「おはよう、たいちくん!」
月曜日の朝、夜更かししてゲームをして、眠たい体をなんとか支えながら学校に向かっていた僕は、その明るい声を聞いて、一気に目が覚めた。振り向くと、クラス一かわいいと男子の間でウワサの、月城サヤちゃんが立っていた。
「おはよう!…今日のファッション、すごくかわいいね」
「ホント?!昨日、お母さんにコーデしてもらったんだ!」
「今週も、動画アップするの?」
「うん!いまお母さんが編集してくれてるよ」
サヤちゃんは、いわゆる「ユーチューバー」だ。チャンネル登録者は500人をこの前突破して、動画再生回数は多いもので1万を超えている。普通の小学生にしてはかなりの有名人だ。
サヤちゃんがアップしているのは主に、「小学生コーデ」の動画。1週間のコーデをまとめて紹介したり、新しい服を買ったらそれを紹介したりする。マスクをしているけれど顔出しもしていて、人気も最近は上り調子だ。
「水曜日にはアップできるかなってとこ!」
「そうなんだ!たのしみにしてる」
僕がそう応えると、にっこり笑って、
「ありがと!今度の動画は初夏の登校コーデっていうテーマなんだ」
「もうすぐ夏だもんね。今のこのコーデも、アップするの?」
「うん!月曜日コーデだよー」
今日のサヤちゃんのコーデは、クリーム色の半袖ワンピースに、素足でサンダルを履いていた。頭には赤いカチューシャをつけている。そのワンピースが、サヤちゃんにぴったりでとてもかわいいのだ。それに何より、僕はその足元がとても気になった。
「今日はサンダルなんだね」
「そうだねー。このワンピースにスニーカーとかは似合わないんじゃないかなってお母さんに言われてね。この前アップした動画にも、『夏らしいサンダルを使ったコーデがみたい』っていうリクもあったから!」
「なるほど!」
僕はそれを聞いて、胸が高まる思いがした。そのリクの主は僕である。サヤちゃんには秘密だけど。
僕はYouTubeのアカウントを3つ持っている。一つはサヤちゃんたちクラスメイトにも公開している、リアル用のアカウント。あとの2つは、自分の趣味用のアカウントだった。その1つは、サヤちゃんのアカウントにリクする用の、ファッション系の動画を好む、お母さんを演じるアカウント。サヤちゃんの動画に、「サンダルを使ったコーデが見たい」と言うリクをしたのは、このアカウントからである。もう一つは、人には言えない秘密のアカウントだ。
サヤちゃんはコメントにひとつひとつ返信をしていて、リクにはよっぽどのもので無い限り高確率で応えていた。僕がリクを送ったのはこれが初めてではなく、これまでにも、
「休日のコーデが見たい」
「夏らしい、涼しげなコーデを!」
など、一般的なリクを、かすかに自分の希望も含めて送っていた。今回はサンダルを使った登校コーデというリクに応えてくれた。難しいかなと思ったけれど、人気上昇中のサヤちゃんにとっては、リクに応えることでさらに人気アップが狙える絶好の機会だろう。まさかほんとに学校にもサンダルで来てくれるなんて思ってもみなかった。だって…。
「ふう、太陽が暑かったねー。学校の中が涼しいよ」
昇降口につくと、サヤちゃんは段差に座って、丁寧にサンダルのストラップを外した。素足になって、靴箱から上履きを取り出そうとして、手が止まる。
「…あ、私、裸足だ。上履き履くときって靴下いるかな…」
どうやら靴下の存在を忘れていたらしい。履き替える時になって急に思い出したようだ。不安げな表情を僕に向ける。
「うーん、いいんじゃないかな?靴下履いてない人、いるしね」
それはウソではない。低学年の元気な男子とかのことだけれど。こんなにかわいい女の子が素足のまま上履きを履くなんて。ドキドキしてくる。
「そう?じゃあ、大丈夫かな」
不安げだったサヤちゃんだが、案外すんなりと受け入れて、なんの躊躇いもなく、上履きを床に置くと、サンダルを靴箱にしまい、きれいな素足をその中に入れた。指を入れて、かかとまでしっかりと履く。最後につま先を床にトントンと当てる。
「…なんだか、変な感じ。裸足で上履き履いたの、初めて、かな。なんかザラザラするね」
サヤちゃんの口から、「裸足」という言葉が出るたびに、ドキドキが高まる。本当は上履きを履いているから、「裸足」ではなく「素足」の方がいいのだろうけれど。素足に上履きを履いたかわいい女の子が目の前に。僕はしばらく何も行動ができなかった。
「…たいちくん?どうしたの?」
はっと気付くと、サヤちゃんが心配そうに顔を近づけていた。思わずあとずさって、
「う、ううん、何でもないよ!暑かったなって思って!」
「そう?じゃあ早く行こうよ!」
そう言って、僕の手を引くサヤちゃん。別に特別な関係というわけではなく、僕以外の男子でも女子でも、サヤちゃんは分け隔てなく接する女の子なのだ。
「おはよ!あ、ユキちゃん!おはよー」
廊下ですれ違う生徒たちにあいさつをするサヤちゃん。中にはユーチューブで彼女のことを知っている生徒もいるらしく、
「あ、サヤちゃん!動画観たよ!」
と声をかけていた。
教室は校舎の4階。慢性的な運動不足の僕には毎日4階まではかなり辛いが、サヤちゃんはスタスタと階段を上り、息切れしかける僕より早く、教室へと入っていった。
「おはよー!」
「サヤちゃん!おはよ!わあ、今日はワンピース?」
「かわいい!これもYouTubeで観られるの?」
入った途端、クラスの女子に囲まれるサヤちゃん。すっかりクラスのファッションリーダーである。
「あれ、靴下は?」
女子の一人が、サヤちゃんが素足であることに気づく。当然かな、ほかの女子はみんな、スニソやニーソなど、何かしら靴下を履いている。
「このワンピースにはサンダルが似合うかなって思って、靴下履いてこなかったんだー。ちょっと変、かな?」
そう言って恥ずかしそうに微笑むサヤちゃん。普通なら素足で上履きを履くなんてしないだろうけれど、ファッションリーダーのサヤちゃんがそれをすると、最先端コーデになる。
「ううん、全然!そういうことだったんだ!」
「確かに、このワンピースだと靴下は似合わないかも!」
「あたしも、明日はサンダルで来ようかな」
素足も一瞬のうちに受け入れられ、嬉しい宣言も聞くことができた。僕はそんなサヤちゃんの2つ後ろにある自分の席に座り、彼女たちのおしゃべりに耳を傾けていた。
朝の会が終わると、1時間目から3時間目までは教室で授業。素足のまま上履きを履くことで何か起きないかなと思っていたが、サヤちゃんはいたってまじめに、上履きを脱いだりすることなく授業を受けていた。そして4時間目は体育。プール開きはまだなので、今日は体育館でバレーボールの授業だった。教室はクーラーがついていて快適だけれど、体育館はやっぱり暑い。男女に分かれてトスやレシーブの練習をしたあとは、サーブ練習、後半でチームを組んで練習試合をする。着替えは、男子が教室内で、女子は体育館の中にある女子更衣室で行う。体育館シューズなどはなく、上履きのまま行う。いつもよりわくわくしつつ、早めに着替えを終わらせた僕は、友達と一緒に体育館へ向かう。サヤちゃんは体操服の入ったバッグを持って、素足に上履きのまま体育館へ向かっていた。僕も体育館に着くと、すでにサヤちゃんは着替えを済ませて、体操座りで待っているところだった。体操服に、真っ白な素足に、上履き。女子を見渡しても、靴下を履いていないのはサヤちゃんだけだった。暑いはずだけれど、今もかかとまできっちりと上履きを履いている。
体育は男女に分かれて行うため、サヤちゃんを近くで見られないのが残念だけれど、試合の時間になって、待機している時は、自然と女子の方に目が向いた。素足に上履きを履いたサヤちゃんは運動も得意らしく、ボールを追いかけてかなり激しく動いていた。上履きは足にぴったり合っているらしく、試合中に脱げるようなことはなかったので、少し残念。試合が終わって、コートの外に戻ってきたサヤちゃん。ちょうど僕の近くに座ったので、会話が聞こえてきた。男子の方の試合を見るふりをして、その会話に耳を傾ける。
「ふー、勝ったね!サヤちゃん、大活躍だね!」
「今日はなんだかすごくよく動けたかな!汗びっしょりだよー」
そう言って、上履きを履いた足をぱたぱた動かす。
「あたしも、汗やばいなー。シャワー浴びたいよ」
「なんか、足も暑いなー。…ちょっと脱いじゃお」
そのつぶやきが聞こえてくると、僕は思わずサヤちゃんに目を向ける。体操座りをしたまま、手を使って右、左と上履きを脱いでいった。露わになった素足は、暑さのせいか、赤くなっていた。
「あー、気持ちいい…。裸足で上履き履くと、ぬるぬるして気持ち悪いかも」
そう言いながら、手で足の指をいじいじ。
「そうなんだ?あたしはいつも靴下履いてるからなー」
「でも、ぬるぬるも気持ちいいかも…」
「あははー、どういうこと?」
サヤちゃんは思ったことを素直に言う性格だった。初めて素足で上履きを履いた感想も、こんなに素直に聞けるなんて。もっと聞いていたかったけれど、僕の試合の時間が来てしまったのでこれまで。コートに立ってサヤちゃんの方をちらと見てみると、上履きを横に置いて、裸足のままクラスメートの試合を見学していた。体育の時間が終わるころには、サヤちゃんはまたきっちり上履きを履いていた。
5時間目、教室で算数の授業。体育からの給食、昼休みの後なので、みんなかなり眠そうだ。サヤちゃんも例外ではなく、黒板の字をノートにとってはいるものの、時折コクコクと首が動く。
大きな動きがあったのは、その授業が始まって半分くらい過ぎた時だった。それまで椅子の下で組まれていた足。それが机の前方にのばされる。そしてかかとの部分を机の前の棒に当てて、器用に両足とも上履きから素足の踵をのぞかせた。そのまま素足を後ろに引き、上履きを完全に素足からあらわにしたのだ。いきなりのことに、僕の心拍数が一気に跳ね上がる。声が漏れそうになった、慌てて口を押さえて下を向く。落ち着け、落ち着いて、もう一度よく見るんだ。ふう、ふうと呼吸を整えると、僕は再びサヤちゃんの足元に視線を向けた。机の前の棒の下に脱がれた上履き。棒の上に置かれて、くねくねと指が動く素足。これまでしっかり履いていた上履きを、こんなに大胆に脱ぐなんて。さっき、体育の時間も一瞬脱いでいたけれど、さすがに素足で履くことによる蒸れに耐えられなかったのだろうか。まるで意思をもっているかのように、くねくね、くねくねとうごく足の指。もう先生の話は全く頭に入らず、ただサヤちゃんの足に釘付けだった。
「…じゃあこれ、答えはいくつでしょうか?わかる人!」
「はい!」
「はいはい!」
僕のクラスでは、先生が質問して、答えたい時には元気よく手を挙げて返事をすることになっている。そして先生に指名されると、立ち上がって椅子を入れて、答える。黒板に書くときも、椅子を入れて書きに行く。みんな真面目だから、しっかりその流れはできている。
「じゃあ、佐々木さん、どうぞ!」
「はい!」
サヤちゃんが指された。手を挙げている間も上履きは脱いだままだったので、流石に履くのかなと思いきや、なんと上履きを机の下に置いて、素足のまま立ち上がったではないか。椅子を入れて、素足をぺったりと床につけて、自信満々に答えるサヤちゃん。
「はい、その通りです!」
「やったっ」
サヤちゃんは嬉しそうにピョンととんで、また椅子をひいて座った。そして素足を今度は椅子の下で組んだ。足先を床につけて、足の裏をばっちりこちらに見せてくれている。上履きに包まれ、ついさっき解放されたサヤちゃんの素足。その小さなかわいい足の裏は、暑さのせいか、真っ赤になっていた。裸足のままどこかを歩いたわけではないので、そんなに汚れてはいない。よくよく見ると、足の指には、上履きの中にあったゴミがくっついていた。
その後、授業が終わるまでサヤちゃんは上履きを履き直すことはなかった。終わりのあいさつでも、サヤちゃんは裸足のまま立ち上がり、礼をしていた。6時間目までの休み時間、サヤちゃんの足は机の横の棒の上に置かれていた。
6時間目は教室で習字の授業だ。今日書く文字は、『自然』。授業が始まって、それぞれ準備に取り掛かる。後方に置かれた習字セットを取り出し、硯や下敷き、筆などを準備する。僕は一番後ろなのでさっと道具を取り、中身を出していると、少し遅れてサヤちゃんが後ろに向かってきた。ふと足元を見ると、裸足ではないか、サヤちゃんの机を見ると、上履きはイスの下にそろえて脱ぎ置かれていた。さっき脱いだ時と位置が変わっている。サヤちゃんは道具を取り、裸足のままペタペタと歩いている。つま先立ちでもなく、足の裏全体を床につけている。そしてイスに座ると、何と足をイスの上にあげて、正座をしたではないか。なるほど、習字といえば正座だ。そのために上履きを脱いでいたのかな。残念ながら、足の裏はワンピースの裾に隠れて見えなかったけれど、足がしびれるのか時々足を下ろして机の棒にのせる場面もあり、この時間も僕は集中ができなかった。 授業の終わり、一番よくできたと思う一枚を、先生の所へ持っていくことになった。僕が3枚の中から悩んでいると、サヤちゃんがイスから立ち上がるのを目の端でとらえた。そちらに目を向けると、相変わらず上履きは椅子の下に置いたまま、裸足で先生のもとへ向かっていた。作品を提出し終わると、サヤちゃんは硯と筆を持ち、裸足のまま廊下へ出ていった。すっかり裸足に慣れてしまったのか、気持ちよさに気づいたのか、誰も指摘する人もいない中、サヤちゃんの裸足範囲は広がるばかりだ。僕も慌てて一枚を決めて、筆を洗いに手洗い場へ向かう。手洗い場には裸足の足を床にぴったりつけて、丁寧に筆を洗うサヤちゃんがいた。ちょうど隣しか空いていなかったので、そこで僕も筆を洗い始める。
「たいちくんも、できたの?習字」
「うん、どれを出そうか、迷ったけどね」
気づかれないよう、足元に極力視線を向けないようにして話す。裸足のことを聞きたい気持ちでいっぱいだったけれど、筆を洗い終わったサヤちゃんは、すぐに教室へと戻ってしまった。また機会があれば、今度こそは…!
教室へと戻ると、サヤちゃんはランドセルを机の上に置いて、帰り自宅を始めていた。どうやらこのまま帰りの会になるらしい。足元を見ると、上履きに半分足を突っ込んで、足の裏をこちらに見せていた。教室や廊下を裸足のまま歩いたせいか、赤かった足の裏はうっすら灰色に汚れていた。蒸れはおさまったのか、赤みはいくらか引いている。帰りの会が始まると、サヤちゃんは手を使って、上履きをかかとまでしっかりと履いてしまった。裸足のまま昇降口まで行ったりしないかと思ったが、流石にそこまではしないか…。
帰りの会が終わり、クラスメイトたちはそれぞれ帰っていく。僕はサヤちゃんが出ていくのを見送ると、少し遅れて教室をでた。昇降口へ向かうと、サヤちゃんたちがちょうど靴を履き替えているところだった。
「わあ、サヤちゃん、サンダルもかわいいね」
「えへへ、ありがとう!」
「明日のコーデも楽しみにしてるね!」
うん、明日はまた違う雰囲気になると思うから、お楽しみに!
サヤちゃんはサンダルを丁寧に床に置くと、素足を通して、かかとのストラップをパチン、パチンとつけた。立ち上がったとき、僕と目が合って、慌てて視線をそらす。けれど、サヤちゃんは嬉しそうに、
「たいちくんも、また明日!」
にっこり微笑んで手を振ってくれた。これにドキドキしない男子はいないと思う。動画は水曜日に公開されるらしいが、待ち切れないな。早く観たい。それよりも僕は、サヤちゃんの明日のコーデの方も気になって仕方がなかった。
つづく