「あーあ、びしょびしょだよ…」

学校帰り、自転車で帰っていると、最近はやり(?)のゲリラ豪雨に遭遇してしまった。近くの駅舎の中に避難はできたものの、レインコートは着ていなかったので一瞬でびしょ濡れになってしまった。半そでのセーラー服に紺のスカートという一般的な夏制服。リボンの色は濃いグリーン。靴下は学校指定の白いハイソックスだ。校則はけっこう厳しくって、靴下はきちんと伸ばさないといけないし、スカートの丈もちょっとでも短くしてしまうと指導の対象になってしまう。

 駆け込んだ駅舎は無人駅で、学校から最寄りの駅。時刻表を見てみると、ついさっき列車が発車したばかりで、あたりに人はいないようだった。夏が近づいているけれど、雨が降ってきたせいか気温は下がってきている気がした。濡れた半そでの制服のままだと少し寒くも感じる。私は同じくびしょ濡れになったカバンからタオルを取り出してショートボブの髪を拭いていく。次に、濡れた手足。白ソックスやローファーの中もびしょびしょなので、ちょっとお行儀は悪いかもしれないけれど、どちらとも脱いでおくことにした。パカパカとローファーを脱いで、足をイスの上にあげると、手を使って靴下をするする脱いでいく。手で触ってみると靴下は全体的にじっとりしていた。少しでも乾かないかなと思って、イスの上に並べて置いておくことにした。まだまだ雨はやみそうになくて、私は素足をグッと前に伸ばしたり、かかとだけローファーの中に入れたりして何をするでもなくただ待っていた。手持無沙汰になって、高校に入ってやっと買ってもらえたスマホを開いてみる。クラスのグループラインは通知がすごいことになっていて、私は早々に通知をオフにしている。ほかに同じ中学校で、一番仲のいい子からも来ていたので、返すことにする。

 まだなんとなく濡れている素足をローファーの上に置いて、足指をくねくねさせていると、傘をさして歩いてくる人影が見えた。制服を着ているから、同じ学校の生徒だろう。あの人だったらいいなと、私は淡い期待をさせてラインでの会話を続けていた。やがて傘を閉じて、中に入ってきた女子生徒。視線を下げているから足元しか見えないけれど、よく磨かれたローファーも、しっかり伸ばされた白いハイソックスも、私と同じように濡れてしまっているようだった。この雨の中歩いてきたのなら仕方ないだろう。学校で待っておけばよかったなと思う。

「こんにちは。隣、いいかしら?」

「ふえ?あ、はい…って、え!?」

まさか声をかけられるとは思わず、私は驚いて顔を上げて応えると、そこにいた人物にさらに驚いてしまった。

「せ、生徒会長…?」

「あら、私のこと知ってるの?うれしいわ」

「そ、それはもう!有名ですから!」

そこに立っていたのは、私の学校の生徒会長。学校のパンフレットに載っているし、入学式の時にみんなの前に立って堂々と歓迎の言葉を述べてくれた。長く伸ばした黒髪をポニーテールにし、校則をしっかり守った制服の着こなしをしていて、その仕草もかわいくてかっこよく見えたのだ。すっかり、私のあこがれの人だった。

「雨、すごいね。傘をさしていたのだけれど、すっかり濡れてしまったわ」

「わ、私もです!」

生徒会長の前でローファーを脱いでいたのが恥ずかしくなって、私は慌てて素足を突っ込んだ。まだ全然乾いていないローファーは、ひんやり、じとじとでとっても気持ち悪い…!

「…私も、脱いじゃおうかしら」

「…え?」

その言葉にびっくりして生徒会長の方を向くと、手を使ってローファーを右、左と脱ぐと、その上に靴下を履いた足をのせて、また手を使ってするすると白いハイソックスを脱いでいった。その仕草もきれいで、ついつい見とれてしまっていた。私の視線に気づいたのか、靴下を丸めて袋に入れた生徒会長は少し頬を赤くして、

「そ、そんなに見ないでよ、恥ずかしいわ」

「あ、ご、ごめんなさい!」

あわてて顔を正面に向ける。雨はさっきよりも強くなっているように感じる。早く止んでくれないかな。少しでも弱くなってくれればいいんだけど。いや、もっと生徒会長と一緒にいたいし、まだいいかも…。

 生徒会長は素足をローファーの上に置いて、本を読み始めた。すらっとして、真っ白な素足。とってもきれい。どんなケアをしてるのかな。一度はローファーを履いた私だったけれど、やっぱり濡れていて素足もムレムレになってしまうので、また脱いで生徒会長と同じように素足をその上に置いていた。会話などはないけれど、私にとっては至福のひと時だったように思う。

 「まもなく、1番線に列車が参ります…」

どれくらいそうしていただろう、急に駅舎内にアナウンスが響いた。本を読んでいた生徒会長は静かにそれを閉じると、素足をそのままローファーの中に入れて、手を使ってしっかりかかとまで履いていた。あのまじめでかわいくてかっこいい生徒会長が、素足のままローファーを履いている。その姿を見ているのは私だけ。そこはかとない優越感をなぜか感じていた。

「…あら、あなたは、乗らないの?」

「あ、はい、私、自転車で…」

「そうだったのね。気を付けて、帰ってね」

「あ、はい、ありがとうございます!」

列車の音が近づく中、学校の手提げかばんをもった生徒会長が振り向く。

「よかったら、名前、聞かせてもらってもいいかしら?」

「あ、は、はひ…、1年A組の、七海夕子です!」

急な問いかけにまたドキドキしてしまって、でも何とか自分の名前を伝えることができた。

「ゆーこちゃん、ね。また会いましょう」

「あ、は、はい…!」

生徒会長はそう言って、静かに列車に乗ってしまった。私はローファーをイスのところに置いたまま、裸足で生徒会長を見送っていることに気づいて、あわててまた席に戻った。いつしか雨は上がっていて、独特のじめじめッとした空気があたりを包んでいた。

「…かえろっかな」

私はカバンと、まだまだ濡れたままの靴下を丸めて入れたローファーを自転車の前かごに入れると、裸足のままでペダルをこぎ出した。濡れたローファーを履いて帰るのはやっぱり気持ち悪く思った。初めて裸足でこいでみたけれど、意外と痛くなくて、むしろ足の裏にいい刺激があって気持ちよかった。

『あの生徒会長とお近づきになれますように』

昨日の夜、きれいに見えた天の川に向かってそう願っていたのを私は思い出していた。

 

おわり