ヒムロック卒業宣言記念日に、倉賀野神社訪問。 | ヨッシーのブログ

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ロッテ、ヒムロック、奥華子さんファンである独身不良アラフィフ男の日々の出来事を綴る、しょうもない日記です。

今からちょうど10年前、2014年7月13日日曜日、俺が敬愛するロックシンガーであるヒムロックこと氷室京介さんが、山口県周南市にある周南市文化会館で行われていたご自身のライブ中に、電撃的に、



「氷室京介を卒業する」



と宣言され、そのニュースが瞬く間にネット上に流れました。当日の夜9時前にそのニュースを目にした俺は、ショック過ぎてその日は夜遅くまで寝つけませんでした。


ちょうどその日は、その年からファンになった華ちゃんこと奥華子さんが、ヒムロックの故郷である群馬県高崎市にある高崎市文化会館でライブを行っていました。お二人共俺が心底惚れ込んだ歌手。これから俺が追いかけるべき歌手は、ヒムロックから華ちゃんへと劇的に変わった瞬間でもありました。



あれから10年、仕事休みの土曜日だった今日、ヒムロックの故郷、群馬県高崎市倉賀野町にある倉賀野神社と倉賀野中学校に行って来ました。



倉賀野神社







倉賀野中学校





倉賀野神社の目の前に、倉賀野中学校があります。


倉賀野中学校は、ヒムロックの母校。そして、今年の4月28日に亡くなられた、俺が敬愛するキリスト者星野富弘さんが、群馬大学教育学部を卒業後に体育教師として最初に赴任した中学校でもあります。


星野富弘さんが倉賀野中学校に赴任して約2ヶ月が過ぎた1970年6月17日、部活動で器械体操の指導中に、誤って頭から転落し、頚椎を損傷。手足の自由を失いました。その後、約9年間に渡る長い入院生活中に、キリスト教の洗礼を受け、また、口にペンを加えて詩と花の絵を描く詩画作家となりました。



俺は、星野富弘さんの詩画に大きな影響を受けた一人です。



この倉賀野神社と倉賀野中学校は、俺にとって、とても大切な場所です。



倉賀野神社は、俺にとって、パワースポットでもあります。この神社を訪問した後に行われた競馬の函館2歳S、当たりました。






倉賀野神社には、何かがありますね。俺に福をもたらす何かが。