「ねえねえミドリ、あたし、面白いこと、思いついちゃったんだ」

私の姉、アカネが、唐突に言いました。夕食を食べて、2人でリビングのソファーに座り、ミュージックステーションを観ていたところです。明日は土曜日で学校はお休み。とても楽しく、落ち着くひと時でもあります。
 私、青山翠と、姉の青山茜は、双子の姉妹です。アカネお姉さんの方が、私より2分ほど早く産まれたために、私は妹になりました。けれど、それはどちらでもいいと思っています。私たちは、2人で一つだと、常日頃思っているのですから。
 私たちは現在高校2年生。残念ながら、アカネお姉さんは、私と同じ公立の高校には入れず、滑り止めの私立高校に入りました。受験勉強は2人で相当頑張ったのに、どうしてなのでしょう。本当に残念でなりません。私たちの高校は、まったく反対の方向にあります。ですから、私たちは朝一番に離れ離れになってしまいます。アカネお姉さんは、元気に手を振ってくれるのですが、私はいつも寂しさを感じてしまうのです。
 私の通う高校は、自宅から駅まで歩いて5分、そこから電車で30分ほどで到着する駅から、さらにバスに乗って10分で到着です。アカネお姉さんの高校は、自宅から自転車で10分。徒歩だと20分。自転車に乗れない私は、自転車以外に手段のないアカネお姉さんの高校には、歩いていくしかありません。
 さて、アカネお姉さんの唐突な思いつきの、続きです。
「来週さ、あたしたち、入れ替わってみない?」
「え・・・?」
とんでもない思いつきです。アカネお姉さんは時々突拍子もないことを言い出しますが、これには慣れている私も、さすがに驚いてしまいました。
「入れ替わるって、どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。あたし、ミドリの高校、一度でいいから行ってみたいんだ!」
「私の高校なら、文化祭の時に、来たではありませんか」
「うーん、そうじゃなくて、生徒の一員になりたいっていうか。学校の子たちと一緒に過ごしたいっていうか!1日だけでも、ダメかな?ほら、前、やったじゃない?」
 それは忘れもしない、小学校3年生の時のこと。私とアカネお姉さんは、当時同じ小学校の別々のクラスに割り振られていました。クラスは全部で5クラスで、私は1組、アカネお姉さんは5組でした。廊下の端っこ、反対と反対に教室があったために、学校では朝から放課後まで、私たちは一度も顔をあわせることはありませんでした。
 そんなある日、アカネお姉さんの提案で、一日だけ、2人が入れ替わることになったのです。容姿は、他人から見たら一見して見分けがつかないほど、私たちはよく似ていました。髪型まで、瓜二つにしていたのです。一卵性双生児ですから、まあまあ当たり前のことです。お母さんによると、私とアカネお姉さんを見分けるには、首元のホクロをみるのが一番わかりやすいのだそうです。ホクロが右側にあるのが私で、左側にあるのがアカネお姉さん。
 そんな私たちですから、入れ替わっても、きっと誰も気づかないことでしょう。当時の私はまだアカネお姉さんと一緒に冒険をする子だったので、お姉さんの提案にすぐさま賛成しました。ただ入れ替わるだけでは面白くないので、早く気づかれた方が、勝った方の言うことを何でも一つ聞く、という罰ゲームを設定しました。お互いに、自らのクラスについて情報を共有し、お友達の正確、特徴、好きなことなどもレクチャーしあって、次の週の月曜日、私とアカネお姉さんは、それぞれ入れ替わった状態で、入れ替わったクラスへと登校したのです。
 アカネお姉さんの靴箱には、お姉さんのちょっと汚れた上履きが入っていました。本当は、毎週持って帰って洗わなければならないのですが。アカネお姉さんはそうはいかないようです。私は置いてあった上履きは履かずに、自分で持ってきた新しい上履きを履いて、校内に入りました。ランドセルも、服も、何もかもを入れ替えていたので、朝の段階では、お友達も先生も、誰も私たちの入れ替わりに気がつきません。私は事前に共有していた情報をもとに、難なくクラスに溶け込んでいました。しかし私は、私の、”青山翠”の靴箱には、上履きの類が何も入っていないということに、気が回りませんでした。
 順調に1日がすぎ、昼休みの時間も、私は週末アカネお姉さんから教えてもらった情報をもとに、友達付き合いをしていました。お友達を騙していることに若干の後ろめたさはありましたが、うまく付き合っていることがとても面白く感じていました。結局、私はその日1日、朝の会から終わりの会まで、誰にも入れ替わりを気づかれることなく、過ごしたのです。
 しかし、いざ帰ろうというとき、放送が入りました。
「3年1組の青山翠さん、3年1組の青山翠さん、至急、職員室の田辺先生のところまできてください」
田辺先生というのは、私の担任の先生です。一体、何の用でしょう。・・・その時、私の頭に不安が過ぎりました。まさか、アカネお姉さんが、入れ替わっていたことがばれてしまったのでは・・・。それか、私になりすまして大変なことをしでかしてまったのでは・・・?まずいことになりました。
 私は、一緒に帰ろうというお友達に謝って、職員室へと急ぎました。扉を開けて、田辺先生を探します。いました。いつもの先生の机。私は入室の許可をいただいて、先生の元へ行きました。するとそこには、すでに1人の生徒がいたのです。私と瓜二つの彼女は、入れ替わっていた、アカネお姉さんでした。
 私はどうしようもなくなり、その場に立ちすくんでしまいました。よくよく見ると、アカネお姉さんは上履きを履いていませんでした。私のお気に入りだった、サンリオキャラクターの絵が描かれたハイソックスだけで、学校の床の上に立っているではありませんか。そうでした。ここに来て初めて、私は私の靴箱に上履きを残していなかったことをようやく思い出しました。上履きがなかったアカネお姉さんは、仕方なく一日中、ソックスのままで過ごしていたようです。私のお気に入りのソックスを、真っ黒に汚して・・・。
「君は・・・?」
その時でした。田辺先生が、立ちすくんでいた私に気がついてしまいました。慌てて何か言おうとしますが、とっさに声が出てきません。私に気づいたアカネお姉さんが、慌てた様子で答えます。
「あー、えっと、あ、あた、わたしの、いも・・・姉の、ミ、じゃなくて、アカネです。って、なんであんたがいるの?」
「おい、ミドリ?どうした?」
「え?あ、な、なんでもないですう」
アカネお姉さんは明らかに気が動転しています。私はそそくさと、何事もなかったかのようにその場を後にしました。よかった、ギリギリ、セーフです。アカネお姉さんにいろいろと謝らなくてはと思って、私は職員室の前でしばらく待っていました。すると少しして、ソックス姿のアカネお姉さんがでてきました。ペタペタと躊躇なく足の裏全部を廊下につけて歩いています。きっと私のクラスのお友達は、私が上履きを忘れたドジな子だと思っていたことでしょう・・・。ああ、恥ずかしい恥ずかしい・・・。
「あ、アカネお姉さん・・・」
私が話しかけると、アカネお姉さんは口元に人差し指を置いて、しぃー、と言いました。そして、耳元でささやきます。
「今、あたしたちは入れ替わってるんだから。ミドリはあたしよ。あなたは、アカネ。家に帰って、いっぱい普通に話しましょ」
そう言って、アカネお姉さんは去って行きました。プリントの束を持っていたので、きっと要件はあれだったのでしょう。やはりばれていないようで、さすがだと思いました。
 靴を履き替え、アカネお姉さんの分と、翌日に備えて、私の分も上履きを持った私は、校門の近くでお姉さんの帰りを待っていました。しかし、お姉さんは、私のクラスの、私のお友達と一緒に、楽しそうに話しながらやって来ました。私は慌てて影に隠れます。すると、目の前を通り過ぎたのは、アカネお姉さん以外の子たち。アカネお姉さんは・・・?
「こら、ミドリ」
「きゃあああああ」
突然、頭をわしわしされた私は、びっくりして振り向きます。そこにはニコニコ笑顔のアカネお姉さんが立っていました。
「ほら、立って。一緒に帰るわよ」
「・・・はい!」
それから私たちは手をつないで、学校を後にしたのです。よくよく見ると、アカネお姉さんは素足で、私のスニーカーを履いていました。
「アカネお姉さん、靴下はどうしたんですか?」
「ん?これ?靴下、汚しちゃったから。そのまま履いたら、靴まで汚れちゃうでしょ?だから、脱いできたの」
「そうだったんですか!ありがとうございます」
「いいけど、上履きないこと、先に言っててよね?あたし、ちょっと困っちゃったじゃない。まさか一日中靴下で過ごす羽目になるなんて思わなかったわ。靴下、後で洗って返すから・・・。真っ黒だった・・」
「ほんとうに、ごめんなさい。でもでも、お姉さんも、ちゃんと毎週、上履きは持って帰って洗わないといけませんよ。こんなに汚れているではありませんか」
私はそう言って、アカネお姉さんの上履きを取り出します。
「い、いいじゃない、ちょっとくらい・・・」
「どれくらいですか?」
「えーと、3年生始まってから、持って帰ってないかなあ・・・?」
ほおをポリポリとかきながら答えるお姉さん。衝撃です。
「もう3ヶ月くらい経ってるじゃないですか!」
「ご、ごめんごめん。次からちゃんと洗うからあ」
「そうしてください!」
そんなことを話していると、私の服を着たアカネお姉さんが、おかしくなって、私は笑い出してしまいました。それを見たアカネお姉さんも、笑います。なんだか立場が逆転したような気もしますが、その後はその日一日のあれやこれやを話して、家についても、私たちは寝るまでずっと、2段ベッドの上と下に入ってもずっと、いつの間にか一緒に寝入ってしまうまで、その日あったことをお互いに話し続けていたのでした。またいつかやろうね、と約束して。
 ちなみに翌日のことですが、案の定、アカネお姉さんは、私の持ってきた上履きの代わりとなる新しい上履きを持って行き忘れ、その日も、お姉さんは、今度はアカネお姉さんとして、一日中ソックスのまま、校内を過ごすことになったのでした。そして私は、”今日は上履き持ってきたんだね!””ミドリちゃんが上履き忘れるなんてめずらしーって思ってたよー”と、少しばかり恥ずかしい時間を過ごしていました・・・。
 
つづく