「こんにちは、サヤです!今日は最近人気のこちらを紹介したいと思います!」
日曜日の夜。明日から学校だなあ、やだなあと頭の片隅で思いつつ、何の気もなしにユーチューブの動画をいろいろ見ていると、サヤちゃんのチャンネルで動画が投稿されたという通知があった。さっそくそこへ飛ぶと、ついさっき投稿された動画があった。サヤちゃんの動画はすべてチェックしているので、新作があればすぐにわかる。今日の動画の中のサヤちゃんは、マニキュアのビンのようなものを持っていた。動画のタイトルは、
「サヤ、ペディキュアに挑戦!」
というもの。マニキュアはお母さんが付けてて知っているけれど、ペディキュアって何だろう・・・?と思っていると、次のカットではいきなりサヤちゃんの足が大写しになった。きれいな素足が画面いっぱいに広がってドキドキしてしまう。
「じゃーん、これ、今流行りのペディキュアです!今日はこれを塗っていきたいと思います!」
サヤちゃんはそう言うと、カメラを足に向けて、赤いペディキュアなるものを丁寧に足の爪に塗っていく。きれいに切り添えられた爪が、鮮やかな色に染められた。両足の爪を塗り終わるまでたっぷりと、サヤちゃんの足の指をたんのうした。
「はい、できました~。きれいにできたかな?みんなも是非、おしゃれしてみてください。それでは、また次回!」
そう言って、動画は終わった。今回もよかったなあ。僕はサヤちゃんの足が映った場面を一時停止しながら見ていると、いつの間にか日付をこえていることに気が付いた。いけないいけない。明日も朝は早いし、もう寝なきゃ。サヤちゃんはどんな格好で来るかな。せっかくならこのペディキュアがばっちり見えるように、また素足で来てくれないかなと期待しながら眠りについた。
翌日、少し遅めに目が覚めた僕は、わたわたと支度をして家を出る。学校に着くと、すでに登校ラッシュはひと段落していて、クラスの子たちはほとんど来ていた。
「ねえねえ、これ、どう思う?」
「すごくかわいいよ!ね、サヤちゃん!」
「うん、いいと思う!」
僕の席の隣、サヤちゃんたちイケイケな女子たちが集まってファッショントークをしていた。一人の女子が頭にのっけているものについて話していたらしい。それは確か、あれだ、「カチューシャ」だ。たぶん。窓のついた壁にもたれて立っていたサヤちゃん。秋が近づいてカラッとした風が窓から吹き込み、髪が揺れている。僕はついついいつもの感じでその足元に注目してしまう。そしてすぐに、ごくりとつばをのんだ。ブランド物の半そでTシャツに、7分丈のパンツ、そこから素足が伸びて、足先まで何も身に着けていなかった。赤く塗られたペディキュアがまぶしい。サヤちゃんは、上履きも履かない、完全な”裸足”で教室の床に立っていた。
「あ、たいちくんおはよー。今日はちょっと遅めだね!」
「おはよう。うん、ちょっと起きるのが遅くなっちゃって」
サヤちゃんの動画をじっくりたんのうしてたからだよ、とはいえないかな…。
「あははー、またスマホ見て夜更かししちゃったんでしょ?いけないなあ」
サヤちゃんは、にまにまっと笑いながら言う。特に裸足であることを恥ずかしがったりしている様子はなさそうだった。
「あ、チャイムなっちゃった!またあとでね!」
朝の会の開始のチャイムが鳴ると、先生が入っていてみんなそれぞれの席に着いた。サヤちゃんも、僕の隣に席に座る。足は座った途端に、机の前の棒に置かれていた。赤くなったつま先がもにもにと動いている。机の周りにもサヤちゃんの上履きらしいものはなく、謎は深まるばかりである。いつもなら、朝の段階ではまだきちんと上履きを履いているんだけれど。
そのまま1時間目の授業が始まる。国語の授業で、途中、物語の中の登場人物はどんな気持ちだったのだろうかという問題で隣、同士で話すことになった。順番的に僕たちは当たらないはずなので、リラックスして話そうと思う。
「ねえねえ、たいちくん、動画、見てくれた…?」
しかしサヤちゃんは問題について話すつもりもなく、昨日の動画のことが気になるらしかった。
「うん、もちろん。ペディキュアのやつだよね」
「そうそう!やったあ、えへへ、ちょっとオトナっぽかったでしょ?」
朝からずっと気になっていたことだったけれど、僕の方から言い出しにくくって、サヤちゃんの方から話してくれて助かった。
「うん、オトナのお姉さんみたいだった。…今日も、つけてきてるんだね」
そう言って、自然とサヤちゃんの足に目を向ける。体だけこちらを向いていたサヤちゃんは、僕の言葉で足先もこちらに向けてくれた。
「うん、すぐに落としちゃうのはもったいないなっておもって!何日間かつけとこうかなって!」
床から足を浮かせて、こちらに近づける。そうして、足の指をくねくね…。ドキドキしてくる。
「…そう言えば、上履きは、どうしたの?」
ここだ!と思って、朝からずっと気になっていたことを聞く。その質問をした瞬間、サヤちゃんは少し赤くなって、
「あ、上履きでしょ?えっとね…」
「はい、では今隣の人と話しあったことを発表してください!じゃあ、田中さん!」
サヤちゃんの答えを聞く前に、授業が再開してしまった。サヤちゃんはウインクしながら、また後でね!と口を動かして伝えてくれた。
休み時間、次の社会の準備をしていると、サヤちゃんが顔を近づけてきた。
「たいちくん、さっきのやつなんだけどね、」
「あ、う、うん」
「この前の金曜日ね、私、上履き家に持って帰って、それで忘れてきちゃったんだー」
「そうだったんだ」
「そうなのー。今日に限って、サンダルで来ちゃって靴下もないから裸足なんだー。ちょっときちゃないよねー」
そう言って自分の足に目を落とすサヤちゃん。すごくおしゃれなんだけれど、みんな上履きを履いて過ごす校内を、一人裸足で過ごしている。そう考えると、すごくドキドキする。
「でも、仕方ないよねー。一日くらい、裸足で頑張るよ!」
「すごいね、サヤちゃん。ケガには気をつけて」
「えへへ、ありがと!」
休み時間はすぐに終わって、社会の授業が始まった。サヤちゃんは裸足の足を椅子の下で組んだり、机の棒に乗せたり、足の指で棒を挟んでみたり、いつも以上に足を動かしていた。僕の集中もなかなか難しく、ついつい目で追ってしまう。そのままサヤちゃんの裸足に目を奪われつつ4時間目が始まる。挨拶をした後、授業が始まると、サヤちゃんは足をイスの上に乗せ、正座の姿勢になった。上履きを履いていない分、リラックスしているのだろう。少し体を後ろにして、その足の裏をちらっと見てみる。朝からずっと裸足で過ごしていたせいか、きれいだった足の裏は、足の指や、床についていた部分がホコリや砂で灰色に汚れていた。かわいいサヤちゃんの真っ黒な足の裏を目にして、ドキドキは最高潮だった。真後ろの席だったら思う存分見られたのになあとちょっと残念。
給食、昼休みが終わって掃除の時間。僕とサヤちゃんはほかのクラスメイト2人と一緒に廊下掃除の担当だった。ただ、今日はゴミ出しの日。ゴミ出しは廊下掃除の中から2人が行くことになっている。
「じゃんけんぽん!」
「じゃあ、サヤちゃんとたいちくんね!よろしく!」
というわけで、じゃんけんで勝った僕とサヤちゃんが行くことになった。ゴミ出し係は教室と担当している特別教室のゴミを集めて、校舎横のゴミ置き場まで持っていく。一見面倒そうだが、掃除をしなくていいのでそれはちょっと楽かもしれない。
「あ、でもサヤちゃん今日裸足だよね?あたし、代わりに行こうか?」
サヤちゃんの足元を見て、女子の一人が申し出る。けれど、
「ううん、いいよ!じゃんけんで決まったし、行ってくるよ!」
「そう?じゃあよろしく!」
「はーい!たいちくん、いこっ」
というわけで、教室のゴミ箱から3分の1ほどゴミがたまった袋を取り出し、裸足のサヤちゃんを先に行かせて、袋は僕が持って、担当している理科室と多目的室へ向かう。ペタペタと、みんなが上履きを履いて歩く廊下を、一人裸足のまま歩くサヤちゃん。歩くたびに浮いて見えるかかとは、真っ黒になっているように見える。理科室へ入ると、サヤちゃんはペタペタとゴミ箱へ歩み寄り、
「はい、たいちくん!」
そう言って僕にゴミ箱を差し出した。まだ掃除の途中なようで、教室の後方から、クラスメイトの女子が、
「あ、サヤちゃん!やっほー」
「やっほー!ゴミ持っていくね!」
「ありがとー!」
そんなあいさつを交わしていた。
多目的室は別校舎の2階にあって、渡り廊下を通っていく。コンクリートのたたきを裸足のままピョンピョンと歩き、別校舎の2階へ。掃除時間のためか、2階はひっそりしていた。土足禁止なので、多目的室の前で上履きを脱いでいると、サヤちゃんはもじもじしながら、
「ごめん、たいちくん、ここ行ってきてもらっていい?」
と申し訳なさそうに言う。
「いいけど、なんで?」
何も考えずに聞いてしまって、直後にハッと気づく。多目的室は絨毯が敷いてあって、みんな上履きを脱いで入る。サヤちゃんはもともと上履きを履いておらず、足の裏は真っ黒。それを気にしていたんだろう。サヤちゃんは、
「だって、ほら、ね?」
そう言って、足をまげて素足の裏を見せてくれた。僕の目に飛び込む、サヤちゃんの、そのかわいい容姿からは想像できないような真っ黒な足裏。それを男子に見せてくれるなんて。思ってもいない行動に、僕は急に心拍数が上がってしまった。ちょっと前かがみになってしまう。
「う、うん、行ってくるよ、まってて!」
顔を真っ赤にしているだろう僕の様子を見て、サヤちゃんは不思議そうに首をかしげながら、
「うん、よろしくね!」
わたわたしながら多目的室に入ると、心を落ち着かせながらゴミを回収する。外に出ると、サヤちゃんは窓にもたれて外を見ていた。右足の足先だけを床につけて、足の裏をばっちりこちらに向けながら。意識していないんだろうけれど、僕にとっては相当な衝撃だった。
「あ、ありがとう!じゃあゴミ出しにいこっか?…大丈夫?」
「う、うん、大丈夫、大丈夫」
そうはいっても、裸足のサヤちゃんを見るとドキドキはなかなか収まらず、先程までとは違い、サヤちゃんの前を歩くことにした。後から、ペタペタと裸足の独特の足音が聞こえてくる。校舎の端っこまで来ると、昇降口とは違う出入り口から外に出る。ゴミ捨ての時だけ使えて、靴の履き替えもこの時だけはしなくていいことになっていた。
「僕、行ってくるよ、そっちもちょうだい」
ゴミ袋は、多目的室で保管されていたものが増えて2つになっていた。いままでひとつづつ持っていたが、裸足のサヤちゃんを土足のゴミ置き場まで歩かせるのはちょっとしのびないので、ここは一人で行こうとした。けれど、
「いいよいいよ!重たいし、ちょっとだけだから!一緒にいこっ」
そう言って、外への段差をぴょんと降りると、砂利の地面を歩いてゴミ置き場へ行ってしまった。いきなりの行動に始め頭が追いつかなかったけれど、あわてて僕もついていく。担当に先生にゴミ袋を手渡し、また校舎へ戻る。砂や小石が気になったのか、軽く足の裏を手で払うサヤちゃん。でも何も気にしていないかのように、
「おつかれさまー。ちょうどいい時間じゃない?もどろっか!」
笑顔でそう言って、近くの階段をトントンと上がっていった。
5時間目は体育館での学年集会。教室に戻るとすぐに体育館へ移動するように言われてしまった。
「これなら、先に体育館行っててもよかったね」
こそこそっと耳元でささやくサヤちゃん。すぐに他の女子と合流すると、その子たちと一緒に行ってしまった。そのうちの一人はサヤちゃんに感化されたのか、素足で上履きを履いているようだった。
体育館に入ると、クラスごとに男女別で背の順で並ぶことになっている。僕とサヤちゃんは同じくらいの背の高さで、並ぶとほとんど隣同士になる。僕がいつもの大体の場所に行くと、サヤちゃんは前の子と話をしながら体育座りで待っていた。赤いペディキュアを塗った色白の足が、体育館のくすんだ木の床に浮かんでいた。列を整えるため一度みんな立ち上がって改めて座る。サヤちゃんはちょうど僕の一個斜め前で、体育座りをしていた。怖い学年主任の先生が話している間はさすがにみんな私語はせず、その後生徒指導の先生からの話、最近何かしらの賞を取った人の表彰に移る。もともと呼ばれていたのか、僕のクラスからも何人か、立って前の方に移動していった。サヤちゃんもだった。前に並んだ人たちの中で、やっぱり上履きも靴下も履いていないのはサヤちゃんだけ。うれしそうな表情でこちらを向いて立っているサヤちゃん。恥ずかしかったりしないのかな。みんなも、サヤちゃんが裸足なことになにもいわないし。こんなに気になっているのは僕だけなのかな…?
順番に表彰状を受け取って列に戻っていく。サヤちゃんの番が来て、英語検定5級の賞状を受け取ると、深々とお辞儀をして列に戻ってくる。元の位置に戻ると、サヤちゃんはほっとしたのか、体育座りではなく女の子座りをした。同時に、足の裏がこちらを向く。さっき見たときよりも、体育館への移動などでさらにゴミをくっつけてしまったのか、黒っぽくなった足の裏。僕は再びドキドキしてしまった。
月曜日なので、今日は5時間授業。帰りの会をして、一日が終わる。部活や習い事がある人は大変そうだけれど、僕は今日は何もない日だった。うれしいことに、月曜は塾も休みだ。そんな日は一刻も早く家に帰って宿題をやってゲームや動画視聴をするに限る。
「じゃね、ばいばい!」
確か月曜日はダンスをしているというサヤちゃんは、あまり時間がないのかランドセルをひょいと背負って、ペタペタと足音をさせながら教室を出ていった。僕もそのあとに続く。気づかれないようにやや速足でサヤちゃんを追うと、ちょうど靴箱からサンダルを取り出しているところだった。かかとのない、つっかけて履くタイプの、黒いスポーツサンダル。サヤちゃんにしてはちょっとやんちゃな印象だった。サヤちゃんは一度サンダルをそのまま履こうとして、思いとどまったかのように膝をまげて足の裏を見た。
「うわ、すご…」
ちょうど僕も昇降口に着いたところで、サヤちゃんのつぶやきがほかの子の喧騒に紛れて聞こえてきた。サヤちゃんは僕に気づくと、あわてて足を戻して、
「あ、たいちくんも、もう帰るんだ」
「うん、早く帰ってユーチューブみようかなって」
そう話しながら、僕は上履きをスニーカーに履き替える。サヤちゃんは足をもじもじさせながら、ちょっと頬を赤くして、
「そうなんだ…。ね、ねえ、たいちくん、なにかティッシュとか、拭くもの持ってたりする?」
「拭くもの?うーん…」
僕はドキドキさせながらランドセルをいったん下すと、外側のポケットを探る。確かここにポケットティッシュは入っていたはず。
「あ、あった、これでいい?」
ポケットティッシュを差し出すと、サヤちゃんはぱあっと表情を明るくして、
「ありがとう!たすかるよ!」
そう言ってその場でごしごしと足の裏をティッシュで拭いていった。濡れたウエットティッシュとかだったらもっと楽に汚れはとれたかもしれないけれど、乾いたティッシュなのであまり汚れは取れなかったみたい。けれど幾分か汚れは落ちていった。目の前で足の裏を拭くサヤちゃんをそのままにして帰るのも気が引けて、その様子を見ておきたいという気持ちもあって、両足の足裏お掃除をするサヤちゃんをその場で待っていた。
「うん、まあこのくらいかな!ありがとうね、たいちくん!」
そう言って、残りのティッシュを返してくれた。サヤちゃんはティッシュを丸めると近くのごみ箱に捨てて、裸足をそのままサンダルに突っ込んだ。
「サヤちゃんはこの後、ダンス?」
なんとなく、一緒に帰る流れになって、僕はサンダル姿のサヤちゃんの隣を歩く。
「うん、このままいくんだー。着替えも入ってるんだよ!」
だからランドセルがちょっと膨らんでるんだな。
「がんばってね。あと…」
これは言おうかどうか悩んでいたけれど、サヤちゃんなら大丈夫かなと思って、
「明日は上履き、持ってこないとね」
自分からこんなこと言うのはドキドキしたけれど、サヤちゃんはあははと笑って、
「うん、絶対持ってくるよ!あんなに足の裏汚したらお母さんに怒られちゃうし!靴下履いてても上履きなかったら靴下が汚れちゃうしね!」
そう言ってサヤちゃんは少し間をおいて、
「…あ、靴下忘れたかも…!あー、裸足で靴履かなきゃだ―」
「それはたいへん、だね…」
「もう、今日は裸足でレッスンしよっかなー。それでもいいよね!うん!」
サヤちゃんは自分自身でそう決めると、
「じゃね、たいちくん、また明日!」
そう言って、校門を抜けると、ランドセルを揺らしながら走っていった。がんばれ、サヤちゃん!
ちなみに翌日、あんなことを言ったけれど、少しの期待をこめて、教室に一番乗りで登校していた。だんだんと登校する中で、ようやくサヤちゃんがやってくる。横目ですぐさま足元をみると、残念、上履きを履いていた。けれど靴下っぽいのは見えない。
「おはよ、たいちくん!」
「おはよう」
僕はがっかりを悟られることのないよう、いつもと変わらない挨拶をする。すると、ランドセルから教科書やノートを準備し終えたサヤちゃんは、
「ねね、たいちくん」
「ん…?」
「きのうと、ちょっと変えてみたんだ、どう?」
そう言って、上履きを脱ぐと、素足を僕に見せてくれた。昨日まで赤かったサヤちゃんの足の爪は、今日は水色になっていた。
「色、かえたんだ。水色も、きれいだね」
「えへへー、ありがとう!」
そう満足そうににっこりすると、サヤちゃんは上履きを机の下において、また前をむいた。サヤちゃんのペディキュアブーム、しばらく続くといいな…!
つづく