「おはよう、ママ…」

「おはよう、かおる。どうかした?顔色が悪いけれど…」

朝、かおるが目を覚ますと、ひどい頭痛やだるさが身体を襲っていた。

「うん、すごく頭が痛くって…」

「大丈夫?学校、休んで病院に行く?」

母が聞くと、かおるは元気なさげに首を振って、

「ううん、あたし今日、グループの発表があるの。休んだらみんなに悪いし…」

「そう…。あ、じゃあせめてお薬飲んでいきなさい。パパが持ってきてくれた薬が頭痛に効くって言ってたから」

かおるの父は製薬会社の開発担当。新薬をいろいろ考えているらしく、製品化された薬のサンプルをたまに持って帰ってきていた。もちろん、試験済みの大丈夫なやつ。

「うん、パパの薬ならよく効くよね…!」

かおるは朝ご飯を食べると、父の頭痛薬を飲み、着替えてランドセルを背負う。今日は朝から雨なので、パープルを基調とした服を母が準備していた。黒い7分袖シャツに濃い紫のキュロット、薄い紫のニーハイソックス。それに濃い紫のレインブーツを履いていくことにした。

「今日、体育あったでしょ?きつかったら見学したり保健室に行くかしとくのよ」

「うん、わかったよママ。でもパパのお薬のおかげでちょっと良くなったみたい」

「そう?よかった!じゃあ気を付けていってらっしゃい!今日は5時間の日だったっけ?」

「そうだよ!じゃあいってきます!」

かおるは傘をさして、雨の降る通学路をパシャパシャと歩き出した。薬の効果か、起きたときの頭痛はもうすっかりなくなっていた。

 

 「おはよ、かおる!」

「あ、ちひろちゃんおはよう!」

靴箱について、段差に座り、レインブーツをよいしょと脱いでいると、クラスメイトのちひろが登校してきた。ほかに同じクラスの子が何人か一緒だ。

「雨、すごいね。服がじめじめするよー」

「私も―。靴がびしょびしょ。靴下もぬれちゃった」

ちひろは雨の中普通のスニーカーで歩いてきたせいで、足元が濡れてしまったらしい。靴を脱いだちひろは、そのまま靴下も脱ぐと素足になって、上履きにそのまま突っ込んだ。

「ちひろちゃん、靴下大丈夫?」

「うん、お母さんが替えを持っていけって渡してくれたから大丈夫!教室で履くよー」

教室に着くと、雨のせいで空は暗く、中もけっこう暗かった。しかも湿度が高くじめじめ。

「かおるちゃん、おはよ!今日発表だよね?」

「おはよー。うん、がんばろうね!」

発表があるのは5時間目の総合の時間。資料は準備できてるから、かおるたちは昼休みなどを使って最終調整をする予定だった。前の席で同じグループのさやかは半そでのTシャツにデニムのショートパンツを履いて、素足をイスの上にあげて膝を抱いていた。足の指をもじもじと動かしている。上履きは脱いで机の下に置いてあった。

「さやかちゃんも、雨でぬれちゃった感じ?」

「そうなんだー。さーも長靴で来たらよかったなー。代わりの靴下も忘れちゃったから、一日裸足だよー」

そう言って、足の指をもにもに。その様子を見ながら、かおるはちょっと得意げに、

「あたしはレインブーツで来たからばっちり大丈夫だったけどね!」

「うー…いいなあ」

それから担任の先生が入ってきて、朝の会が始まる。さやかは足を下ろして、立って挨拶をするときは机の下に置いた上履きに足をのせるものの、イスに座っている時は上履きを脱いで、素足を前に伸ばしたりイスの下で組んだりしていた。机同士の間隔が広く、かおるの席からもさやかの足の動きはけっこう観察できていた。ちひろは、持ってきていた替えの靴下をいつのまにかしっかり履いていた。

(さやかちゃん、けっこう自由に足、動かすんだなあ。足の裏、ちょっと汚れてる。かわいい)

1時間目の授業中もパタパタと動くさやかの素足を見てかおるはそんなことを思っていた。

 

 かおるが異変を感じたのは2時間目の半分が過ぎたころだった。

(む…、なんか足が、かゆい…?)

ニーハイソックスに上履きを履いた足の裏。そこが妙にかゆく感じ始めた。ちょっとかゆいことはたまにあるけど、今日のはそれとは違い、かなりかゆい。しかも、両方の足の裏全部がかゆい、気がする。先生の話は頭に入らず、かおるは上履きを履いた足を床にこすらせたり、パタパタと振動を起こしたりして、かゆみを抑えようとした。けれどほぼ効果はなく、やっぱりずっとかゆい。しかもかゆみは時間が経つにつれてどんどん強くなっている。

(かゆいかゆいかゆい…。もう、ムリ!)

あと5分で授業が終わるというところで、かおるはかゆみに耐えられず、両足の上履きを足を使ってパカパカと脱ぐと、両方の足の裏をイスの下でごしごしとこすり合わせた。それだけでは足らず、床にごしごし、机の棒にごしごし…。片方の足の指でもう片方の足の裏をかきかき…。靴下が汚れるかもしれないけれど、そんなことを考えてはいられなかった。それほど、かゆい!

(ああ、ちょっとは気持ちいい…)

直接かけたおかげで、かゆみは収まったように感じたけれど、動きを止めるとまたかゆみを感じ始めた。

「きりーつ」

かゆみに頭を持っていかれていたせいで、授業が終わったことに気づかず、号令に一歩遅れてしまう。かおるは上履きを履く間もなく、靴下のまま立ち上がり礼をする。

「かおるちゃん、2組にいこう!次体育だよ!」

上履きをかかとをつぶして素足のまま履いたさやかが声をかける。かおるは半ば放心状態だったけれど、なんとか気を取り戻して、机の横の体操着入れを持つ。

「あ、う、うんそうだったね、いこう!」

「ちょちょちょ、上履き上履き!」

「あ、あはは、忘れてた…」

(あぶない、靴下のまま隣の教室に行くとこだったよ…)

人数の関係で、体育はいつも2クラス合同。雨が降っているので今日は体育館で、もうすぐ行われる運動会の練習をする。かおるたち5年生は、ソーラン節を踊ることになっていた。

 手早く体操服に着替えて、体育館へ。かおるの靴下はそのまま、さやかは素足のまま。途中の体育館への渡り廊下は雨が吹き込んで全面が濡れていた。雨に加えて風も吹いて来て、しぶきで体操服がじんわりした。

「今日はこれまでの復習をして、最後に一度、通してみたいと思います!しっかりついて来てください!」

先生のお手本に従って、ひとつひとつの振り付けをおさらいしていく。踊っている間にも、かおるの足のかゆみは止まらない。ただ教室での授業と違って動きがあるので、幾分かかゆみは和らいでいた。

「はい、一旦休憩します!次、通してみるので、裸足でやりたい人は裸足になってもいいですよ!」

ソーラン節の本番はどうやら裸足で行うらしい。去年の5年生も裸足でやっていたような気がする。

「かおるちゃん、どうする?さーは裸足でやろうかなって思う!」

そういうさやかはすでに上履きを脱いでいた。もともと素足で履いていたからか、足は赤くなっていた。

「うーん、そうだね、裸足になろうかな!」

(裸足の方がかゆくならなそうだし、さやかちゃんも裸足だし、うん、裸足になろう!)

いつものかおるなら裸足は苦手だったけれど、今日はかゆみが気になって、立ち上がって上履きを脱ぐと、ニーハイソックスをするすると脱いでいった。それをくるくると丸めると、上履きに突っ込む。裸足で感じる体育館の床は、ひんやり、ざらざらしていた。そこに足の裏をこしこし…。

(あ、ちょっと気持ちいい…)

「あれー、かおるちゃんが裸足になってる!めずらしー!」

「もー、そんな大きな声で言わないでよー」

他のクラスメイトの女子がそれにづいて、

「私も、裸足になろうかな!」

「じゃあ私も―」

そして練習が再開する頃には、かおるのクラス、1組の女子ほとんどが裸足になっていた。逆に2組はみんな上履きを履いて、1組男子も5人ほどしか裸足になっていなかった。

「はい、では練習再開します!最初の体形をつくりましょう!」

裸足になったかおるたちはそのまま最初の体形に並ぶ。先生も、

「あら、みんな裸足になったのね、やる気あるね!」

とうれしそう。裸足になって、上履きを履いている時よりかなり動きやすくなった気がする。それに直接素足が床に着くことで、さっきまでのかゆみが収まってきた気もする・・・?

 「はい、お疲れ様でした!今日の練習はここまでにします!」

2時間連続の体育が終わり、教室へ着替えに戻る。後半はずっと裸足で踊っていたせいで、かゆみはすこし収まった気がしていた。足の裏を見てみると、体育館のホコリや砂で、灰色に汚れていた。

「かおるちゃん、おつかれー。足の裏、汚れちゃったよー」

さやかが声をかけて、足の裏をこちらに向けてくる。かおるも足の裏は汚れていて、肌が白いせいか、汚れが目立っていた。

「あとで洗いにいこっか、足洗い場があったよね!」

「そうだね!」

ということで、裸足で踊っていた女子はみんな、上履きを手に持って裸足のまま体育館を出た。途中の渡り廊下は雨のせいで濡れていて、足の裏はひんやり。ついでにそこを歩いたおかげでちょっと汚れが取れていた。

「あ、あったよ足洗い場!」

靴箱の近くにあった足洗い場。女子たちは代わりばんこで足を洗うと、タオルで拭く。洗った後その場で靴下を履く子もいるし、素足で上履きを履いて教室に行く子もいた。さやかは靴下がないから素足のまま、かおるもなんとなくそれに合わせて、ひんやりとした水で洗った足を拭いて、素足をそのまま上履きに入れた。

(初めて、裸足で上履きを履いたかな…?ゴワゴワするけど、足の裏が刺激されて気持ちいいかも)

教室について私服に着替える。かおるは丸めたニーハイソックスも、体操服入れに一緒に入れた。この後は、給食を食べて昼休み。雨なのでみんな教室でおしゃべりをしたりトランプをしたりして過ごしていた。席で他の子と発表の練習をしていたかおるは、上履きを机の下に脱いで、足の裏を机の棒でごしごし、上履きの上でごしごし、しながらかゆさと戦っていた。今朝の頭痛はもうすっかり治っていた。

(靴下履いてたときよりちょっと治ったかな…。でもやっぱりかゆいよ〜。なんでだろう…)

 

 「あれ、かおるちゃん靴下は?」

「うん、もうちょっとこのままでいようかなって」

昼休みが終わるころ、かおるの近くに来た子が気づく。かおるはまだニーソを履くことなく、素足で上履きを履いていた。

「そうなんだ!脚、きれいだね〜」

「ほんとだよね、かおるちゃん、いつも靴下履いてるけど、もっと見せてもいいよ!」

「え、そう?あ、ありがと…」

意外なところをホメられてまんざらでもないかおる。発表はクラスみんなの前でやることを直前に思い出した。

「では1班の発表、お願いします!」

5時間目、班の発表が始まった。かおる達は2班なのでこの次だ。

(わ、どうしよう、気持ちよくって靴下履くの忘れてた…。でも体操服入れ後ろだし、取れないよ…!)

かゆみはかなり治ったものの、素足なのが恥ずかしくなって、ドキドキするかおる。けれどすぐに出番がやってきた。

「つぎ、2班さんお願いします!」

(もう、仕方ない、さやかちゃんもいるし、がんばれ…!)

かおるは机の下でずっと脱いでいた上履きを履こうと、足で上履きを探す。右足は見つかったけれど、左足が見つからない…!

(あれ、上履き、どこ?!)

他のメンバーが席を立って前に移動するなか、かおるは左も上履きを探して身を屈める。足をパタパタさせていたせいか、上履きはいつのまにか後方に移動していた。慌ててそれを履き、急いで前に出る。一部始終を周りの子に見られていたような気がした。

(うー、上履き脱いでたのみんなに見られちゃったよ〜、靴下も履いてないし、恥ずかしい…!)

発表は問題なく終わったけれど、恥ずかしさはずっと続いていた。

 「気をつけ、れい!」

「さようなら!」

「かおるちゃん、お疲れ〜!ぶじ終わったね!」

「うん、ちょっと緊張したけど!」

帰りの会が終わり、班のメンバーが集まってきた。

「あれ?かおるちゃん、靴下履いちゃったの?」

さやかが気づく。かおるは帰る準備のときに、ささっとニーソを履いていた。

「う、うん、もう帰るし、裸足で靴を履くのもちょっとって思って!」

「えー、残念!さーの靴下、結局乾かなかったよー」

そう言って、靴下を見せるさやか。まだじんわり湿っているようだった。

「それは、仕方ない、よね!」

そう言って立ち上がり、ランドセルを背負う。そんなかおるの足裏に再び異変が…。

(む…、またかゆくなってきたような…)

気のせいではなく、朝のかゆさが再び足の裏を包んだ。むしろ朝より強く、我慢できないほどのかゆみだった。

「ちょ、ちょっとごめん、トイレ、行くね、また明日!」

「え、ちょ、かおるー!?」

かおるはランドセルを背負ったまま、近くのトイレに駆け込む。そうでもないと、あの場でニーソをいきなり脱ぐところだった。男子もいたし、そんなことしたらぜったいおかしい子って思われちゃう!

 個室に入ったかおるは、上履きを脱いでニーソをスルスルと脱いでいく。空気に触れたことで、かゆみは幾分か落ち着いた。立ったまま足の裏を確認するけれど、赤く火照っている以外、特に異常はなかった。

(なんなのよ、もう…。靴下を履くとかゆくなるってこと…?じゃあ今日はこのまま帰るか…)

かおるは恥ずかしい気持ちを抑えつつ、素足のまま上履きを履くと、あたりを確認しながらトイレを出た。幸い、クラスメイトはもう帰ったようだった。

(ああ、上履きのゴワゴワが気持ちいいかも。砂が入ってるのかな、ちょっとざらざらする。かゆさもおさまったかな…)

昇降口で上履きを脱いで、素足を床につける。ひんやりが足の裏を刺激して、また気持ちいい。靴箱からレインブーツを取り出し、あたりをキョロキョロ。

(これを裸足で履くの…?でも靴下履いたらまたかゆくなるだろうし、家までの少しの間だけだし…!)

かおるはごくんと息をのむと、素足をレインブーツに入れた。汗で少し履きにくいところは、手でぐいぐいとブーツを引っ張って履く。ゴムの感じと蒸れ感がダイレクトに伝わって、かゆみはないけれどやっぱり少し気持ち悪い…?

 雨はまだ降っていて、傘をさして水たまりをパシャパシャさせながら家に帰る。隙間から雨が入って、素足をひんやりさせる。

「ただいまー」

「おかえり!って、かおる、靴下は??」

「それがねー」

帰宅すると、母はすぐにかおるのファッションの変化に気がついた。スリッパも履かずにペタペタと素足のままリビングに入ってきたかおるは、今日の事を話す。

「うーん、…今朝のお薬かしら…?」

「パパのお薬?」

「ええ、これを飲ませたんだけど…、あ、これじゃない?」

かおるがのぞき込んだ先は、薬のパッケージ。副作用の欄に、「足の裏の痒み」とあった。

(そんなピンポイントでかゆくなるの…?!)

頭痛には効いたけれど、かおるはその後その薬を飲むことはなかった。

 

おわり