「姉―、準備できた??」
「うん、大丈夫だよー。おっ、妹の浴衣かわいい!」
お母さんに手伝ってもらいながら浴衣の着付けを終え、階下へ降りると、姉は夕方の情報番組をリビングのソファに座って観ているところだった。服装を見てみると、普段着のまま・・・?
「あれ?姉は浴衣着ないの?」
「うん、浴衣って動きにくいし暑いじゃない?それに、下駄って足がいたくなるし・・・。この格好で行くよー」
姉もあたしも、今日が学校の終業式だった。午前中で放課だったけれど、夕方からあたしの通う小学校で夏祭りが開催される。あたしと姉はそこに向かう準備をしていた。どうやら姉は中学校のお友達と待ち合わせをしているみたいで、あたしもそれについていこうと思っている。たぶん学校に行ったらみんな来ているんじゃないのかな・・・!ちなみに今の姉の格好は、学校から帰ってすぐに制服を脱ぎ、着替えたまま。上は有名なキャラクターが載った白のTシャツ、下は黒いショートパンツ、それに素足。外に行けなくもない格好だけれど、ちょっと脚を出しすぎな気もする・・・。
「えー・・・、ほんとにその格好で行くの?」
「え、どこかまずいかな・・・」
姉はそう言うと、ソファから立ち上がってあたしの方を向いた。そうして一周くるりと回ってみる。長く伸びてきた髪がふわっと広がった。そんな姉の様子を見ていたら、これはこれで結構かわいいのではないかと思えてくる。
「・・・いや、一周回っていいかもしれない。いこう、姉!」
「一周・・・?まあ、いいや。もうすぐお祭り始まっちゃうもんねー。いこう!」
「お母さん、それじゃいってきます!」
「いてきまーす」
「はーい。遅くならないようにね!携帯持った?」
あたしは肩にかけた小さなバッグから、お出かけの時に使う携帯電話を取り出す。いわゆる、キッズスマホだ。
「うん、あたしが持ってるよ!」
「よかったわ。お姉ちゃんをよろしくね」
「いえっさ!」
「ちょっとー、よろしくするのは私じゃないの?」
姉はそう言って頬を膨らませる。妹ながら、そんな姉の表情がとてもかわいい。
あたしは浴衣なので、素足のままで下駄を、姉は素足にフラットシューズをつっかけて、家を出た。今日のために、あたしはこの下駄を履いてここ1週間くらい、学校から帰ると家の周りを散歩していた。せっかくのお祭り、足が痛くなって最悪なお祭りにはしたくないからね!
家からあたしの小学校までは歩いて10分くらい。途中で公園を横切れば、学校はすぐだ。あたしは下駄をカラコロカラコロ、姉はフラットシューズをカツカツ。姉も少し前まで通ってたところだから、迷うことなくたどり着いた。学校に近づくにつれて、ソースの香りや何かを焼く香りがあたりを包み始めた。夕ご飯はここで食べる気マンマンだったので、あたしはお小遣いを多めに持ってきていた。お祭りボーナスもお父さんから支給済みだ。
「わあ、いいにおい。妹―、何食べようか?」
「まって、確か、中学校のお友達と待ち合わせしてたんだよね?」
「あ、そうだった。西野さんと一緒に回るんだった」
本当にすっかり忘れていたような反応だ。姉はその約束を思い出すと、校門前であたりをキョロキョロ。
「どこで待ち合わせの約束してたの?」
「えーっとね・・・」
姉はスマホを取り出すと、何やら画面を操作し始めた。大丈夫かな・・・?
「あ、よかった。西野さん、もうすぐこの辺りに来てくれるらしいよ!」
「ほんと?よかった!」
1分も立たないうちに、西野先輩はやってきた。涼し気な、水色に朝顔の模様が入った浴衣を見につけていた。髪は後ろで結んで、毬の髪留めを付けている。とってもかわいい!
「東戸さん!ごめんね、浴衣着るのにちょっと手間取っちゃって!」
「いいよー、それにしても、かわいいね、浴衣」
「えへへ、ありがとう!・・・東戸さんは、浴衣じゃないんだね・・・」
浴衣をほめられて頬を染めていた西野先輩だったが、姉が浴衣じゃないことに気づくと、少しがっかりしたみたい。
「うん、浴衣より、こっちの方が動きやすいしねー」
「東戸さんの浴衣、見たかったなー」
「今度うち来たときに見せてあげるよー」
「ほんと!?やった!」
姉がこんなに親し気に誰かと話をしているのを見るのは久しぶり・・・。やや驚きながらも、あたしたちは校門をくぐった。
すれ違う同級生と言葉を交わしながら、屋台を見ていく。まず最初に気になったのは、焼きトウモロコシ。子供向けに、半分サイズも準備してくれていたので、あたしたち3人でそれぞれ半分ずつ。それをかじりながら、たこ焼き、唐揚げ、ポテト、アイスクリーム・・・。おいしいものはすぐになくなってしまう。
「ふう、けっこう食べたね!」
「おなかいっぱいだよー」
あたしたちは校庭に準備されたテントの下のテーブルについて、一旦休憩。練習していたおかげもあって、下駄でかなりの時間歩いているけれど、まだ足が痛くはなっていない。横に座った姉を見ると、フラットシューズを完全に脱いで、足先でくるくると回したり、裏返したり・・・。地面はグラウンドの砂なので、シューズの中に砂が入り込んで来ちゃうんじゃないのかな・・・。姉はそんなに気にしなさそうだけれど。グラウンドの砂はかなり細かいので、あたしの下駄にもかなりかかっているらしく、足の指をすり合わせると、足の裏や指の間がざらざら。家に上がる前に、一度足を洗わなきゃいけないな。向かいに座った西野先輩は、下駄を脱いで足をイスの上にあげて、手で足の指を触っていた。痛くなってないかな。大丈夫かな。
休憩が終わるころ時間を見ると、午後の6時になろうとしていた。日が沈む7時ころから、お祭りのフィナーレ、盆踊りがあるらしいので、それまでお店やステージを見て回ることにする。
「妹―、外はだいたい見て回ったよね、あとどこ行こうか?」
「えっとね、体育館でゲームコーナーやってたり、家庭科室でバザーやってたりするらしいから、そこ見たいな!」
「おっけー。西野さん、足、大丈夫?」
「うん、休憩できたから、回復したよ!ありがとう」
「よし、じゃあ体育館に・・・あれ?」
いきおいよく立ち上がった姉だったけれど、なにやらしゃがんでテーブルの下を確認する。見ると、フラットシューズが両足とも、西野先輩のほうへ跳んでいってしまっていた。左足は完全にひっくり返っている。姉は裸足のまま砂の地面について、靴をとると、軽く足の裏をはたいてまたそれを履いた。
「砂がざらざらする・・・」
「靴脱ぐからだよー。お行儀悪いよー」
「いやー、癖でついつい・・・。それに暑いしねー」
「東戸さんらしいね。私も、下駄脱いじゃってたし、おあいこだね」
体育館の入り口に着くと、たくさんの色とりどりの靴が脱がれていた。さすがに土足禁止なんだな。普段は上履きを履いて歩くけれど、終業式で持って帰っているし、スリッパも近くに見当たらない。仕方ないから、あたしたちはそれぞれ靴を脱いで、裸足のままで体育館へ足を踏み入れた。間違って履いていかれないように、体育館の陰に靴をまとめて置いておく。
「ふうー、中も暑いねー」
体育館内は、壁際に様々なミニゲームが用意されていて、中央部ではカレーやお菓子がふるまわれていた。あたしたちだけでなく、中にいた生徒や大人たちもほとんど裸足や靴下だった。けれど中にはしっかり上履きやスリッパを履いている人もいる。あたしは砂やホコリのざらざらを足の裏に感じつつ、ストラックアウトやボウリングなどのゲームに挑戦していった。
「すごいね!いろいろもらっちゃってる」
ゲームをするごとに景品がもらえて、あたしのバッグには入りきらずに、姉の持っていたマイバッグには、ぬいぐるみやミニチュアのおうちなど、様々なものが集まった。
カレーを食べて再び空いていたおなかを満たすと、盆踊りまであと30分くらいになっていた。
「まだちょっと時間あるねー。せっかくだから、校舎の方にも行ってみようか」
姉の提案で、バザーの見学もかねて、校舎へ足を伸ばす。体育館からコンクリートの渡り廊下を通り、ひんやりとしたタイルが敷かれた廊下を歩く。体育館と違ってそんなに人の気配がなく、いくらか静かだ。あたしたちのペタペタという素足の足音が響いている。
「私、ここに来るのは初めてだなー。違う小学校だったもんね」
「そっかー。私はあれだな、妹の参観日以来だな」
「姉ってば、参観日まで裸足で来るんだもん、恥ずかしかったよ!」
「いいじゃんかー。卒業した小学校だけど、お客様として入ったから、ちょっとドキドキしたな」
そんなことを話しながら、1階を端っこまで歩き、家庭科室のある2階へ上る。外はかなり日が暮れて、電気のついていない階段は真っ暗だった。
「うわ、くらー・・・。西野さん、怖くない?」
「えー、大丈夫だよー。東戸さん、暗いとここわいんだよね?」
姉は西野先輩にしっかりくっついて、ペタペタと階段を上がっていった。姉って意外と怖がりなんだな・・・今度ホラー映画でも一緒に見に行こうかな・・・。2階は職員室やコンピュータ室などが並んでいて、校舎の端っこに家庭科室があった。そこには電気が点いていて、最後のセール中なのか、人だかりができていた。男の人が半額でーすと呼び込みを行っている。
「あっ、西野さん、半額だって!いそごいそご」
「もう、さっきまでびくびくしてたのに!」
姉はてててと家庭科室へ走っていってしまった。その時に見えた足の裏は、体育館などを歩いたせいで真っ黒だった。あたしも気になったので、壁に手をついて、右足の裏を見てみる。土踏まず以外、地面についていた部分は、やはり真っ黒になっていた。
「妹ちゃんもかー。私も、真っ黒だったよ。ほら」
そう言って、西野先輩も右足の裏を見せてくれた。あたしほどではないけれど、やっぱり真っ黒。あたしより肌が白いせいか。それが目立っている。足の裏を見られるのはちょっぴり恥ずかしいけれど、西野先輩ならそうでもないかな。なんだか、楽しそうにしているし!
「まもなく、お祭りのフィナーレ、盆踊り大会を開催します。参加ご希望の方はどなたでも、グラウンド中央ステージ前にお集まりください・・・」
そんなアナウンスを聞いたのは、私たちがバザーで半額商品をいろいろ見ている最中だった。時計を見ると、7時まであと5分というところ。
「やば。東戸さん、そろそろ始まっちゃうよ!」
「ほんとだ!買うもの買って、すぐに行こう!」
東戸さんと妹ちゃんと合流すると、私たちは近くの階段を下りて、靴を脱いだ体育館の入り口へ向かった。さっきは体育館の中から渡り廊下を通って校舎内へ入ったが、東戸さんたちは校舎から直接外へ出ると、砂のグラウンドを通って体育館へ向かった。裸足のまま外へ出るのは少し気が引けたけれど、はぐれると面倒なことになるし、すでに足の裏は真っ黒だったのと、裸足のまま歩くというのも楽しそうでもあったので、東戸さんたちについて砂の地面へ飛び出した。かなりの人がいる中を裸足で走るのは、後々考えると恥ずかしいことだったかもしれないけれど、お祭りの時くらい、細かいことは考えないでおこう。
「靴、あった?」
「えっと、たぶん、これかな?」
「私のがこれだから、多分これだよー」
あれから時間が経ったので、かなり靴がばらばらになっていたけれど、無事にそれぞれ自分の(と思われる)フラットシューズや下駄を見つけると、足を洗いたい気持ちを持ちつつも、グラウンドの砂や学校のホコリでざらざらする足をそのままに、私は下駄に足を通した。
「さて、いっくぞー」
そう言ってステージに向かう東戸さんをみると、左手にシューズを持って、裸足のままだった。
「ちょちょ、東戸さん、靴履かないの?危ないよ」
私が声をかけると、東戸さんはとても楽しそうに、
「だってー、足もう汚れてるし、裸足のほうが気持ちいいもんね!」
そう言って、鳴り始めた音楽に合わせて、踊り始めた。妹ちゃんも、お友達を見つけて様子で、一緒に笑いながら踊っている。こちらはきちんと下駄を履いていた。
「全く東戸さんったら・・・まってー!」
私は足の裏のざらざらを半ば気持ちよく感じながら、東戸さんの横に行くと、見よう見まねで踊り始めた。明日から夏休み。宿題は小学校のころとは比べ物にならないほど出されたけれど、コツコツやって終わらせなきゃ。旅行にもいくし、帰省もする。東戸さんとも夏はいっぱい遊びたいな。熱を帯びたフィナーレの盆踊りは、永遠に続くように私には思われた。
「西野さん、今日はありがとうね!」
「ううん、私も。さそってくれてありがとう!妹ちゃんもね!」
「いえ!また遊びましょうね、西野先輩!」
先輩、という響きに言いようのない嬉しさを感じながら、私たちは校門に向かって歩いていた。すでに屋台は片付けられ、照明も消えて、あたりは祭りの後の雰囲気だ。
「西野先輩、帰りはどちらですか?あたしたちはこっちなんですけど。公園を通っていくんです」
「そうなの?私もそっちだよ。公園の先の橋を渡るんだけどね」
「じゃあ途中まで一緒に行きましょう!」
ということで、みんな一緒に帰ることに。盆踊りを終始裸足のままやっていた東戸さんは、相変わらず裸足のままだ。踊りの前は手に持っていたはずのシューズも今はない・・・?
「あれ?東戸さん、靴は・・・?」
「あー、踊ってるうちにどこか行っちゃったんだ・・・」
「うそ・・・」
「探そうとしたんだけど、人多いし、暗くなってきたし、もういいかあって・・・」
「姉・・・。靴の忘れ物があったら持ってくるよ、2学期になると思うけど」
「たのむ、妹・・・」
すべての片付けが終わった後、靴がグラウンドに残されている状況を想像するとかなり面白い。くすくすしていると、ブチ、という音とともに
、私の左足の下駄が脱げてしまった。どうやら鼻緒が切れてしまったらしい。ちょうど公園の入り口だ。
「先輩?どうかしましたか?」
急に私が立ち止まったので、妹ちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。
「あ、ごめんね、鼻緒が切れちゃったみたいで」
「それは大変・・・!でもどうしましょう、あたし、直し方わからないです・・・」
入り口近くのベンチに腰かけて下駄を見ると、鼻緒が外れたわけではなく完全に切れてしまっていた。抜けただけならまだ直せたかもしれないけれど、これを直すには道具が必要だった。
「大丈夫だよ、今直すの、私でも難しいし。仕方ないな・・・」
私が無事な右足の下駄も脱いだところで、東戸さんの目がキラキラし始めた。公園の街灯に照らされて、大きな目がさらにキラキラ。
「西野さん・・・!裸足だ!」
「もう、東戸さん、人の不幸を喜ばないでよー」
私は裸足を砂の地面につけて、立ち上がる。結局、あれから一度も足を洗えていないので、学校の砂が付いたままだ。ここから家へ帰るのも、けがにさえ気を付ければ汚れはもう気にならない。
「・・・先輩が裸足になるのなら・・・」
私のその様子を見ていた妹ちゃんは、頬を赤くしながら、下駄を脱ぐと、手に持って裸足を同じく地面につけた。
「え、どうして!?」
「えへへ・・・。あたし、下駄で歩く練習、してたんですけど、さすがに痛くなってきちゃって。みなさん裸足なので、あたしもこのままで帰ります!」
「さすが妹!そうしてくれると思ってたよー」
「姉と一緒にしないでよー。あたしはちゃんと履いてたからね!」
結局、みんな裸足になっちゃった。私はなんだかうれしくなって、裸足のままペタペタと駆けだした。
「あ、西野さんー!まってー」
後から東戸さんの声が聞こえてくる。小石があると痛いけれど、普段感じられない感触を足の裏に感じて、私はドキドキしてきた。お祭りから帰る人が周りにたくさんいるけれど、裸足の女の子が3人なら心強い。
「西野さん、なんだかとっても楽しそう?」
「えへへ、うん、なんか、裸足ってすごく気持ちいいね」
「でっしょー!」
日はすっかり暮れてしまったけれど、日中太陽の光を浴びたアスファルトはまだまだ熱を帯びていた。温かくてごつごつした感触を足裏から感じる。
「じゃあまた連絡するね!」
「うん!またね!」
「先輩、また遊びましょう!」
橋の近くの交差点。別れるのはちょっと寂しいけれど、絶対夏休み中にまた会おう。左手に下駄を下げて、私は家までの道を一人、裸足のまま歩き始めた。
つづく