皆様、お久しぶりです。
今日は出産のご報告をブログでさせて頂きますね。

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4月2日(40週5日)3490グラム51センチの女の子を無事に出産しました。
実は3月の後半から体調を崩し、出産1週間前には病院に緊急搬送されるなどお産までに体調面で不安が残り、また通常分娩でのお産予定が分娩中に私の容態が悪くなり緊急帝王切開になった事など私の初産は自分が思っていたよりもかなり過酷で、また産後も帝王切開だったという事で思い通りに体が動かせず毎日痛みと格闘しています。



【お産の経過】



3月23日(月)
朝方おしるし(茶褐色)があり、「いよいよか!?」と興奮するもその夜から37℃後半の熱が出始める。


3月24日(火)
この日もおしるし(茶褐色)が続いて出たがお産の気配なく、また熱が下がらず38℃前後をウロウロ。


3月25日(水)
おしるしは赤に近いピンク色に。そしてこの日の朝起きた時には熱が39℃に達しており、旦那が慌てて病院に搬送してくれる。
原因はただの風邪だったのだけど物凄い咳が連日連夜続き、お腹の張りが尋常ではなかったが処置もそこそこに家で静養するしかないといわれ薬を処方され帰る。


3月26日(木)~28日(土)
熱も37℃前後の微熱に落ち着いてきたが相変わらず咳が凄い。おしるしもピンク色が続いているがお産の気配がないのでもう期待せずに風邪を治す事だけを考える。


そして、来たる
4月1日(水)
夜中午前1時、寝付けずソファでウトウトしていると生理に似たような感覚が?!
トイレで確認するとピンク色のおしるしに水が少し混じったものが出ていた。でもこの時は「またおしるしだな~」なんてナプキンを替え、ソファへ。
そして20分後にまた同じような感覚に襲われ、ナプキンを確認するもまた同じようなおしるしに近い物が出ていたくらいでまさか破水とは思いもよらず。
さすがにこの後に3回目の同じような感覚が来た時には量は少ないが破水だと思い、旦那を起こしとりあえず病院に向かう。


午前2時病院に着き、破水だと確認されると同時くらいに陣痛が始まりここから長いなが~い1日が始まりました。
午前2時から始まった陣痛ですが、なんとそこから午後19時に麻酔を打ってもらえるまで子宮口がなかなか開かず(麻酔は子宮口が3~4センチ開いていないと打ってもらえません)もがき苦しみました。陣痛が来るたびに痛過ぎて身震いが起き、「もしかしたら陣痛に気づかないかも?!」なんて思っていた自分がバカバカしく思えた時でもありました。(笑)


午後19時にやっとお産をする部屋に通され無事に麻酔を打って貰え、気持ち的に余裕が出ました。


しかしここから陣痛促進剤や子宮口を柔らかくする薬など様々な薬を投与されるが一向に子宮口が貝のように開かず、日付が変わろうとする午前0時頃に物凄い体の震えが始まりました。
当初この震えはきっとお産によるストレスだろうと思われ、2時間ほど様子を見る事になったのですが午前2時(破水より24時間経過)に熱を計ると39℃超えの発熱+身震いがまだ続き、ここでタイムアップ。助産師さん、ドクターや麻酔科医に説得され緊急帝王切開の運びとなりました。


まさか自分が帝王切開というお産を体験するとは思ってもよらず、もちろん帝王切開も立派なお産ですが心の準備が出来ず不安と悲しさや悔しさで涙が出ました。


でもここは母子の命優先、ウダウダ言ってられませんでした。すぐに帝王切開用の部屋に移動になり、10名ほどのスタッフがいる中手早く手術スタート。


手術時間は全てで30分ほどだったでしょうか。
あっという間にお腹から娘が取り出され、カンガルーケアは出来ませんでしたが血だらけの我が子に1番にビズをし、旦那が待つ処置室に連れて行かれました。


今でもこの時の事を思い出すと涙が溢れ出ます。


そして私も回復室へ向かったのですが、ここでの2時間が拷問のようでした。
まず私のブランケットの中に温風が出るホースを突っ込まれ、無理矢理熱を出してしまおうという荒治療を受け、なおかつ喉の乾きが半端なく砂漠で死ぬような思いを体験しました。


嘔吐するからという事で水が与えられなかったのですが、私は喉の乾きに怒り狂い、見張り番のドクターに執拗に「水をくれ~」と催促し、やっとこさガーゼに水を浸した物をGET。死ぬ前の馬鹿力かどうか分かりませんがあとでこのドクターに笑われました。


と4月2日は私たち家族にとって忘れられない1日となりました。


今は産後1週間以上経ちましたがまだ通常とおりに歩けず外出もままならず、傷口が痛むので抱っこもあまり出来ずと毎日の子育て以上に体の負担が大きく辛い毎日を過ごしていますが娘の事を考えるだけで幸せな気持ちで一杯です。


これから長いようで短い?子育てが待ち構えていますが、夫と、また家族と協力し娘の成長を温かく見守っていきたいと思っています。


産後なかなかブログの方も更新回数が減るとは思いますが(元々そんなに多くないですが、、)ママになった「今日もザイドロンが行く」もよろしくお願いします。
















先週、3回目の最終エコーが終わりました。

べべは至って標準サイズ(この時点で2060G)、
先生にも「スタンダード」と何回も言われていいのか悪いのか「スタンダード」が頭から離れません。



そんな私のスタンダード(笑)べべ、

妊娠した当初から家族や友人たちからは「絶対に男の子」だと太鼓判を押されており、私もそんな意見に洗脳されていたのか男の子と信じて止まなかったのですが、、



結果:エコーで見る限り女の子でしたリボン

俗にいう「木の葉」模様がお股に見え、先生も「女の子でしょう」と。

実際、旦那さんは男の子を熱望していた事もあり性別が分かった当初(20週あたりで分かりました)は嬉しいのかどうなのか多少複雑な気持ちが入り交じっていたみたいですが、

私としてはどちらでも健康に産まれてきてくれさえすれば嬉しいものです。

でも性別が分かってくると、デパートに行く脚が多くなりショッピング欲が爆発!

とくに女の子の洋服は可愛く見え、

またバリエーションもある事からあれもこれもとまだ出産もしていないのに買い物が暴走してしまいました(汗)



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さて、ここでフランスで妊娠した方が少しでも参考になるように私が妊娠当初疑問に思った事を覚え書きとして書きますね。

【疑問】 妊娠したらどのような形で病院にお世話になるのか?

フランスで出産した大半の友人たちは妊娠確定後(ジネコで)➡すぐに出産病院へと通ってました。

ですが私の場合妊娠した当初、(検査薬で陽性が出た後)

まず私は個人で経営しているジネコのドクターの所へ行きました。ここまでは友達の場合と一緒ですね。

そこでオフィシャルでは「ない」1番最初のエコーをしてもらいました。まだ7週、エコーで確認出来たべべはまさにピーナッツのような形をしており、命名「ピーナッツ」

でも7週でありながら心拍の確認も取れひと安心したのを覚えています。

だいたいの妊婦さんがここから出産する病院に検診&エコーに通う事になるのですが、私の場合は⬇

そこから33週の今までこのジネコに1ヵ月毎にある検診も計3回のエコーもお世話になっていました。

というのも私のジネコはエコーの機械も揃えてあり、わざわざエコー専門のクリニックに行かなくても済んだからです。

でも1ヵ月毎の検診とエコーの日はダブる事がなかった為、料金としては(とくにエコー)決してお安くはなかったです。(痛い~出費)

ですが個人のクリニックの利点である「安心感」が得られ、個人個人を良く診断してくれるので高くても大半は保険で返ってくる事もあり私はクリニックに通ってました。

そして臨月の月3月は、やっと?ついに出産する病院へ行く事になります。

出産する病院では麻酔科の先生との診察や実際に分娩する部屋などを見学する事になっています。

ア!ちなみに「母親学級」となるものはジネコの先生に紹介してもらった助産師さんのクリニックで私の場合、8回にわたる個人クラスを取る事になっています。

(1回につき55ユーロですがこれも全て保険で返ってくるので安心です。)

この母親学級なる物、受ければ受ける程出産へのカウントダウンが行われているのか~と実感が湧くとともにちょっぴり恐怖感が出てきました。

授業内容は様々ですが陣痛が始まったら何も食べてはいけないと言われ、
私は思わず「陣痛が始まったらご飯を食べて元気をつけたいと思っていたのですが、、」と質問したら爆笑されました(笑)

でも陣痛が始まった後に食べると気持ち悪くなり嘔吐してしまうという事でご飯(おにぎりにするつもりでした)は諦めました。

こんな初歩的な間違いを含め、ま~知らない事ばかりで今まで呑気に構えていたのですがいよいよ妊娠後期のラストスパートが始まった感じです。

まだまだ用意しなければいけない物もたくさんあり、

重い腰を上げて準備しないと!




PS:写真は3回目の3Dエコーですが鼻が横に大きなような見え方なのです、まさかアジア系なぶちゃ鼻になってしまわないか母は心配です。。


パリに帰ってきてビックリ! 

なんだか陽気が良い!というか夏に戻ったのかな?

という気候が続いてますが、私の場合クローゼットの衣替えをしてしまい

着る洋服がありません。トホホ、、

フランスで学んだ事のひとつに「衣替えを早々にしない」事は重々分かっているのですが、

日本人の癖といいますか

どうしても季節の変わり目に衣替えをしたくなっちゃうんですよね~(汗

みなさんは衣替えしますか~??




さて、毎年恒例となりつつある(といってまだ3年目)夏のバカンス

私たちは彼が職場の方たちに気を使い、お子さんがいらっしゃる方に7~8月のバカンス時期を譲る為

毎年9月初旬にバカンスをとっています。



今回の行き先は夢に夢見た

「イスラエル&ヨルダン」横断2週間旅を春先からず~っと計画していました~

なんと言っても私たちは遺跡マニア! 

くる日も来る日もガイドブック片手に計画を練ってそれは楽しみにしていました

あのインディアナジョーンズの名作を現地で再現したいと!



が!しか~し!!

突然のイスラエル国内の情勢悪化(なんてこった~)

毎日ニュースをチェックし、外務省からの情報などを集めていましたが

命より大事な物はないと行き先を泣く泣く変更、、



私たちより先に8月の上旬にフランスからイスラエルに飛んでいたイスラエル人に連絡し、

状況を確認したのですが、

「ん~ミサイルが飛ぶ時は警報が鳴るから防空壕?のような所に避難はするけど

基本大丈夫よ~」と。



、、、 

いや、大丈夫じゃないっしょ!と突っ込みを入れつつ

今回は中東を諦め向かった先は、



「ノルウェー&スウェーデン」2週間周遊








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平和~!

ノルウェーではフィヨルドを巡りあちこち出向いたり、

スウェーデンではトレッキングとオーロラを見るためにアビスコ(北極圏)まで行き、

「王様の散歩道」と呼ばれるハイキングコースを毎日6~8時間歩いたり、






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美味しい空気を吸い、雄大な大自然に囲まれてゆったりとした休日を過ごせたと思います




オーロラは3夜トライし、2勝1敗で満足な結果!!

それにさすが北極圏だけあって、

紅葉もだいぶ進んでいてかなりキレイでした!!満足!!!





ですが北欧(とくにノルウェー)は目が飛び出るほど物価が高く

ホリデーなのにランチや夕食のコストを考えなくてはいけないのが少々難でしたが

英語がどこでも通じ、

ゴミもなくキレイな街やレストランに気持ちよく旅が出来ました

またパリみたいに観光客でごったがえすという事もあまり(ほぼ)なく、

電車などの当日券も簡単に入手可能

レストランも予約なしでどこでも大丈夫など

利点もたくさんありました




そしてなんとも私の目を虜にしたのは北欧の赤ちゃん&子供達!

金髪&紺碧な青い目がなんとも可愛く(もちろん全員が全員同じ容姿ではありませんが)

街のあちらこちらにキッズモデル並みな子たちがわんさか~

私の幼少期なんて、、、

と少々グレて(比べて)しまいそうな位北欧のキッズ達は可愛かったな~♡ 

目の保養になりました♡♡




振り返ると2週間のバケーションはアッという間でしたが

連れて行ってくれた旦那さんに感謝し、

また通常の毎日を楽しく過ごしたいと思います~