイツを除く)。

 しかし日本だけは、経済の体質転換が進まず不景気が続き、そのまま世界恐慌を迎えてしまった。日本経済だけが一人負けしてボロボロの状態となり、軍部の台頭によって最終的には無謀な戦争に突入した。一連の出来事がもたらした結果は言うまでもなく、終戦による日本経済の破綻とハイパーインフレであった。

 つまりスペイン風邪の流行は、直接的には経済に大きな影響を与えなかったが、俯瞰的に見た場合、(あくまで結果論だが)日本経済の終わりの始まりを示唆していた。

 日本経済はここ数年、消費の低迷が続くなど、経済の基礎体力が著しく低下している。ここでアメリカが景気後退に陥った場合、日本経済への打撃は計り知れない。歴史を教訓にするならば、日本経済が底割れするような事態は何としても回避しなければならない。それが実現できなければ、長期にわたる景気低迷を覚悟する必要があるだろう。

加谷 珪一 :経済評論家

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バリ、この記事にある「歴史は繰り返す」という事実から

今回の新型コロナウイルスのパンデミックが100年前のスペイン風邪同様に

「いつかきた道」となる可能性を私自身も肌感覚で予感している。

 

寧ろ、スペイン風邪の時よりも様々な面でグローバル化が広範かつ

情報もウイルスも伝達(感染)速度が速いので、歴史上のリピートが

早送り的に起きるのではないか。

 

つまりウイルスのパンデミック第1波を中国が超えて、これから

日本をはじめ激甚な被害を及ぼしている欧米も、第1波をやり過ごす。

しかし、ウイルスへの特効薬やワクチンの世界中どの地域へも普及するには

相当な時間もコストも必要である為、結局、感染は第2波、第3波とゲリラ的に

続き免疫を得て生き残る人々でとりあえず終息する。(ように見える。)

 

この間、経済活動は極めて限定的に成らざるを得ない。

当然、収益は低下し続ける。キャッシュフローは滞り新規投資は減少する。

結果、ボディブローのように企業収益、社会資産は目減りしていき

「拡大再生産」の機運は消失していく可能性が極めて高い。

 

第一次大戦とスペイン風邪パンデミックの後、記事にあるように

アメリカの華やかなバブルと世界恐慌に揺さぶられ、国際的に

自国だけの経済サイクルでは成り立たない日本は、満州国に進出し

大東亜共和圏を目指し、経済的に全くそろばんが合わない戦争に

突入していき、広島・長崎に原爆が投下されるという人類最大の悲劇まで

破滅していく。戦後、朝鮮戦争による経済特需まで敗戦国日本はズタボロだった。

 

もし、スペイン風邪によるパンデミックがなかったら歴史は変わっていた

かもしれない。しかし今日また姿をコロナウイルスに変えて当時と同じような

経済状況、国家間状況がリピートされている。今、私達はもしかしたら

苦々しい歴史を繰り返さなければならない轍に世代を変えて直面している。

 

どんな経済活動も、サイエンスも歴史に学ばなければ進歩はない。

今、この拡大する感染症との戦いの意味は、見える範囲よりも

はるかに巨大であり、私達の人生、世界の歴史に与える影響は甚大だ。

その明暗は、今日の私達一人一人の考え方、生き方、行動にかかっている。

総員「覚悟セヨ」。

老後の必要資金は1億円だが…大抵の人は心配無用である理由

1/11(土) 11:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

まさに現実となった「人生100年時代」。金融庁による年金2000万円問題と相まって、多くの方が自助努力による資産形成の重要性を感じたことでしょう。とはいえ、将来の生活資金不足に恐れおののく必要はありません。対策を怠らなければ、ほとんどの人はつらい老後生活と無縁でいられるのですから。久留米大学の塚崎公義教授による「老後資金を考える」シリーズ、記念すべき第1回目です。

高齢夫婦の年間生活費×32年分=だいたい1億円

日本人の平均寿命は順調に伸び続け、人生100年時代はまさに現実のものとなりました。もちろん、長生きできるのをうれしく思う方も多いと思いますが、同時に、実際の生活を考えたとき、老後資金はいくら必要になるのかは、頭の痛い問題でもあります。

世間では「老後資金は1億円必要」という話もまことしやかに語られていますが、現実にはどうなのでしょうか?

夫婦二人の毎月の生活費を25万円とすると、1年間で300万円必要です。60歳で定年を迎えるとして、60歳女性の平均余命は29年ですから、医学が進歩することを考え、かつ平均より少しだけ長生きした場合に備えるとして、32年分の生活費を計算すると、9600万円になります。これに、万が一の場合に備えた400万円を加えると、1億円になります。この400万円は、何事もなければ遺産として相続され、葬儀代になると考えましょう。

つまり、「老後資金は1億円かかる」というのは、本当です。しかし、普通のサラリーマンは何とかなるので、怯える必要はありません。

一体どういうことでしょうか?

不足分の生活費を「細々と稼ぐ」だけで大丈夫

「老後資金は1億円かかる」というのは、「自分の貯金通帳に1億円入っていることが必要」という意味ではありません。

仮にそうならば、高齢者のほとんどは破産しているはずです。いまの高齢者のなかで「現役サラリーマンだった時に1億円の貯金を持っていた」という人はほとんど皆無でしょうから。

厚生労働省によると、標準的なサラリーマンと専業主婦という夫婦であれば、65歳になると、年金が月額で約22万円受け取れます。そうなると、不足額は毎月3万円ということになりますから、32年間で1152万円です。葬儀代を加えても1500万円程度でしょう。年金支給額が少しずつ減っていくことを考えて、2000万円としておきましょう。

サラリーマンには退職金(あるいは企業年金等)が出る場合が多いでしょうし、少しは遺産も入るかもしれませんから、2000万円という金額は、普通のサラリーマンにとって「何とかなる」数字
だといえます。

仮に現役時代に貯金がゼロ(住宅ローン残高と金融資産が同額)であったとしても、何とかなりそうですし、現役時代から老後のための蓄えをしている人なら一層安心でしょう。

もっとも、60歳で定年を迎えた場合、65歳になるまでは、働いて生活費を捻出する必要があります。定年後再雇用でも転職でも起業でも、細々と生活費を5年間稼げるように頑張りましょう。

むずかしいことではありません。高度成長期には55歳で定年になっていたわけですが、平均すれば今の60歳は当時の55歳よりはるかに元気です。しかも、労働力不足ですから、高齢者でも仕事が見つかる可能性は高いでしょう。

「長く働き、できるだけ稼ぐ」「生活を見直す」

いかがでしょうか。「頑張れば何とかなりそうだ」と感じた読者が多いのではないでしょうか。まずは、その安心感が何より重要です。知らなければ不安に怯えるだけですが、「自分がどれくらい頑張れば何とかなりそうか」がわかれば、それだけで不安は相当和らぐはずです。

「頑張らなくても何とかなる」と感じた人はいいとして、「頑張れば何とかなる」と考えた人は、頑張りましょう。「どれくらい頑張れば何とかなるのか」という見当がついていると、頑張っているときの安心感が違いますから、目標を立てて頑張りましょう。

「長く働いてできるだけ稼ぐ」「生活を見直す」が基本です。「運用で儲けて老後資金の不足を補おう」と考えると、運用に失敗した時の打撃が大きいですから、老後資金の運用は欲張らずに安全運転を心がけましょう。

初回は、全体像を大雑把に捉えてみました。個人差も大きいでしょうし、細かい事は端折って書きましたが、何となくのイメージを持っていただけたのであれば、筆者として幸いなことです。細かいことは次回以降の連載で記していきます。原則として毎週土曜日の掲載を予定していますので、御覧いただければ幸いです。

自営業なら「強み」を活かし、自助努力を怠らずに

上記はサラリーマンに関する記載でしたが、自営業者は少し状況が異なります。年金がサラリーマンより少ないのです。夫婦ともに40年間国民年金保険料を払い続けても、老後に受け取れる年金は夫婦合計で月額13万円ですから、サラリーマンより大きく見劣りしていますね。

加えて、退職金も企業年金もありませんから、長く働くこと、若い時から老後資金の貯蓄に励むことなどが、サラリーマン以上に必要です。

もっとも、自営業者は定年がありませんから、元気な間は長く働くことができます。また、iDeCo(個人型確定拠出年金)の上限金額が大きいなど、税制上の優遇措置も豊富ですから、自助努力を怠らなければ何とかなる場合が多いでしょう。

サラリーマンと比べると、自営業者は個人差が大きいですが、どのような方であっても、本シリーズで基本的なことをご理解いただければ、きっと役に立つと思いますので、よろしくお願い致します。

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つまり、年金受給という点だけに絞って得られる利益を考えると

1、新卒で安定した高収入の大企業に就職し定年までへばりつく。

2、出来れば定年後も定年再雇用で働き損で心身の健康を損なっても65歳まで濡れ落ち葉で居座る。

3、心身喪失状態、虚無感に襲われようが、後輩に口であしらわれてもプライドなど捨てて65歳を迎える。

4、65歳の誕生日を迎え晴れて退社し年金事務所を訪れ年金支給申請をする。

5、さあ明日から何の生き甲斐も将来への夢もない抜け殻。でも年金支給されるから無事に自動排泄物製造機になる。

これが、年金受給だけにフォーカスしたライフプランだ。65歳から通勤地獄もなく平穏無事だ。

 

それは、それで私は如何なものかと思う。

更に考えると、そもそも60歳定年まで会社にへばりつくだけでは、行きつくところが知れている。

ところが、例えば定年前までに「スペシャリスト」「専門家」として、独立できる力量と体制を整えておく

定年を待たずに「自営業」にシフトする事で「定年」を自分自身で決めれるようになる。

勿論、自営業をするからには、小規模事業者共済などに加入しつつ自分で自分の自営業として退職金を積み上げる。

一方でサラリーマンとして長年働いてきた退職金自体は漸減消費とせず、少しでも増やす運用に回すのだ。

その為に自営、マイビジネスを頑張る、スキルを磨く、という方が長寿命化している時代にふさわしい生き方ではないか。

つまり、そのことを逆算して若い時から「自分しかできない専門」を極めたり、複数の資格取得をしたり経験を重ねたりする事を

意識して計画的に実践しなければ、お上が決めた「流されていく働き損のライフモデル」を強いられるだけなのだ。

今、職場で威張り散らかしている部長だの本部長だの役員だの、定年すればただの「濡れ落ち葉」。堆肥にもなれない存在だ。

自分で自分の人生をプランニングしてコントロール出来る者だけが、本当に真の意味で自分の人生を生き抜く事になる。

 

「若者消費の縮小」が日本のデフレを加速させている

1/2(木) 9:30配信

毎日新聞

 日本はなぜ深刻なデフレ経済に陥ったのか。なぜそこから抜け出せないのか。第一生命経済研究所の熊野英生さんが「若者の消費」の視点から考えます。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇ラーメン業界は一層厳しく?

 デフレ構造をつくる背景に「少子化・高齢化・人口減少」がある。それを示す一例として外食への支出減少がある。

 外食産業にとって20~30代は大きな顧客である。外食への支出は2003年、金額シェアで31.3%が20~30代であった。それが、15年後の18年には21.5%へと落ちた。実額では3.4兆円あった20~30代の外食への支出は15年間で2.5兆円へと約9000億円も減った。26%の縮小である。

 なお、ここでの若者消費とは、世帯主が20~30代の世帯の消費総額を指す(単身世帯を含む)。中学生・高校生など親元に同居する子供の消費は含まない。大学生も、同居を含まず、独立した世帯の20代は含むという定義になる。

 外食産業の中でも、20~30代の消費ウエートが大きいのはラーメンである。ラーメン業界は生き残りが厳しく、3年以内に8割の事業者が潰れてしまうという人がいるくらいである。そもそも競争が激しい業界だが、若者の人口減少によって生き残りは一層厳しくなるだろう。

 ◇シニアの収入は決して多くない

 若者消費の市場が縮小するなら、シニアなど他の消費者を狙って、顧客シフトをすればよいという人もいるだろう。確かに、過去15年間でシニア市場は広がった。

 しかし、若者とシニアのどちらが所得面で恵まれているだろうか。18年の所得分布を調べると、若者の方が段然豊かである。例えば、世帯年収が500万円以上の20~30代は全体の42%である。65歳以上の世帯では22%に過ぎない。シニアには、正社員の勤労者がほとんどおらず、年金生活者が多くを占める。65歳以上の世帯の約6割は年収350万円以下である。

 つまり、シニア層へと顧客をシフトさせていくことは、経済的に余裕の乏しい顧客へとより多くの商品・サービスを売っていくことを意味する。それがデフレ構造をつくるのだ。

 同様に、過去15年間に、顧客を若者からシフトせざるを得なかった市場はどこかを調べてみた。消費とは少し違うが、借家の市場は最も20~30代の人への依存度が高かった。

 03年は、借家への家賃支払いの50.5%が20~30代であった(金額シェア)18年は35.4%になっている。かつて、アパートやマンションを建てて、学生や単身者に貸すことで家賃収入を得られているというビジネスが宣伝された。今でも、節税や副収入をうたう事業者は多くいる。だが意外に知られていないのは、そうした単身者向けの市場は、過去15年間で大きく顧客(アパートなどの住人)が減少したという事実である。

 同じように、衣料品や自動車の市場でも若者が顧客層の中核から姿を消していった。若者の非正規化・低所得化もあるが、ただ顧客をシニアへシフトしても、その層の所得も低かった。

 ◇市場縮小の活路は海外しか…

 ここ数年、アニメが海外で受けているという話を聞く。大人が見ても面白く、もはや子供向けとは言えないものも多い。それが、日本文化の素晴らしさだと胸を張るのは良いことだろうが、果たしてそれだけなのか。

 むしろ、若者消費が縮小したから、海外向けに顧客をシフトさせざるを得ない面が大きかったのではないか。ゲームソフト、フィギュアなどの若者カルチャーが、秋葉原などを中心に世界へと情報発信される。これらは外食や貸家と同じように若者マーケットを失われた分、外へ展開することを余儀なくされたのだろう。

 こいのぼりや五月人形、ひな人形の事業規模もここ十数年間で著しく衰退した。日本文化の伝統を外国人に売るというビジネスになかなか展開できなかったからだ。日本文化は素晴らしいかもしれないが、そうした感情だけでは生き残ることが難しいのが現実である。

------------年末年始を海外で過ごしていると、この記事の深部を感じる事が出来る。日本で販売が芳しくない車が海外で闊歩しているし、食品や化粧品も然りである。東京都内のアパートやシェアハウスには、日本人だけでなく一定の外国人も入居している。そのようにしないと賃貸経営上、成り立たなくなりつつあると感じている。京都市内での民泊は、特徴的な施設である為に、季節変動はあるものの多くの国々から顧客が利用して下さる。日本の40代以下と職場での会議で感じるのは、脳が「制限思考」というか「予算内」志向が強く非常に内向きだ。生い立ちからの日本経済の衰退という背景から「切り詰めないと」「コスパが一番」「人から外れるのが嫌」という意識でおよそ「自分自身の判断基準」というか、「何が自分の心を揺さぶるか」他人や会社での評価はともかく「何が自分にとっての幸せか」の感性が欠落というか、持っていてもミニチュア化しているのである。相対的に海外で成長ないし進化が著しい国や地域では、日本のバブル期とまではいかないが「自分自身の幸せ」に貪欲であり且つ制限や遠慮が無い。今後益々グローバリゼーションが進むと日本の40代以下は太刀打ち出来ないだろう。例えば非常に利便性が高く良質の不動産は、ことごとく海外の資本やオーナーに占有され、「日本の伝統的な奥ゆかしさ」文化さえも資本上のパトロンは海外資本に支えられないと意地継承が困難となり、アニメも楽曲もいつのまにかMade in Japanでなく他の国がオリジナルだよ!と主張され著作権、版権も身売りされるだろう。欧州の友人に「とても有名で高品質のブランド文具雑貨」として見せてもらったのが、某日本のブランドの完全なパクリであった。しかも「これ日本がオリジナルだよ」と言ったら怪訝そうな顔をされてしまった。つまり、既にそういう時代に完全に突入しているのだ。

 

60歳以上の給料穴埋め廃止へ 企業の自力対応促す、政府方針

12/7(土) 6:00配信

共同通信

 現役時代に比べて賃金が大幅に下がった60~64歳の高齢者に穴埋めとして支給する「高年齢雇用継続給付」を政府が段階的に廃止する方針であることが6日、分かった。現在の給付水準を2025年度に60歳になる人から半減させ、30年度以降60歳になる人から廃止する。主に現在54歳の人から半減が始まる計算になる。65歳までの継続雇用が25年度から完全義務化されるため、企業が自力で対応し賃金水準を確保すべきだと判断した。

 働き方改革で非正規労働者と正社員の不合理な待遇格差を認めない「同一労働同一賃金」が20年度から順次始まることもあり、企業は人件費増への対応を迫られる

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つまり、1971年生まれ以降は助けないよ!っていう死刑宣告だ。

既にそれより10年くらい早く生まれた世代から既に「切り捨て」政策なので65歳からしか年金受給出来ない。

という事は、如何に高学歴で苦労して大企業に入社しようが、65歳いや70なり75歳まで納税サラリーマン奴隷を続けよ

という宣告であり、少子高齢化が進行しているので労働環境は老化と共に悪化し且つ介護世代急増への負担も急増する。

真面目に働いても重税を課され、年金はじめ社会保障は「雀の涙」「焼け石に水」程度に薄まり、年取ってどんなに体がきつくとも

どんなにモチベーションが保てない面白くもない仕事でも延々と続けなければならない人ばかりのギスギスした日本社会しかない。

高齢者に対して自分たちが受けれない経済的負担を快く思えない人たちが間違いなく増えて、老人に対して「早く死ね」ぐらいの

意識になるだろう。企業も人件費負担が増えるし国内マーケットは縮小する一方なので今後、昇給や昇進に対して極めて厳しくなり

「やりがい」なり「モチベーション」を維持・向上できるような職場は、絶滅していくだろう。同時にグローバルでの競争も激化するので

日本式なウエットな「終身雇用」方式は消滅し、欧米型のパサパサしたTentative(その場限り)的な雇用が主流になるだろう。

そう考えると仕事はプロジェクト型となり、組織はピラミッド型である必要性は乏しくなる。政府・行政は逃げる。税金だけ追ってくる。

いくら東京オリンピックだの、リニアモーターカーだの、大阪万博だのカンフルを間歇的に打ち込んでも「少子高齢化」である限り

経済も生活も停滞、縮小せざるを得ない。もう高学歴ー大企業エリートで生存する一本道は消えた。自力で進化する時代へ突入だ。

もうホワイトカラーだのブルーカラーだのは、死語だ。大企業に勤める者さえも若いうちは頭だけでなく肉体労働もやらなければいけない。

逆に若いうちに肉体労働で得られる価値を高める事だ。頭も使い身体も使い全力全霊、持てる全能力を駆使して生き残る事だ。

「サラリーマン大家」でうまくやっていく4つの意外な法則 

 

昔は植木等さんが歌って踊った、「いちどやったらやめられない」ほどいい職業がサラリーマンだった。

 

だが、最近はそうでもない。

会社同士の合併など当たり前、社内の昇格にも試験があり、上司にゴマをするだけではなかなか思うような出世もなく、プレッシャーばかりでさびしい人生を送るサラリーマンがなんと多いことか。  

 

そんな熾烈な出世競争に明け暮れる会社の中で、お気づきにならないだろうか。

ひとり、ひたすらマイペースに日々を過ごしているおじさんを。

「そこそこ」の会社生活を送るマイペースおじさん会社には定時にちゃんと出社する。

そのかわりあまり残業もせずに5時をすぎると、 「みなさん、おつかれさまでした」と、さっさと帰ってしまう。滅多なことでは飲みにもでかけない。

 

  当然のことだが、会社内ではあまり出世はしない。

でも何か失敗をしでかしているわけでもないので、降格などのお咎めを受けることもない。

ましてやクビにもならない。

こうして「そこそこ」の会社生活を過ごしているおじさんが、実は多くの会社に棲息している。給料でワンルームマンションをコツコツ購入このような平凡なサラリーマンに見える人の中に、「サラリーマン大家さん」がいる。

この種族の人たちは、世間が思うところの「不動産屋」のイメージからは程遠い。

 

  まず、人とはあまり深く交わらない。人と接するとお金がかかるからだ。

もちろん飲みになど行くとさらにお金がかかるので、会社の行事だけにして、いただける給料でコツコツ不動産を買っているのだ。 

 

 買うのはたいてい賃貸マンション。

普通のサラリーマンの給与の範囲ならワンルームマンションが一般的だ。 

 

 もちろん、最初からワンルームを全額賄うだけの貯金はないので、頭金程度にしてあとはローンを組む。

ローンの金利部分は一定限度を所得から控除できるので、毎年ちゃんと確定申告をして、所得税の還付を受けている。  

 

サラリーマンは年末調整を受けて、所得の申告をしないで済ませるのが普通だ。

しかし、「しないで済む」というのは関心がなくなるのと同義で、普通のサラリーマンはただ唯々諾々と税金を納めている。

 

これに対して、サラリーマン大家さんは確定申告をし、部屋の維持にかかった費用であるローン金利などを所得から差し引いて、手取りの収入を増やしている。

 

コスパの悪い出世競争からは早々に離脱 一生懸命働いて、出世競争に勝ち抜いて地位と名誉、そして高額の報酬を、と頑張るサラリーマンは多いのだが、最後まで出世を貫ける幸せな人はごくわずか。

その他の多くのサラリーマンが、結局は出世競争という舞台での敗者となってしまう。

 

  多少人よりも早く部長に昇進したとしても、同期であまり出世しない人との年収の差なんて、日本の多くの会社ではほとんどないのが実情だ。 

 

 出世などという自分の実力に対する「思い込み」とかなりの「運の良さ」に人生をかけてぼろぼろになるよりも「実質的」に生きよう、というのがサラリーマン大家さんの考え方だ。 

 

 もうおわかりだろう。出世を重視しないのなら、遅くまで働く動機もないし、そりの合わない上司にお世辞を言わないでも済む。ましてや毎晩、居酒屋で時間を費やす必要もない。気楽に暮らして、しっかり蓄財。

これほど合理的な生き方はない

 

十数軒の賃貸マンションを所有するNさんの自宅は…… 

 

ではサラリーマン大家さんになるには、具体的にどのようにしたらよいのだろうか。 

 

 サラリーマン大家さんの鑑のような、私の知人で関西出身のNさんを紹介しよう。 

 

(1)自分の家にお金をかけない  Nさんはこう考える。

ただでさえ、つましいサラリーマンの給与。しかも出世であくせくしない分だけ、同僚とは同じか少し下回るくらいの額だ。大切にしよう。

一番の敵は住宅ローンだ。自分の住んでいる家からは、家賃収入はない。

それに家族のために大きな家を買ったところで、子供が独立すれば、残された夫婦には広すぎるだろう。多少狭くても子供なんてすぐいなくなるのだ――。 

 

 サラリーマン大家さんになるには、まずは定年まで、あるいは貰えるはずの退職金をアテにしてまで返済し続ける住宅ローンの呪縛から解放されることだ。

そこで浮いたお金を投資に回そう。 

 

 Nさんは、大学生を筆頭に3人のお子さんを持つ5人家族で、自宅は約17坪(56平方メートル)の古いマンションだ。いっぽうで彼の持つ賃貸マンションは十数軒にのぼる。

 

(2)会社で金を使わない  

 

彼は出世を目指していないので、会社のためにお金を使う必要がない。

 

同僚や上司との飲食は周りが奢ってくれる場合を除いてなるべく行かない。

どうしても行かなければならないときはせめて割り勘だ。へたな見栄を張る必要はない。

相手だって、 「このおっさん、出世しないよね」  とわかっているので、奢られなくてもたいして気にしない。

 

二次会なんてもってのほかだ。飲み会では熱燗2本まで、ビールは絶対頼まない 

 

Nさんは、たまに一緒にご飯を食べる機会があっても、当然奢ってくれたりはしない。

 

酒を飲むときはきっちり熱燗2本と決めている。しかも一番安い銘柄しか頼まない。

 

私がビールを注文すると 「もったいない、ビールなんてアルコール度数が低くて不経済やねん。なんでそないなもの飲むのん」  と叱られる。おつまみはいつも冷奴にちくわ2本。

それ以上頼もうとすると、ちょっと不機嫌になり 「そんなにいっぱい頼むから太るんだよ。あんたが頼んだ分は自分で払ってね」 

 と必ず言い添える。ちなみにNさんは本当にスリムだ。

 

趣味に金をかけるのも、もちろんNG 

 

(3)のめりこむような趣味を持たない

 

 会社人生に興味を持たないことを誓っても、ほかに金のかかる趣味をもっては何にもならない。

 

ゴルフなんていう、“何の生産性もない趣味”はやめたほうがよい。高価な道具、行き帰りの交通費、以前より安くなったとはいえ、ばか高いプレー代。

しかもスコアが悪かったりすると気分まで悪くなる。精神衛生上もよくない。 

 

 なるべくお金をかけずに気分転換ができるという意味では、ジョギングなどは良い、とNさんは言う。

身ひとつとシューズとウェアがあれば、ほかにお金はかからない。同時に痩せて健康になる。  ただ、この趣味も「のめりこんで」しまうとやっかいだ。

ジョギングに飽き足らず、ホノルルマラソンを筆頭にあちらこちらのマラソン大会に遠征する、ランニングクラブに入って仲間と付き合い酒を飲む、こうなるとやはりお金がかかってしまう  

 

Nさんのもうひとつの趣味は読書だ。でも彼は決して単行本を買ったりはしない。

 

はやりの経済本などは会社人間ではないので必要がない。名作文学を図書館で借りるのだ。

人から借りることもある。  

 

ちなみに彼は人の話を聞くのがとても上手だ。話を聞くのもタダだからだ見栄を張らない“等身大”の生き方 

 

(4)生活の水準をかえない  

少しお金が手に入ると人間、気が大きくなる。

 

江戸っ子は「宵越しの銭は持たない」などといばったそうだが、サラリーマン大家さんはその多くがきわめて質素な生活をしている。 

 Nさんはまず、服装には全く気を遣わない。会社で気を張る必要はないので、スーツはロードサイド店の「2着で19,800円」といった品物ですませる。

目立たない普通のおじさんであればよいのだ。  

 

外食は極力しない。家で食べるのが一番安いからだ。

 

自給自足の家庭菜園はかえってお金がかかる。それよりも会社を早めに出て、閉店間際のスーパーで安売りの魚や野菜を買うほうが賢明だ。Nさんは食べ物にもこだわりが一切ない。 

 

 旅行もよくない。仕事はヒマなので、有給休暇は存分に使えるが、旅行はお金をたっぷり使ってしまう危険がある。 

 どうしてもどこかに行きたいなら近隣を散策する。歩くのは走るのと同様にタダだ。健康にもよい。渋滞の高速道路で排気ガスを撒き散らしたり、無駄な時間をすごしながら金をばらまくよりも有意義で、夫婦の会話もはずむはずだ。 

 

 子供の教育も見栄を張る必要はない。公立の学校を十分に活用しよう。

幸い今は少子化で大学は全入の時代。子供に投資するお金は効果が明らかに見込める場合は別として、本当に必要な範囲にとどめればよい――。

 

あなたはNさんのように生きられるか? 

 

このようにして、まずはサラリーマン大家さんになるための心の準備をしよう。なりたいものになるためには、やっている人のマネをすることだ。野球でもサッカーでもうまくなる人はみんな憧れの人のマネをして成功する。 

 

 サラリーマンはどうしても1日のうち一定の時間、たとえば9時から5時までの間は、会社に身柄を拘束される。サラリーマン大家になろうというのに、この時間を無為に過ごすことはもったいないと思うかもしれない。 

 

 しかし、この時間はちっとももったいなくない。なぜなら、毎月確実に給料が口座に入ってくるからだ。  

 

自営業や会社経営者なら痛感するところだが、毎月定額のお金が黙っていても入ってくるという商売は世の中なかなかないものだ。 

 

 毎月確実に入ってくる給料を軍資金に不動産投資を続ければ「サラリーマン大家さん」は結構うまくいく。

Nさんはそれを地で行った人だ。一方で、不動産投資で大儲けした人が数年後に自己破産……というのもよく聞く話だ。

その違いは、Nさんのように生きられるかどうかにある。

サラリーマン大家さんを夢見る方は、その点をよーく考えてほしい。 

 

牧野 知弘

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職場で威張る偉そうにする昭和化石のオッさん管理職は、既に絶滅危惧種だが

早々に絶滅してもらって構わない。

 

今や国や政府も信用できないから、若い人ほど

こうした中長期のライフプランを考えないといけない。

 

時間や労力、健康なども考慮した総合的なパフォーマンスを考えないと

とんでもない人生の時間とか心身の健康も浪費する羽目になる。

 

それこそデッドorアライブの博打で出世の為の自己犠牲ばかりの

忖度と長時間労働漬けの奴隷となる優秀大学卒も多い。

今や報われない時代なのは明白だ。

 

そして迎える定年退社もしくは定年再雇用の終わり、という

いつかは終焉を必ず迎える会社員・サラリーマン人生。

 

自分には、何が残るんだろう?何を得たんだろう?

実利に乏しい自己満足だけであとは汲々と詫びしい年金頼りの余生

しかないとしたら、それは幸せな人生なんだろうか?

 

長い人生のほんの短い間に、まるで杜子春のような地位、肩書きという幻想で

偉そうにしたり、人を見下したり、反論や部下を論破している化石管理職は不要。

 

自分の頭で考え、自分自身で判断しリスクを背負い、コツコツと

威張り散らさず、謙虚にフツーに生きる事の尊さ、潔さこそ大事なのだ。

 

 

 

 

生きている限り、すべての人に死が訪れる。にもかかわらず、命の期限を知ったとき、なぜ人は後悔するのだろうか。

要点
(1)「死ぬ瞬間の5つの後悔」は、「自分に正直な人生を生きればよかった」「働きすぎなければよかった」「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」「友人と連絡を取り続ければよかった」「幸せをあきらめなければよかった」である。
(2)もしも死の間際になって、自分の人生を後悔したとしても、ありのままの自分を受け入れ、許すことで、心の平安を手に入れられる。
(3)後悔しない人生を歩くためには、自分の心に正直に生き、すべての幸福に感謝することが大事である。

「自分に正直に生きてちょうだい。他人にどう思われるかなんて気にしないで

最も多い後悔は、「自分に正直な人生を生きればよかった」というものである。

そして、自分に正直でいるためには勇気が必要なのである。

長い間、自分に合わない環境に身を置くと、そこに染まってしまい、本当の幸せと満足感を知る機会を失ってしまう。

自分が向かっていきたい方向に合った環境に身を置くことが大切だ。

「働き過ぎたから、今、こうして孤独に死んでいこうとしている。引退してからずっと一人だった。

そんな思いをする必要はなかったのに」。地位や物質的な成功で自分の価値をはかることに全く意味がない。

課長とか部長とか本部長だか役員だか、そんな肩書は「社畜の用務員代表」と宣伝するだけの鎖に過ぎない。

まして地位や肩書で権威を振りかざし偉そうな物言いをする人、そうした肩書にこびへつらう人、全て愚か者に過ぎない。

「ただ、幸せになってほしい、どんな親も自分の子どもにはそう願うだろう。

あんなに働くのをやめて、シンプルな暮らしをしてほしい」。

今のうちに自分の人生について改めて考えてみることが大事になってくる。間違ったやり方で幸せを追い求め、手遅れにならないためにも、自分の心のままに生きる強さを持つべきだ。そうすれば、他人にも自分にも優しくなれるし、人生を変えるための力を見出せる。
 人生はあっという間に過ぎていく。正しい人生を歩み、人生を目一杯生きるには勇気が必要だ。

自分に与えられたすべての幸運に感謝することが、残された時間を大切に生きることにつながる。

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サラリーマン大家になって、つくづく感じるのは、この文章の正しさだ。

 

人生を真に自分自身のものとしていくには、他人や環境に左右されない勇気が欠かせない。

これまでは、一生懸命に学校で教えられたものだけを詰め込んで高学歴を得て

世間一般に言われるいい会社に就職してエリート街道を家族や自分をも顧みず

滅私奉公まっしぐらで、定年になったら即死するか、定年後も再雇用という社畜延命という生き方が尊いとされた。

バカじゃないか、と正直思う。いったい全体、何が面白いのだろう。そんなつまらない人生は無駄だ。

 

課長だ、部長だ、役員だ、って肩書の鎖がどんどん重くなるだけ。命を削って忖度して昇進してもサラリーマンなんぞ

大した金は作れないし、残せないのだ。何故なら源泉徴収で節税もへったくれもなく根こそぎ大部分を納税しなければならず

社会的な要求は、加速的に増えるだけで自分自身は想像以上に歳をとり、若い時ほどの事は出来なくなる。

 

会社で偉そうに声を張り上げるバカ管理職は、単に自分自身の人生に欺瞞を続ける勇気の無いクズが大半だろう。

「そんなに、偉そうに説教するぐらいなら自分で独立してビジネスで大成功した方がいいんじゃないすか?」

バカ管理職に説教される人は、心の底でそう思っておいて間違いない。どの道、クズ野郎のうるさい雑音に過ぎない。

あなたは、あなたの心から納得できる人生、あなたの道を勇気をもって創っていってほしい。