「今日の部活の後、体育館に来て」
唐突に来たそのラインに従って、俺は放課後、部活の練習が終わったその足で体育館へ向かった。ラインの差出人は俺の幼馴染の千原曜子。家が近くて、小学生から高校生の今までずっと同じ学校、一緒に登下校してきた間柄だ。たださすがに高校生にもなると一緒に登校する姿をからかわれることがあって、それもしなくなってきていた。
体育館に入ると、バレー部の練習はもう終わっているようで、ひっそりと静まり返っていた。2月という季節もあって、暖かい地方ではあるが空気はいつもよりひんやりしている。曜子はまだ来ていないらしく、俺は体育館入り口で彼女が来るのを待っていた。曜子は陸上部で、俺はサッカー部。お互い外競技で、さっきまで活動していたのをお互いに見ていたはずだ。
数分後、曜子は冬の制服姿に着替えて、息を弾ませながらやってきた。校則で、登下校は必ず制服着用、となっている。
「はあ、はあ、ごめんね、りっくん。ミーティングがながびいちゃって」
「いや、いいよ、スマホ見てただけだし」
俺はそう言って、内心とてもドキドキしているのを抑えながら、さっきのラインの画面を開いていたスマホをポケットに入れる。
「…なか、はいろっか?」
「お、おう…」
体育館はもちろん土足禁止。上履きで入るのも禁止で、部活用シューズか体育館シューズを履かなければならないことになっている。それか、いまの俺たちのように、靴を脱いでそのまま入るか、だ。
「…ちょっと床、つめたいね」
「そりゃ、靴下履いてないからだろ?」
「も、もう、いいじゃん!靴下すきくないし…」
曜子は昔から、靴下や靴といった、足に履くものが苦手だった。小さい頃は気が付けば靴を脱いで裸足で外を駆けまわっているような女の子だった。両親にかなりのびのびと育てられたらしく、小学生の頃は靴下を履いていることはほぼなかった。中学生になったらさすがに周りの目や校則の関係もあって、靴下を履くことが基本になっていったけれど、それでも気が付けば裸足になっていることがあった。高校生になって、さらに控えめになるかと思いきや、また元に戻りつつあるようで、校則で靴下については厳しくないせいで、素足のまま過ごすことが多くなっていった。2月というこの時期でも、曜子は素足でスニーカーを履いてきていた。もちろん学校内でもそうで、素足で上履きを履いて過ごしていた。といっても、上履きを履くのは教室移動の時くらいで、授業中はそれをほとんど脱いで過ごしている。
俺は彼女のそんなところが妙に気になってしまって、記憶に鮮明に残っている。決して嫌ではなく、むしろ大半の生徒が靴下を履いている中で素足の曜子がひときわかわいく見えていた。ペタペタ、という床と素足との剥離音を体育館に響かせながら、曜子は中へ歩いていく。俺はなにもわからないまま、それについていく。上はしっかりと冬の制服、シャツにセーター、ブレザーにネクタイを付けているのに、下はひざ上の丈のスカートに、あとは素足。このアンバランスさもとてもいい。
「ちょっとまってて!」
体育館の端まで来たとき、曜子は俺をそこで待たせて、体育館倉庫の方へ走っていった。扉を開け、裸足のまま中へ入っていく。でてきた彼女の手にはバスケットボールがひとつ。
「りっくんって、バスケ、できる?」
「バスケ…あんまりかな」
「ウチも。だから、さ」
そういって曜子は両手でバスケットボールを持ったまま上づかいになって、
「いまからフリースローして、りっくんが勝ったらいいものあげる、ね」
「いいもの?」
「うん」
「…俺が、負けたら?」
「…ウチのお願いごと、ひとつきいてもらう」
「わ、わかった…」
「じゃあ、ウチからね!」
そうして、唐突なフリースロー対決が始まった。普段はサッカーしかしていないので、スポーツ万能に思われがちだがバスケはほかの男子とそんなに変わりはない。1回ずつ投げていくが、曜子と入る確率は互角だった。
「いま、2-2だね、じゃあつぎ、ウチ投げる」
そう言って、ペタペタとラインに足先を合わせる曜子。えいっと小さな掛け声とともに、素足をぴょんと床から浮かせ、ボールはゴールに吸い込まれるように入っていった。後でくくったポニテがゆさゆさ揺れる。
「やった、入った!」
「…つぎ、俺な」
そうしてはなった次のシュート、見事に外れてしまった。
「まじかよ…」
「やった、ウチのリードやね!」
そうしてその1点差は最後まで埋まらず、10回勝負は俺の負けが決まった。
「よっしゃ、ウチの勝ち―」
「おめでとー」
「わー、全然祝福されてる気がしないなあ。…じゃあ、ひとつ、お願いごと、聞いて」
「お、おう…」
そう言って、曜子はペタペタと体育館の壁際に置かれた荷物へ駆け寄る。ごそごそとその中から小さな紙袋をとりだした。
「…これ、受け取ってほしい」
「…え、それって」
「おねがい!」
「わ、わかった…」
目の前に差し出された、かすかにふるえる曜子の手から、その紙袋を受けとる。甘い香りが、2人の間にただよう。
「…じゃ、じゃあまた明日っ」
曜子はそれだけ言うと、頬を真っ赤に染めたまま、ペタペタと体育館内を走って、スニーカーをばたばたとつっかけて出ていった。
落ち着いているような俺だったけれど、内心はバックバクしていた。毎年あるこの日に曜子からもらったことは何度もあるけれど、こんなにドキドキした渡し方は初めてだ。明らかに、去年のようなブラック〇ンダーではない。重みが伝わるもの。俺はその場で中身を開ける。料理はあまり得意じゃないと自分で言う曜子が頑張って作ったことが痛いほどわかるそれを、一つつまむ。
「…うま」
思わず笑みがこぼれてしまった。
おわり