「あれ?たいちくんもここだったんだ!やっほー」

木曜日の放課後、いつも通っている学習塾に行くと、入り口のところでサヤちゃんと出会った。

「え、サヤちゃん、ここ通ってたっけ?」

びっくりして立ち止まる。学校から遠いから知り合いは全然いないと思っていた。

「ううん、今日は体験授業で来たんだ!お母さんが中学校行ってから勉強大変だから、どうかって言ってね」

「そうなんだ」

「たいちくんもそんな感じ?」

「ううん、僕は中学受験するつもりで通ってて」

「え、たいちくん、受験するの!」

すごく意外、という反応。僕の将来の夢は今のところ薬剤師。そのためには大学の薬学部に行かなければならない。かなり偏差値も高いので、小学生のうちから勉強は頑張らないとと思っていた。塾に行き出したのも、5年生の最後あたりから。おかげで、この塾の中では上位を争う成績をとれるようになった。

「うん、そんな感じ」

「そっかあ、受験、するんだ…」

サヤちゃんはびっくりしたような、それでいて少し残念そうな表情で考え込んでしまった。そして、

「決めた!私もこの塾入る!んで、私も受験する!」

「え、ほんと!?」

いまはもう10月になろうとしている。受験しようと決めるには遅いかもしれないけれど、サヤちゃんと一緒に学校外でも勉強できるならうれしい。それに、一緒に頑張って同じ中学に行けたらもっと嬉しい!

「うん!今日は体験授業だけど、帰ったらお母さんに頼んでみるね!」

そう言って、一緒に塾の中に入る。僕の担任の先生が出迎えてくれる。

「こんにちは、たいちくん。あら、その女の子は?」

「こんにちは、今日体験を申し込んでいた、月城沙耶です!」

そう自己紹介すると、サヤちゃんはぺこりとおじぎをした。

「ああ、月城さんね、今日はよろしくね!」

「はい、よろしくお願いします!」

持ち前のコミュ力で、サヤちゃんはあいさつを済ませると、

「じゃあこれ、今日の教材です。靴を履き替えてもらって、3階の6年生の教室に行ってね。たいちくん、一緒に行ってくれる?」

「はい、わかりました」

僕は履いていた靴を脱ぐと、靴箱に置いてあるスリッパに履き替えた。僕の塾は土足禁止のため、生徒はそれぞれ、塾に上履き代わりのスリッパなどを置いていたり、毎回学校から上履きを持ってきたりしていた。中にはそれが面倒なのか、靴下のままや夏場は裸足のまま過ごしている子もいた。たまに女子が裸足で授業を受けているのを見ると、ほぼ交流はないけれどそれを見ているだけでもドキドキしたものだ。この日のサヤちゃんは、学校にはスニーカーとスニソを履いてきていたけれど、いったん家に帰って履き替えてきたようで、素足にフラットシューズを履いてきていた。入り口の段差で靴を脱ぐと、サヤちゃんは裸足になって、ペタペタと歩き始める。

「あら、月城さん、裸足?ごめんね、生徒用の上履き、うちにはなくて」

「あ、いいんです!私、裸足が好きなので!」

素晴らしい宣言を隣で聞いてしまった。ほんとか社交辞令なのかわからないけれど、サヤちゃんは気にする様子もなく、ペタペタと裸足のままで階段を上っていく。土足禁止とはいえ、やはり塾なので、床には目立たないけれどゴミは落ちている。6年生の教室に着くと、座席表には僕の名前とサヤちゃんの名前も書いてあった。僕は一番後ろ、サヤちゃんはその2つ斜め前だった。それぞれ席に着くと、サヤちゃんは足を椅子の下で組んで、足の裏をこちらに向けてくれた。学校ほどではないけれど、消しゴムのクズや髪の毛などがサヤちゃんの綺麗な足の裏にくっついていた。

 塾の机は比較的新しいもので、学校のように足を置ける棒が付いていないタイプだった。サヤちゃんは足の置き場に迷っているようで、机の前に伸ばしたり、イスの下で組んだり、イスの足や机の足を指で挟んだり、せわしなく動かしていた。夜はけっこう寒くなる時期で、僕のクラスの中で裸足なのはサヤちゃんだけだった。今まで通ってきている生徒達はみんな、上履きやスリッパを履いている。それに気づいているのかいないのか、サヤちゃんは気にする様子もなく頑張ってテキストに黒板の内容をうつしていた。僕はそんなサヤちゃんをちらちら見ながら同じく授業に集中する。サヤちゃんとは長い付き合いなので、そちらを気にしつつ授業に集中することもできていた。

「はい、1時間目の授業を終わります、一旦休憩!」

先生が出ていくと、緊張感のある算数の授業はいったん終わり、短い休憩に入る。僕が次の時間の準備をしていると、サヤちゃんがとぼとぼとやってきて、

「うはあ、疲れた…。学校の授業より何倍も速いね。問題もいっぱいあるし…」

「そうだね、もう6年生の復習に入ってるから、いろんな問題を解いていくよ」

「え、もう復習なの!?まだ10月なのに?」

「うん、じゃないと間に合わないみたいだよ」

「そうなんだ…。私も、がんばるね!」

サヤちゃんは手をぐっとにぎって、また帰っていった。2時間目は国語、長い説明文を読んで問題に答えていくが、サヤちゃんは難しい問題があるのか、イスの下で組んだ足の指をさかんにぐねぐね、ぐねぐねと動かしていた。ほとんど席に座って過ごしているからか、学校ほど足の裏は汚れていない。

「…以上です、それでは、忘れ物のないように、帰ってください。解散!」

塾の授業は2時間で終了。でも終わったころにはすっかり真っ暗になっている。サヤちゃんは片付けを終えると僕の方に来てくれた。

「国語も難しかったけど、文章読むの面白いね!」

「そう?僕は国語が苦手で…」

「そうなんだ!私は算数かなあ」

一緒に1階へ降りると、担任の先生が待っていた。

「月城さん、お疲れ様!どうだった?」

「はい、難しかったけど…、楽しかったです!」

「それはよかった!またお母さんに電話するから、今日のこと、話しておいてね」

「はい!ありがとうございました!」

そう言ってぺこりとお辞儀をすると、靴箱にあったフラットシューズを取り出し、特に足の裏をはたくこともなく、素足をそのままつっこんだ。そんなに汚れていないと思っているらしい。

外に出ると、僕は近くの駅まで歩いていく。そこからは電車で2駅、駅からはまた歩いて家に着く。

「たいちくんは、電車?」

「うん、そうだよ。サヤちゃんは?」

「今日は初めてだから、駅の駐車場にお母さんが来てくれてるんだー。でもたいちくんが電車なら、私も今度からそうしようかな!」

というわけで、駅まで一緒に行くことになった。

「たいちくんは、どうしてあの塾に行ってるの?遠くない?」

「うん、遠いけど、同じ学校の子がいなくて集中できるから、かな」

「ふむふむ…、え、私、来ちゃってよかった?!」

「うん、サヤちゃんならぜんぜん!」

むしろ来てくれてとてもうれしかった。しかも裸足プレイが見られたし…!言えないけれど…!

「あー、よかった!あ、あれお母さんの車かも!」

そう言って、サヤちゃんはパタパタと靴を鳴らしてかけていく。

「バイバイ、たいちくん、また明日!」

「うん、ばいばい」

 

 翌週の火曜日、その日も塾だった。僕が入り口で靴を履き替えていると、隣をペタペタと裸足のまま過ぎ去る女の子が。

「や!お母さんに頼んで、私も、ここでがんばることにしたよ!」

そう言って、にっこりと笑顔をみせてくれる。サヤちゃんの前で、悪い成績は取れないな。今まで以上に頑張らないと…!

 

つづく