こんにちは。
先日、Twitterで、(すみません引用はないです)小学校の算数をすべて英語にする、という方針をアナウンスした学校があるようです。
ちょっと、それに関していろいろと思ったのでシェアしておきますね。
まず、「英語」自体への関心は高まっているので、悪いことではない、とは思いますね。少なからず、保護者は「英語」とか「語学力」というグローバルを匂わせるワードには敏感にはかなり敏感である、と思います。
ただ、算数全体の授業を英語化する、というのは少し違う気がしますね。小学校で習うレベルの英語を完全に超えなくては、おそらく英語化して授業で扱う、というのは絵に描いた餅、のような気がします。
僕的に、TOEFLをお勉強していて思うのは、小学校からではなくてもいいですが、たとえば、Isotopeっていうワード、日本語でいうと「同位体」なんですね。でも、このワード、結局、大学レベルになるとisotopeで習うんじゃないかな。結局、英→日で習っていた用語は、そのうち、英のままになることがあるのではないでしょうか。こういう、technical term,とかは割と英語のままでもよい、気はしますね。
英語化する、だの、英検だのを入試の一部として扱う云々、いろいろな改革が出ておりますが、果たして、なにを取り急いでいるのでしょうか。純ジャパであること、非英語圏であること、が英語ができないことや英語能力が乏しいことの免罪符には一切ならないんですね。
結局、言語は、「知る」か「知らないか」です。その裏には「勉強したのか」「勉強してないのか」がこの線引きをしていると思います。
香港なんかは幼稚園からガチガチな英語学習始まりますよね。でも、あれは、まず、大学が国内にものすごく少ないということ(地理的制約)、それと、少なくとも3言語話すことが当たり前の社会制度が確立されているから、みんな当たり前のように習得するんでしょう。まずは、子どもたちより、どんどん、突き進んできめていく、大人たちが結果を残してみては。なんてね。
