「あれ、サヤちゃん、タイツ…」
「ん、どうかした?」
「ほら、右足…」
「え…ウソ、穴空いてる!?」
3時間目と4時間目の間の休み時間、僕が次の準備をしながら、隣の席のサヤちゃんたちの会話を聞いていると、そんな内容が聞こえてきた。実はさっきから気づいてはいたのだけれど、女子に、タイツに穴が開いてるよ、とはなかなか言えずためらっていると、代わりに女子のクラスメイトが言ってくれた。
穴が開いているのは、右足の親指。ちょっとどころではなく、親指が完全にこんにちはしてしまっていた。なぜわかったかというと、1,2時間目ときちんと履いていた上履きを、季節外れに気温が上がってきたためか、3時間目の途中から脱ぎ脱ぎしていたからだ。上履きを完全に机の下に脱ぎ置いて、足を前に伸ばしていたせいで、親指の穴は完全に見えていた。休み時間になっても上履きを脱いだままだったので、机の近くに来たクラスメイトに発見されてしまった。上履きを履いたままだったら気づかれなかったかもしれないのに。サヤちゃんの黒タイツはそれほど薄くもなく、厚くもなく、程よくつま先やかかとが透けるくらいのもの。今日のファッションはそれにショートパンツと長袖のパーカーを合わせていた。パーカーの丈が長いせいで、下まで伸ばすと何も履いてないように見える、例のファッションである。
「けっこうがっつり破れちゃってるね…」
「今日初めて履いたやつだったのになあ。残念…」
サヤちゃんはイスの上に右足を上げて、破れた足先を手でぐにぐに。穴を無理やり閉じたり、親指を無理やり押し込んだりしてみるけれど、すぐに穴は復活してしまう。
「うーん、破れたタイツ履いてるの恥ずかしいなあ…そだ!」
サヤちゃんは何かひらめいたようで、机の中からはさみを取り出す。
「え、ちょっと、なにするの!」
「ここをこうして~」
サヤちゃんは大胆にも自分の席で、右足の黒タイツにはさみを入れて、足首部分から下を切り落としてしまった。ちょっとガタガタしているけれど、これでタイツがレギンスになった!右足だけだと明らかに不自然なので、左足も同様にはさみを入れる。
「…よし、これでOK!」
「わー、タイツがレギンスになった!」
「えへへ、これで恥ずかしくない!」
それまで黒タイツにつつまれていた素足が露わになる。相変わらず綺麗な素足。きれいに切りそろえられて、手入れされている爪。いまは両足をイスに載せて体育座りの格好をしているので、隣からよく見える。サヤちゃんはその格好のままぴょんと床に立つと、クラスメイトに見せている。
「どうかな?ヘン、じゃないかな?」
「うん、いいと思うよ!でも、寒くない?」
素足のまま床になっているサヤちゃん。季節はもうすっかり冬なので、さすがに他に素足の子はいない。
「うーん、朝は寒かったけど、お昼は暑いよね!」
先生が入ってきて、4時間目の授業が始まる。始まりのあいさつの時はしっかり上履きを履いていたサヤちゃん。けれど期待通り、授業が始まって早5分後、サヤちゃんは右足の足先で左足のかかとをぐいっと押し下げて、そのままぱかっと上履きを脱いでしまった。完全に脱いだ左足を使って、右足の上履きも同じように脱ぐと、あらわになった素足をグイッと机の前の方に伸ばす。いつにも増してアグレッシブな脱ぎ方だったな。昼になって、とても暖かくなってきた。僕も着ていたジャンパーを脱いで、イスの背にかけている。
5時間目は体育。冬恒例の長距離走だ。男子は1500m、女子は1000mをなるべく早く走らないといけない。走るのは好きだけれど、1500mはさすがにきつくてあんまり好きじゃない。しかも給食を食べたあとなので、グラウンドを1周したところで脇腹が痛くなってきた。我慢しながら走っていると、前方にサヤちゃんたちグループが目に入る。サヤちゃんは半そで半ズボンに、足先を切ったレギンスに、走りやすそうなスニーカーを履いていた。長袖を着ていてもいいんだけれど、暖かくなってきたので半分ほどの生徒は脱いでいた。サヤちゃんは自分のファッションに合わせて足元を合わせてきているけれど、体育がある日はしっかりと動きやすいスニーカーを履いていた。体育の日にサンダルとかで来ちゃったら大変だもんね。見たところ、足先を切ったタイツしか履いていなさそうだけれど、どうなんだろう、体育用に靴下を履いているのだろうか。スニーカーなので、脱いだ瞬間を見ないことにはわからない。
だんだんとサヤちゃんたちとの距離がつまり、数m後ろまで追いついた。このまま追い抜いてもいいんだけれど、なんだか気が引けて、そのまま後ろをついていく。女子の方が走る距離は短いので、もうすぐゴールするというとき、サヤちゃんがふらっとバランスを崩してしまった。あわてて駆け寄る女子たち、そして僕。
「さ、サヤちゃん!?どうしたの?」
「ご、ごめんね、ちょっと足が…」
「保健室、いこ!」
「せんせー!」
「どうしたの、月城さん!」
「すみません、ちょっと足が…、でも、大丈夫です!」
「ひねったのかな?ううん、念のため、保健室で見てもらいましょう。あ、保健委員さん、よろしくね」
「あ、は、はい!」
ちょうどそこにいた、保健委員の僕がサヤちゃんを連れていくことに。ほかの女子たちもついていこうとしたけれど、
「付き添いは保健委員さんだけ」
と先生が言うので、みんなは応援をしてくれて、僕が一緒に行くことに。保健室はグラウンドに面していて、直接入ることができる。
「ごめんね、たいちくん、心配させちゃって」
「ううん、でも、足、大丈夫?」
「うん、ちょっとひねっちゃったっぽいんだけど…」
保健室に着くと、僕とサヤちゃんはそれぞれ靴を脱いで上がる。僕は靴下、サヤちゃんは足先だけ素足だった。靴下を履いていなかった!サヤちゃんの足が心配な中、嬉しい瞬間。ちらっとサヤちゃんの足を見てみると、足首などは赤くなっていたりはしないけれど…。
「あれ、先生いないね…?」
「どこいったんだろう…。とりあえず、イスに座る?」
「うん、ありがとう」
サヤちゃんをそばにあったイスに座らせて、
「あし、みていい?」
「え?あ、う、うん、お願い…」
心配だったので、先に診ておくことにする。痛いのは右足のようで、保健室に来るまでも引きずって歩いていた。サヤちゃんをベッドに座らせて、僕は傍らのイスに座って、右足を僕の足に乗せてもらうようにする。ホカホカとした足が、僕のふとももに乗せられる。
「ごめんね、裸足で履いてたから汚いよね…」
顔を背けて、ほおを赤くするサヤちゃん。素足で靴を履いていたことをちょっと意識しているらしい。かわいい。
「え、いや、気にしないで」
じーっと見ていると、鼻をつんとつくにおい。汗で湿った足の裏には、走っているうちに靴の中に入ったのだろうか、細かな砂が付いていた。かわいいサヤちゃんからは想像できない。そのギャップにドキドキする。
「特にひねったりはしてなさそうだね…。あ、かかと、血が出てる」
「やっぱり?じんじんしてるんだよね」
「じゃあ、ここにバンソウコウ貼っておくね」
「うん、ありがとう!」
僕は保健室の棚から救急箱を取り出して、かかとにバンソウコウを貼った。
「他に痛いところはない?」
僕は太ももの上にあるサヤちゃんの足をつかんで、足首を回してみた。サヤちゃんは足をつかまれた瞬間、ぴくっとしたけれど、
「う、うん、大丈夫そうだよ!痛いとこなさそう…」
「そう?じゃあ大丈夫かな…」
ということで、僕はサヤちゃんの足をゆっくりと床に下した。ホカホカしていた素足も、空気に触れて少し冷えているようだった。
「ありがとう、たいちくん!痛くなくなったよ!」
そう言って、サヤちゃんはニッコリ笑顔を見せてくれた。足の治療を終えたサヤちゃんはまた素足のままスニーカーを履いてグラウンドへ。けれどもう授業は終わりに近く、先生の話を聞いたらすぐに教室に戻ることになった。スニーカーから上履きに履き替えるサヤちゃん。かかとのところにはバンソウコウがあるので、直接痛みは感じないことだろう。
放課後、僕とサヤちゃんは塾がある日なので、急ぎ足で靴箱へ向かう。素足で履いていた上履きを脱いで、その素足をそのままスニーカーに突っ込む。しっかりとかかとまで履いて、足先をトントン。パッと見ると黒いレギンスに、スニソでも履いているのかというファッションだけれど、実際は素足履き。それを知っているのは僕だけだ。
「じゃあね、たいちくん、また後で!」
「うん、またね」
校門のところで分かれる。駅で待ち合わせすることもあるけれど、基本的に塾までは別々で向かうことが多かった。夕方になっていつもの通り塾の自習室へ入ると、すでにサヤちゃんは自習を始めていた。相変わらず上履きは履かず、さっきまで身に着けていたレギンス(元・黒タイツ)も脱いで、ショートパンツに黒い二―ソックスを合わせていた。椅子の下で組まれた足先が、くねくねと動いている。難しい問題をがんばって解いているのだろうか。僕はサヤちゃんの隣に座って、だまってアイコンタクトをとる。さて、今日はどんな問題がくるのかな。
つづく