「あ、たいちくんおはよ!」

秋も深まって、みんな厚着をするようになった。校門の近くで声をかけられ、振り向いた先にいるサヤちゃんもこの日は長袖のワンピースにタイツ、ショートブーツを履いていた。

「おはよう。…昨日の、ほんとなの?」

「あ、あれ?うん、さすがに時間が無くなっちゃって…。ちょっとの間だけ、みんなには待ってもらうことにしたんだ」

昨日の、というのは、サヤちゃんが投稿した動画のことだ。いつもと違い、まじめな雰囲気で始まった動画。その冒頭で

「お知らせがあります。ごめんなさい、って言った方がいいのかな…。サヤの動画、更新をしばらくの間、お休みします!」

理由ははっきりと言っていなかったけれど、やっぱり「受験」を意識してのことだろう。たしかに勉強を頑張るには、動画を撮って編集して公開して、とやる余裕はなさそうだ。

「やっぱり、難しいよね…」

「ごめんね、たいちくん、いちばん楽しみにしてくれてたもんね」

サヤちゃんにそう思われていることがとてもうれしい。でもここはお互い我慢しなければならないところだ。

「ううん、そのかわり、勉強、がんばろう」

「ありがとう!うん、すっごくがんばるよ!」

昇降口に着くと、僕はスニーカーを脱いで上履きに履き替える。隣で座ってブーツを脱ぐサヤちゃん。ちょっと脱ぎにくそう。

「んしょ、あれ、ひっかかって脱げない…。んしょ」

ブーツから現れた足先。てっきりタイツだと思っていたけれど、不思議な形をしていた。足首まで真っ黒なタイツ。でもなぜか、足先とかかとだけ切り取られて素足が見えていた。

「それ、面白いね、タイツじゃないんだ?」

ついつい気になって尋ねてしまう。前はこんなことできなかったけれど、最近はすんなり話すことができるようになっている。

「あ、これ?えへへ、そうなんだ。ちょっと前に流行ったらしいんだけど、”トレンカ”っていうらしいよ!」

「そんなのがあるんだ…」

トレンカっていうのか、このとてもドキドキするレッグウェア。家に帰って調べてみよう。

「うん、お母さんがいろいろ見てて、これどう?って教えてくれたんだー。足が長く見えるらしいよ!どう?どう?」

そう言ってみるように促される。ブーツを脱いで、トレンカのまま立つサヤちゃん。そう言われると、長く見えるような…?

「うん、なんかそう見える気がする…!」

「ホント!やったあ」

純粋なサヤちゃんがとてもかわいい。その後、上履きをしっかりかかとまで履く。つま先とかかとが開いてるので、実質これは素足履きなんじゃないかと思いながら、階段を上るサヤちゃんを後ろから追いかける。

「サヤちゃん、おはよー」

「おはよ!昨日の動画、あれほんと?!」

「うん、そうなんだー」

教室に入ると今日もサヤちゃんは人気者で、すぐに周りには人だかりができる。席替えをしたものの、そんなに席は離れなかった。僕が真ん中あたりで、サヤちゃんはその隣の列の一番前だ。後ろからサヤちゃんの様子を見ることができる位置だった。席に着くと、やっぱり寒いせいか、サヤちゃんは夏のようにすぐに上履きを脱ぐことはなかった。最近は色々種類は違ったけれど靴下を履く日が続いていて、靴下の日はサヤちゃんのシュープレイも控えめになってしまう。寒くなってきたせいもあるのかもしれないけれど、一日を通して上履きを脱がない日もあった。今日も1時間目、2時間目の授業中、サヤちゃんはしっかりと上履きを履いたままだった。時折、足を椅子の下で組んだり前に伸ばしたりするけれど、上履きから素足が見えることはなかった。

 悶々としながら、3時間目の授業が始まる。太陽が昇って朝よりは教室が暖かくなった。そろそろかな、と思っていると、思った通り、サヤちゃんの足元に変化が。日光が当たって程よく暖かくなったのか、サヤちゃんは机の棒に乗せていた上履きの足を一度机の下に戻すと、両足のかかとを上履きからパカパカと浮かせた。そしてかかとの浮いたまま机の棒に上履きのかかと部分をひっかけて、ぐいと両足とも一気に脱ぐ。勢いがあったため、右足の上履きが床に落ちて、パコン、と音を立てた。先生が目の前で授業を続けているけれど、特に気にする様子はなかった。一番前なのに気にすることなくシュープレイするサヤちゃんに、久しぶりということもあってすごくドキドキしてしまった。

 そして給食と昼休みを挟んで掃除の時間。今月は僕とサヤちゃんとほかに4人で教室掃除の担当だった。月末だったため、今日は5時間目の半分も使った大掃除の日。いつもの床掃除に加えて、窓ふきや黒板まわり、教室後方の棚の掃除など、普段しないところもすることになっている。先生の指示で、男子は床のほうきとモップ掛け、女子は窓ふきをすることになった。上の方の窓まで拭くので、みんな机にのって拭いていく。サヤちゃんもそうで、先程までしっかり履いていた上履きを脱ぎ、よいしょとトレンカの足を窓ぎわの誰かの机に乗せた。みんな靴下を履いている中、素足が見えているのはサヤちゃんだけ。すらっとした黒いトレンカの足に包まれた足が、机の上に伸びている。しかしいつものようにそんなことは気にせず、他の女子と楽しそうに窓ふきをしていた。隣の窓に行くのに机をずらしていくのだが、サヤちゃんは素足のまま床に降りると、上履きを履きなおすことなく、そのまま机をずらしてまた乗っていた。最後に床をペタペタと歩き、上履きを履いていた。

「あ、窓拭き終わった?じゃあ最後にここもお願い!」

先生に言われて、サヤちゃんたちは教室後方に貼られた習字の作品をとる作業に移った。上の方は届かないので、ここも棚にのってとっていく。サヤちゃんはかかとを踏んで一時的に履いていた上履きを脱ぎ、よいしょと、高さのある棚に上る。上の方は棚の上に立って、下の方は棚に正座して、足の裏をこちらに向けながら作業していく。タイミングよく正座したときにサヤちゃんの近くに行くと、棚の上にホコリがたまっているのか、うっすらと素足の部分は灰色に汚れていた。

 5時間目の短い学級活動を終えて、6時間目はパソコンルームでの授業。絨毯の部屋なので、ここは上履きを脱いで入る。ごくごくごく自然にサヤちゃんに続いてパソコンルームへ。サヤちゃんは入り口のところで上履きを脱ぐと、素足をそのまま部屋に入る。

「あれ、サヤちゃんなあにそのタイツ!」

「あ、これ?トレンカっていうんだあ」

と、クラスメイトの女子にレクチャーしながら決められた席に座る。出席番号順に座る位置は決まっており、残念ながら僕の座る位置からは授業中のサヤちゃんの様子は見られなかった。

 

 放課後、一旦学校から家に帰ると、最近僕は授業が始まる1時間前には塾に行くようにしていた。サヤちゃんにそのことを話すと、私もそうする!と言って同じくらいの時間に自習室に来てくれた。今日も僕が自習室に入ると、サヤちゃんはすでに来ていて、テキストの問題を黙々と解いていた。自習室は自由席なので、ごくごく自然にサヤちゃんの隣に座る。サヤちゃんは学校に行った時のままの格好で、トレンカもそのままだった。けれどいつものように、上履きの類は履いておらず、トレンカの足を椅子の下で組んでいた。自習中は私語厳禁で、少しでも声を出すと入室禁止になってしまう。サヤちゃんとはアイコンタクトだけして、時間になるまで僕も宿題と追加問題を解いていった。自習中のサヤちゃんは、難しい問題を考えているのか足を盛んに動かしていた。椅子の下で組んでいる時は足の指をくねくね、少しすると足を前に伸ばして足の裏全体を床にぺたりとつける。また少しすると、足を引いて足の指で椅子の脚をはさんでみる。自分自身も問題を解きながら、そんなサヤちゃんの足プレイを眺めていた。

「はあー、宿題も難しいね」

「うん、入試問題だし、難しかった」

休憩時間、サヤちゃんと一緒に3階の教室へ移動する。寒くなってきて、さすがに素足で歩いているのはサヤちゃんだけのようだ。

「…サヤちゃん、足、冷たくない?」

ついつい気になって聞いてしまう。学校ではしっかり上履きを履いているサヤちゃんだったけれど、塾で上履きを履いている姿は今のところ一度も見たことはない。靴下の時も素足の時も、上履きを履かずにペタペタと歩いていた。

「うーん、さすがにちょっと冷たいかなー?」

「…上履きとか、履かないの?」

勢いに任せて、気になっていたことを聞いてみる。サヤちゃんは自然な感じで、

「うん、持ってきてもいいんだけどさ、なんかね、上履き履いてない方が授業に集中できるんだ」

と答えてくれた。

「え、そうなの?」

「なんかねー、問題解くときとか、足を動かして考えた方が頭が働く気がするの!だから、寒いけど、上履き履いてなくても何も言われないから、履いてないんだー」

まさかの理由。上履きを履いてない方が集中できるから裸足で過ごしていたなんて!ほんとに一緒の塾に通えてよかった。しかもこの塾が土足じゃなくてよかった!

「そうだったんだね」

「うん、学校でもそれができればいいんだけど、やっぱりちょっと寒いよね、あはは」

そんな話をしていると、予鈴が鳴って先生が入ってくる。僕たちはそれぞれの席に着く。授業前の小テストを終えて、2時間の授業が始まった。

 「はあー、疲れたねー」

あっという間の2時間授業が終わり、すっかり暗くなった外に出る。僕は学校にも履いていたスニーカー、サヤちゃんは、学校にはブーツで来ていたけれど、塾にはスポーツシューズで来ていた。塾の床を歩いていたトレンカの足を、そのまま靴に突っ込むと、一緒に駅まで歩いていく。

「あ、もうすぐ電車来るんじゃない?」

「ほんとだ、ちょっと急ごうか!」

次の電車が来るまであと少し、走れば間に合いそうなので、サヤちゃんと一緒に道を駆ける。

「…はあ、はあ、よかった、何とか間に合ったね!」

「うん、ぎりぎりだった」

発車のアナウンスが流れる中、僕たちは列車に駆け込んだ。あまり駆け込み乗車はよくないけれど、まだドアを閉めていなかったからセーフかな?

「はー、つかれたあ」

座席は対面のシートになっていて、まだそんなに遅い時間ではないけれど、乗客はまばらだった。僕とサヤちゃんは座席に並んで座る。塾の教材が入ったリュックサックはそれぞれひざに乗せる。サヤちゃんは席に座るとすぐに、足元をもぞもぞとさせて靴を脱ぐと、隣の僕から見てもわかるくらい、トレンカを履いた足を前にグイッと伸ばした。何も塗っていないけれどとてもきれいにされている足の爪が見える。足の指をグネグネと動かすサヤちゃん。ちょっとお行儀が悪い気もするけれど、かわいいから問題なし!僕がそれを見ているのに気付いているのかわからないけれど、サヤちゃんは

「えへへ、いっぱい走ったからちょっと暑くなっちゃった…」

ほおを赤くしてそうつぶやく。サヤちゃんは靴を脱いだ足を座席にあげて、ななめ座りの状態になった。さすがに足は僕と反対側の誰もいない方に置いている。別にこっち側にしてくれてもいいんだけれど…!

「あ、サヤちゃん、次降りる駅だよ」

僕たちの家の最寄り駅までは2駅なので、意外とすぐにつく。もっと長く乗っていたいけれど、そこは仕方ない。僕が声をかけると同時に、コテン、と僕の方に何かがあたった。同時に香る、女の子のいい香り。横を向くと、サヤちゃんの頭がすぐそこに。どうやら疲れと列車の心地よい振動で眠ってしまったらしい。気持ちのよさそうな寝息がすぐそこから聞こえてくる。さすがにドッキンコドッキンコしてしまって、体が固まってしまう。

「さ、サヤちゃん、おきておきて、おりるよ…!」

声をかけるも、けっこう深い眠りなのかなかなか目が覚めない。最後には体をゆさゆさして、列車が駅に着いたころにサヤちゃんは目を覚ましてくれた。

「…ふあ、ここ、どこ…?」

「駅、ついたよ!おりよう!」

「…あ、え、もうついたの!?」

眠気から半分ほど覚めたサヤちゃんは、まだ体が十分に起きていないのか、素足をそのまま床におろし、靴をそのままにドアの方へ急ぐ。

「ちょ、サヤちゃん、くつくつ!」

あわてて僕が椅子の下に置かれた靴を手に持って、一緒におりる。直後に列車の扉が閉まって、駅のホームから滑り出していった。

「ふわああああ…」

駅のホームに裸足のまま立って伸びをするサヤちゃん。すっかりリラックスしきっているみたい。

「はい、サヤちゃん、靴はいて」

小さい子の世話をするみたいに、僕はサヤちゃんの前に靴を差し出す。

「あ…!あはは、ごめんね、そのままおりちゃった…」

ちょっと恥ずかしそうに、受け取った靴を地面に置くと、素足をそのまま突っ込む。手を使ってかかとまでしっかり履きなおすと、

「…よし、じゃあいこっか!」

「うん」

二人並んで改札へ。並んでICカードをタッチすると、サヤちゃんが改札に引っかかった。

「あー、あははー、お金入ってなかったみたい…。チャージしてくるね!」

そう言って、改札内のチャージ機へパタパタと走っていった。

 

つづく