「あ、東戸さん、こっちだよー」

「ごめんねー、西野さん。服選びに時間かかっちゃって・・・」

「そうだったんだ!・・・東戸さん、すごくかわいい!」

5月の休みの日、私と東戸さんは、約束をして学校近くのカフェに来ていた。かなり悩んだという今日の東戸さんのファッションは、薄桃色のシャツに、ひざ下までのふんわりとした白いスカート、素足に、サンダル。頭には大きくて赤いリボンを乗せている。お人形さんのようにかわいいデアはないか。中学生だから入れるかどうか心配だったけれど、全国にあるカフェで、店内も明るくて全然大丈夫だった。運よく開いていた窓ぎわの席に座る。ちょうどランチの時間なので、私はドリアとアイスカフェラテ、東戸さんはハンバーグセットとオレンジジュースを頼み、ゆっくりとご飯を食べながらお話をする。東戸さんは座った途端、サンダルのストラップを外すと、素足をソファにのせていた。

「そういえば、東戸さんって小学生の時に好きな男子とかいなかったの??」

「えー、好きな男子・・・うーん、いなかった、わけじゃないかなあ」

「え!どんな子!?」

まさか東戸さんにそんな男子がいたなんて。料理を食べながら、東戸さんはポツリポツリと話し出した。小学校6年生の時のことらしい。

 

 -「おはよう、小田くん!宿題、できた?」

「あ、おはよ、東戸さん。うん、でも、どうして?」
「難しいのがひとつあってね、教えてもらえないかなあ?」
月曜の朝、机に座って、先週図書室で借りた本を読んでいると、隣の席の東戸さんが聞いてきた。先週末の席替えで、このクラスになって初めて隣になった女の子。髪は肩まで伸ばしていてくくったりはしていない。目は少し眠たげで、顔立ちは整っている。美人さんというより、かわいいという形容詞がぴったり。背丈は高い方ではなく、背の順で並んだら前の方だろう。それまであまり話す機会はなかったけれど、休み時間や発表のときの彼女を見ていると、おっとりとした性格の、大人しめでかわいらしい子だなという印象だった。僕の学校には制服があって、ちょうど衣替えの時期なので、男子は白い半袖シャツか長袖シャツに紺色の半ズボン、女子もどちらのシャツに紺色のスカートを履いている。日に日に気温が上がっていくこの時期、半袖のクラスメイトがだんだんと増えてきていた。ちなみに僕はまだ長袖だ。なんとなく、あまり肌を出したくない。男子より女子の方が長袖人口は多く、まだ3分の2以上が長袖だった。そんな中で、隣の東戸さんは、半袖OKになったその日から、半袖のシャツを着ていた。スカートは膝が見えるくらい。学年が上がるにつれて背も伸びてくるので、6年生になると男子のズボンもだけれど、女子のスカートも丈が短くなっている子が目立ってくる。そして東戸さんの足元は、素足だった。靴下を履かない、素足のままで、上履きを履いていた。
「宿題?うん、いいよ、どのページ?」
先週まではしっかり靴下を履いていたはずなのに、どういうことだろう。来る途中でアクシデントがあって濡れてしまったのだろうか。まさか、靴下を履き忘れたなんてことは…。気になるけれど、はたして聞いていいものなのか、迷ってしまう。
「えっとねー…」
東戸さんは席に着くと、ランドセルから教科書類を机に入れていく。プリントなどはきっちりとファイルに閉じてあって、几帳面さを感じる。けれど、足元は素足…。準備をしながら、東戸さんは机の下で上履きをカポカポと脱ぐと、素足を机の棒に置いた。足の指がくねくねと動いている。そんな様子を見て、なぜだろう。僕は無性にドキドキしてくるのを感じていた。体がなんだかポカポカしてくる。気温が上がっているせいだろうか。長袖の制服を初めて暑いと感じた。
「あ、あった、このページ!」
算数ドリルを開いた東戸さんは、素足を机の棒から離し、上履きではなくそのまま床にペタンとつけてしまった。それから、こちらに体を寄せて、ドリルを見せてくれる。肩まで伸ばした髪がふわっとなって、いい香りが僕を包み込んだ。
「あ、こ、ここね、えっと、割合の出し方が…」
「ふむふむ…」
僕がドリルのページに式を書き込んでいくのを、すぐそばで見ている東戸さん。僕のドキドキはどんどん強くなっていく。考えてみると、女の子に勉強を教えるのは初めてだ。それも、こんなに至近距離で。それまであまり、というかほとんど話したことなかったけれど、東戸さんは僕のことをどんな風に思っているんだろう。
「なるほど!よくよくわかったよー。ありがとね、小田くん!」
「う、ううん、手助けになったなら嬉しいよ」
それから東戸さんは自分のペンケースから鉛筆を取り出し、続きを解いていった。再び素足は机の棒に置かれて、足の指がくねくねと動いている。上半身はそんなに動いていないのに、足元は盛んに動いている。このギャップにまたドキドキしてしまう。
 「算数ドリルをあつめまーす!まだの人、持ってきて!」
ちょうど東戸さんが解き終わった頃、算数係の人が呼びかけた。さて出しに行こうかとした時、
「あ、小田くん、私持っていくよー。教えてくれたお礼!」
「え?あ、ありがとう…」
「いいのいいのー。また、教えてね!」
にっこり笑って、東戸さんは僕のドリルを受け取ると、上履きを机の下に残したまま、驚いたことに裸足でペタペタと教卓の方へ行ってしまった。前の方で係の女の子と話をするのが聞こえる。
「はい、ありがとー。って、東戸さん、なんで裸足?!」
「あー、上履き置いてきちゃった。だって最近暑くてねー」
「あはは、東戸さん、面白い!靴下履いてこなかったの?」
「ううん、靴箱で脱いできたんだー」
「そうなんだ!ちゃんと上履きは履きなよー」
「ほーい」
そんな会話を、耳をすませて聞いていた。特に理由はなくて、暑かったから…?クラスみんなが上履きに何かしらの靴下を履いている中で、ざっと見たところ、裸足なのは東戸さんだけだ。恥ずかしかったりしないのかな?
「どうかした?小田くん?」
帰ってきた東戸さんが、顔をぐいっと覗き込んできた。慌てて目線をそらしてしまう。
「あ、ううん、なんでもないよ!」
「そう?ふうん」
 その後、朝の会があって授業が始まると、お互いに話すことはなく、たまに隣の東戸さんを横目で見ると、眠たげな表情で、ノートには鉛筆の線がくねくねと走っていた。そんな様子を見ていると、たまに彼女がピクッとして、僕もピクッとなる。なんだか調子がくるうな。さっきからずっとドキドキしっぱなしだ。6年生になって席替えは何度かあったけれど、こんなにドキドキする子は初めてだった。
「つぎ、体育だよ!東戸さん!」
「あ、うん、今行くー」
3時間目の授業は体育。1、2時間目は教室での授業だったけれど、東戸さんは机の下に脱いだ上履きをくるくると足先で回したり、上からふんずけたり、ひっくり返したりと、一度もきちんと履き直すことはなかった。体育は隣のクラスと合同で行うため、女子と男子でクラスを分けて着替えることになっている。男子は僕のクラス、女子は隣のクラスだ。東戸さんは机の下に転がった上履きを足で探して素足のまま履くと、体操着入れを持って友人と隣のクラスへ出ていった。
「小田ー、どうかした?早く行こうよ!」
「あ、ごめん今着替える!」
5年生からの友人に声をかけられ、はっと意識を取り戻す。いけない、今日はずっと、東戸さんのことばかり意識してしまう。
 「今日の体育は、陸上競技を行います!いくつか種類があるので、グループを組んでやっていってください!」
担任の先生が台の上で叫んでいる。準備運動を終えると、各自でグループを組むことに。男子女子2人ずつと決められており、僕と先ほどの友人(Kくんと呼ぶことにする)は、さて女子2人はどうしようと迷っていると、不意に肩をたたかれた。
「ねえねえ、小田くんたちまだグループ決まってない感じ?」
「あ、うん、女子2人を探してて…」
「じゃあさ、一緒にやろうよ!男の子2人を探してたんだー」
誘ってくれたのは東戸さんだった。東戸さんの後ろに、大人しそうな女子が隠れるように立っている。確か名前は…。
「この子、名前覚えてる?西岡さんだよー。私の友だち!」
「あ、西岡さん、ね!よろしく」
「よ、よろしく、お願いします…」
西岡さんはかなり人見知りのようで、東戸さんからくっついて離れない。さてまわっていこうかとすると、どの競技もけっこう行列ができている。陸上競技の種類は、50m走、400m走、ハードル走、走り幅跳び、など。時間内で多く回れればいいらしい。僕たちのグループはまず、走り幅跳びの列に並んだ。1人ずつ、ブランコ前の砂場に向かって飛んでいる。晴れて砂が乾いているせいか、着地の時は砂がブワッと舞っている。
「じゃあ次のグループ、お願いしまーす!」
「はーい!」
記録担当の体育委員の合図とともに、まずは東戸さんが挑戦。踏み切りもよく、勢いよく砂場にダイブした。着地が乱れて、ドテっとしりもちをついてしまう。
「あてて…、おしりついちゃった」
「あ、じゃあそこが記録だねー」
「えー、残念…」
記録をとった東戸さんは、砂場から出ると片足立ちになって靴を脱いだ。やはり砂が大量に入っているらしい。すぽっと靴を脱ぐと、なんと靴下を履いていなかった。靴を履いている時も靴下が見えていなかったので、もしかしたらと思っていたが、予想通りだ。素足のまま履いていたらしい。東戸さんの次に難なく飛んだ西岡さんとの話が聞こえてくる。
「西岡さん、フォーム綺麗だったね!私、しりもちついちゃった」
「ありがとう。しっかり踏ん張って着地したら安定するよ」
「そうなんだ!…でもさ、靴に砂がめちゃ入ってくるんだけど!」
そう言って、靴をひっくり返すと、砂がサーっと大量に出てきた。かかとをポンポンと叩いて、追加で砂を落とす。
「砂場に着地するからねー。仕方ないね…」
「足がザラザラするよ…」
すると東戸さんは、靴を脱いでいた方の足を地面にぺたりとつけて、そのままもう片方の靴も脱いでしまった。同じように砂を出すと、裸足のまま、靴を手に持って戻ってきたではないか。
「ねえねえ北野さん、幅跳び、裸足でやってもいーい?」
「え、ハダシ?えっと、東戸さんがいいなら…」
「やったあ、ありがとう!」
走り幅跳び担当の体育委員、北野さんは驚きつつも東戸さんの質問に答えると、次の笛を吹いた。僕の番だったので、前の人同様に、踏み切り線でジャンプ、着地。終わってから東戸さんの方を見ると、もう一度やるようで再び列に並んでいた。脱いだ靴は、記録用紙とともに置いてある。男子でもみんな靴を履いたままで、裸足なのは東戸さんのみ。こんなに裸足になりたがる女の子ってかなりレアではないだろうか。これまであまり意識していなかったけれど、こんな子が同じ学年にいたなんて。同じクラスになれるなんてかなりうれしい。
「じゃあ次、東戸さんね!」
「はーい!」
合図とともに、裸足のままパタパタと走り、砂場にダイブ。今度はしりもちをつくことなく、無事着地成功だ。手を横に伸ばして、着地のポーズをとっている。
「はい記録とりまーす。今度はちゃんと着地できたね」
「ふふー。裸足の効果かな!」
それから。砂場を後にすると、つぎは50m走だ。
「ごめん、先に行ってて!ちょっと靴置いてくるよー」
移動の途中、東戸さんはそう言い残すと、ダーッと裸足のまま靴箱の方へ走っていってしまった。靴を置くと、そのまま戻ってくるではないか。どうやらここから先の競技はすべては裸足で行うらしい。
「おまたせ!」
「東戸さん、裸足でやるの?いたくない?」
西岡さんが驚きつつ尋ねる。東戸さんは、
「大丈夫だよ!裸足の方が、いい記録が出そうなんだー」
そう言って、心配するみんなをよそに、裸足で50m走に挑んで、なかなかの好タイムを出していた。そのままハードル走も走り切り、いよいいよ最後、400m走だ。
 「あれ、東戸さんだったんだ!裸足でやってる子がいるーってびっくりしてたんだけど」
400m走の担当の僕のクラスの体育委員、南田くんが驚いた様子で声をかける。東戸さんはそんな南田くんに砂で茶色くなった足の裏を見せつけつつ、
「ふふー、そうなんだ!50m走とかなかなかいいタイムが出せたよー」
得意げに話す。
「そうなんだ!一応、大きな石はとったけど、気を付けてね!」
「わかった!」
400m走はグループごとにタイムを測るので、僕のグループともうひとグループで一気にスタートする。もちろん、裸足なのは東戸さんだけ。
「よーい、スタート!」
はじめのうちはみんな横一線。だけどやっぱり男子の方が女子と差をつけてくる。東戸さんと西岡さんは並んで走っていた。僕がゴールして、東戸さんたちは30秒ほど遅れてゴール。400mって短いように見えて、走ってみると結構きつい。
「うはあー、きつかったあ」
ゴールした東戸さんは、地面に座って息をつきながら足を伸ばしていた。グラウンドの土で茶色くなった足裏が丸見えだ
「足、いったーい、ヒリヒリ・・・」
「東戸さん、大丈夫??」
「えへへ、大丈夫ー。長距離走の裸足はちょっと無謀だったかなあ」
足の裏を手でさすさすしながら立ち上がると、体育の時間が終わりのようで、一度全員集合することに。
集合して先生の話を聞いて、終わり。靴箱に向かうと、先についていた東戸さんは、靴箱横の足洗い場で砂を落としていた。
「あはー、冷たーい」
「もう、東戸さん、はやくー」
西岡さんが困った顔をして、タオルを手に待っている。僕もその場にいたかったが、何の用もなく立ち止まるのは不自然だったのでKと一緒に教室へ戻った。
 体育の時間が終わると、教室で国語の授業があって、給食の時間。僕と東戸さんは当番だったので、エプロンに着替えて各自で給食室へ。偶然なのか奇跡なのか、僕と東戸さんはペアでパンを運ぶ係りになった。
「あれ、小田くん、また一緒だねえ。今日はパンだから、軽くってよかったよ」
体育終わりの東戸さんは、やはり靴下を履いていなかった。素足のままで、上履きを履いている。エプロンの端からそのまま伸びた素足が、なんとも僕をドキドキさせる。おかず係りと違って、パンの係りは配って回るだけなのでいくらか楽である。
 給食を食べ終わると、机を前方に寄せて、昼休み。男子はほとんどがグラウンドに出てサッカーをする。僕も普段は一緒に出るのだが、今日はやはり東戸さんが気になって、教室に残ることにした。
「東戸さん、図書室、いこー」
「あ、うんいいよー」
上履きのかかとを踏んで、教室後方の棚の整理をしていた東戸さんは、西岡さんに誘われて一緒に図書室へ行くらしい。ちょうどよかった。僕も借りていた本を今日中に返さねばならなかったのだ。ブックカバーを付けた本をもって、東戸さんたちの後から図書室へ向かう。つけていると思われないよう、あえて回り道をして向かったのだが、ちょうど図書室の入り口で東戸さんたちと鉢合わせてしまった。上履きを脱いで、素足のままで図書室に入るところだった。
「あれー、小田くんだ!図書室、きたの?」
「うん、本を返そうと思って」
一応本当のことだけれど、ウソのように聞こえていないか心配だ。西岡さんはここでも東戸さんの後ろにまわって、人見知りを発揮していた。
「そうなんだ!最近新刊が入ったらしくてねー、それを読みに来たんだあ」
「新刊かー、僕も見ていこうかな」
というわけで、みんな並んで図書室へ入る。新刊コーナーには、最近刊行された児童書や文庫本が並んでいた。最近の児童書は挿絵がなかなかかわいい。
「あったー、これだ」
東戸さんは目当ての本を手にすると、西岡さんと隣同士で並んでソファに座った。足をソファにあげて女の子座りをする東戸さん。スカートで隠したりしていないので、素足なのが外から見てはっきりわかる。足の指がくねくねと動くのにドキドキしながら、それが見える位置に座って、僕も最近話題の文庫本を読むことにした。結果的に、東戸さんの素足が気になってあまり本には集中できなかった・・・。
 昼休みが終わって、掃除の時間。文庫本を借りて教室に戻る。今日から掃除場所も変わったようで、僕は廊下、東戸さんは女子トイレ担当だった。図書室から帰ってきた東戸さんは、
「えー、トイレかあ」
「あ、東戸さんもトイレ?ウチと一緒やね!」
「あ、そうなの?一緒にいこ―」
同じトイレ担当の東さんと一緒にトイレ掃除へ向かった。東さんはクラスの中でも元気な女子で、クラスの中心みたいな子。栗色の髪をポニーテールにして、東戸さんと同じ、半そでの制服を着ていた。もっとも、東さんはちゃんとスニーカーソックスを履いて上履きを履いているけれど。
「ちょっとはしゃぎすぎちゃったなー。あんなにホースが暴走するなんて・・・」
「ふふー、東さんも楽しそうだったけど?」
「めっちゃ楽しかった!」
掃除の終わりの時間が近づいてきたとき、廊下の向こう側から、2人の元気な声が聞こえてきた。
「あ、小田くーん、おつかれー」
「おつかれ。びしょびしょだね」
見ると、2人とも制服のシャツやスカートに水しぶきがかかり、上履きや靴下を脱いで裸足で歩いていた。濡れた上履きは手に持っている。
「水を撒こうとしたら、ホースが暴走しちゃってさー。ふたりともびしょびしょだよー」
東さんは裸足であることを気にしているのか、上履きと靴下を右手に持ち、つま先立ちで歩いている、対して東戸さんは、そんなことはおかまいなしに、裸足でペタペタと歩いていた。そのまま席に着くと、濡れた上履きは床に置いて、裸足の足をイスの上にあげて、いわゆる『ぺたんこ座り』の姿勢になる。掃除を終えていた僕が隣に座ると、東戸さんの足の裏がすぐ横に。濡れた足で廊下や教室を歩いたからか、少しの距離だったけれど、砂やホコリが付いている。それを隠したりしない東戸さんもかわいく思えた。
 その日の最後の授業は、6時間目、英語だった。英会話の先生が来て、ワークブックを見ながら簡単な英会話を勉強する。
「それでは、今日のフレーズ、”What`s ○○ do you like?”を使って、お互いに話をしてみましょう!ワークシートをもって、Let`s start!」
先生の合図とともに、みんな席を立って歩き回る。初めは隣の人からということで、僕は東戸さんに質問をする。ワークシートを見ようと目線を下げたとき、東戸さんの裸足の足元が目に入った。え、東戸さん、裸足!?驚きつつも、無事に会話を終える。
「サンキュー、オダくん!」
「ユーアーウェルカム。東戸さん、上履きまだ濡れてるの?」
「上履き?うん、まだぐしょぐしょだよー。今日は一日、乾かないかも」
そう言うと、東戸さんは裸足のままペタペタとほかの人のところへ行ってしまった。机の下には、東戸さんの濡れたままの上履きが残り、教室のフローリングを湿らせていた。
 「さようなら!」
「さようなら!また明日!」
帰りの会が終わると、クラスメイトは一人また一人と教室を後にする。教室前方からは、先程の東さんが、素足で上履きを履いて友達と出ていくところだった。東戸さんの上履きを見ていると、東さんのもまだ濡れているはずだけれど、裸足で歩くのは気が引けたらしかった。隣の東戸さんはというと、相変わらず裸足のまま、上履きを手に持って西岡さんとランドセルを背負って帰ろうとしていた。
「東戸さん、上履きまだ乾かない?」
「うん、まだ濡れてるよ。ほら」
そう言って自分の上履きを西岡さんに差し出す。ちょいちょいと人差し指で触る西岡さん。
「ほんとだー。じっとり、冷たい・・・。」
「靴箱に置いとくとあんまり乾かないかなー」
「開けたところがいいかもね」
「んじゃあ、机の上に置いていこうかな。明日には乾くよね!」
「うん、そのほうが乾くかも!明日雨だしねー」
そんな会話の後、東戸さんはランドセルから昔のプリントを取り出すと、机の上に敷いてその上に上履きを並べて置いた。そして裸足のまま、教室を出ていく。
「あ、小田くん、また明日~」
「う、うん、また明日」
女の子に手を振られることは初めてだったのでどぎまぎしながら振り返すと、東戸さんはタンタン、という裸足特有の足音とともに教室から遠ざかっていった。次第に人が少なくなる教室の中、僕は東戸さんの置き去りにされた上履きをのぞき込む。よくある、青色のバレーシューズ。中敷きは白かったはずだけれど、黒っぽく、足の形が付いていた。東戸さんの足の形だ。はっとして、顔を上げる。隣の席の女の子の上履きをのぞき込んで中を観察するなんて、ヘンな人みたいじゃないか。幸い、そんなに長い時間見ていたわけではなかったので、怪しまれることはなく、僕もそそくさと教室を後にした。
 
つづく