この時以来、入れ替わりは久しくやっていませんでした。きっとアカネお姉さんが忘れていたのでしょう。そしていま、急に思い出したようなのです。でも、今回は以前と事情が違います。
「アカネお姉さん、私たち、もう高校生ですし、きっと入れ替わったらすぐにばれてしまうのではないですか?それに、学校も違いますから、お友達との付き合いも難しそうですし・・・」
「そこらへんは、ほら、土日でマスターするとして。大丈夫よ。制服とっかえて髪を変えたら、見た目は全く見分けつかないんだから」
高校生になっても、髪型は違いますが、長さは同じです。相変わらず容姿も瓜二つなので、黙って立っているだけでは、そうそう区別はつかないでしょう。
「ですけど、性格とか、言葉遣いとかもけっこう違いますし」
「そこはほら、頑張ろうよ!きっと面白いって!ばれないとさ」
確かに、あの小学校での体験を思い出すと、楽しさを感じることはきっとできると思いますが・・・。
「ね?やろやろ!」
一度言い出したらしばらくほかのことを聞かないのがアカネお姉さんです。ここは私も興味がありますし、乗ってみることにしました。
「わかりました。でしたら、絶対にばれないように、してくださいね?」
「やった!よっしゃ!じゃあ、ミドリの学校の話、いろいろ教えて!」
「わかりました。でしたらまず、教室の場所から・・・」
それから私たちは、お互いの高校での様子をこと細かく説明しあいました。それはとても一日では覚えきることができません。私たちは土日を全て使って、なんとかお互いに情報を共有することができました。今度も、早くばれた方の罰ゲームは”相手の言うことを何でも一つ聞く”です。さてさて、アカネお姉さんにいったいどんなお願いをしましょうか・・・。今からワクワクします。
そして日曜日の夜。私たち姉妹の部屋では、明日からの最終調整が行われていました。
「おっはよー、ミサ!ねえねえ今日の宿題、教えてよ~・・・。こんな感じ、ですか?」
「そうそう、うまいうまい!さすがミドリ!じゃああたしも・・・。ごほん。おはようございます、里中さん。ところで、今日の宿題、見せていただいても、よろしいですか?」
さすが双子です。口調が合えば、まるで私がしゃべっているよう。ですが・・・。
「待ってください、私は友人に宿題を見せてもらうことなどありません」
「ふえ?そうなの?すっごーい!」
「当たり前です。・・・不安ですね。真面目にやってくださいね?」
「あたり前よ!罰ゲームがかかってるんだから!それで、ミドリのお友達は、と・・・」
「アカネお姉さんのお友達、本当に、これだけですか?といっても十分多いですけど・・・」
お姉さんに作っていただいた友人リストには、50人以上の名前が並んでいます。普段よくかかわりがある人たちだけでこの数・・・。ちなみに私の友人リストには30人程度しか書かれていません。大多数が同じクラスの女の子です。
「そうだねー。まだいるかもしれないけど、その時は頑張って!」
「そんな無責任な!」
「それより、ミドリ、明日の時間割、すごいね、全部勉強じゃない」
「そうですね。予習はすべて済ませてありますから、授業はノートを参考にしてください」
「うん、わかった。あたしも、ノートは綺麗にとってるからさ、復習に使ってよ」
確かに、アカネお姉さんのノートは意外に綺麗です。それも、カラフルなペンやシールなどでデコレーションされている、とてもにぎやかなノートです。大事なところは、すこぶる目立つので、いいのですが・・・。
こうして、いよいよその日の朝がやって来ました。私はアカネお姉さんの、アカネお姉さんは私の制服を着込みます。7月の制服は、どちらも夏服。私の学校は水色を基調としたセーラー服に赤いリボン、紺色のスカート、白ソックスにローファーです。上履きはなく、校内は土足OKです。アカネお姉さんの学校は、白いシャツに、ネクタイ、学校のイメージカラーである、ネイビーのサマーベスト、グレーとブラックのチェック柄スカートに白ソックス。校内は2足制で、ローファーと上履きを履き替えることになります。ん?上履き・・・。何も言われませんでしたけど、もしかしてアカネお姉さん、またしても上履きを置きっぱなしにしている、なんてことは・・・。玄関を出て、別れ際、私は慌ててアカネお姉さんを呼び止めました。私の持ち物に、上履きがありません。
「アカネお姉さん!」
「ふえ?どうしたの、ミドリ?」
すでに自転車にまたがっているアカネお姉さん。慌ただしく近寄って、尋ねます。
「あの、まさか、上履き、また置きっぱなし、なんてことは、してませんよね?」
答えは大方、予想できていました。いままで、アカネお姉さんが、上履きを洗っている様を、私は見たことがありません。しかし、答えはその予想の遥か上を行きました。
「あ、上履きね!言い忘れてた。あたしね、今、学校で上履き履いてないのよ。だから、ごめん、今日は上履きなしで過ごして!じゃあもう電車出ちゃうから!ミドリも遅れちゃうよ!じゃあね!報告楽しみにしてるよー!」
そう言い残して、アカネお姉さんは坂道を自転車でシャーっと下っていってしまいました。私は当然のごとく、呆然としてその場に立ち尽くしていました。頭のなかで、アカネお姉さんの言葉が反芻されます。今、上履き履いていないのよ。今、上履き履いていないのよ・・・。だから、今日は上履きなしで、過ごしてね!これは一体、どういうことなのでしょう?!アカネお姉さんは上履きを履かずにいままで過ごしてきたということですか?どうしてですか?そして私は今日、どうすればいいのですか?アカネお姉さんの腕時計を見ると、すでに始業まで40分を切っていました。アクシデントがあるといけないからと、今日は始業の1時間前に家を出ることにしていたのです。アカネお姉さんの方は特に乗り換えなどが心配で、私の学校の方が30分始業が遅くて良かったと思います。
しかし問題は私の方です。今から家で上履きを探す時間もありませんし、この入れ替わりは両親にも内緒です。上履きを探しているところを見られて、アカネお姉さんのはずの人物がミドリだとばれれば、どうなるか・・・。このまま行かざるを得ないようです。徒歩で学校を目指す私は、スタートから気分が重くなりながら、歩きだしたのでした。
つづく