「おはよう~、お母さん」
寝起きのパジャマ姿・髪ぼさぼさのまま階下へ降りると、お母さんがちょうど出かけるところだった。
「おはよう、今日、学校は?」
「おやすみ~。だから、もうちょっとねるわ」
「あんまり寝すぎないでよ!じゃあお仕事行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい~」
今日は学校の創立記念日のため、月曜日だけど私は一日お休み。部活もなし。もう一眠りしてやると思いながらトイレのドアを開けると、生暖かい風と共に、あるはずのない光景が広がっていた。
「・・・は?」
一旦扉を閉めて、もう一度開く。同じ光景。また閉める。おかしいな。寝ぼけてるのかな。それともこれは夢なのか?そう思った私は、自分の頬をつねってみる。いたたたたた。夢ではないっぽい。てことは現実か・・・。もう一度深呼吸して、再びトイレのドアを開ける。またしても同じ光景がそこにあった。
「なんで学校の廊下があるの・・・」
なぜか私の家のトイレが、学校の廊下につながっていた。
一歩足を踏み入れてみる。床の冷たさとざらざらを素足に感じる。
「本当に、学校・・・?」
ひっそりとしたその場所は、まぎれもなく、私がいつも通っている高校の3階廊下だ。2年生の教室が並び、私が出てきた扉は外階段に通じているはずのもの。非常時にしか使えず、ふだんは鍵がかかっている。だがその扉の向こうには、現在私の家がある。いったいどういうことなんだろう。まるでど○でもドアではないか・・・。
「・・・それより、トイレ・・・!」
私はさっきから感じていた尿意を思い出した。学校には行けても、自宅トイレに行けない。再び扉の中に戻り、一旦扉を閉める。お願い、私をトイレに連れていって・・・!そう念じながら扉を開けると、いつものトイレがそこにあった。
「よ、よかった・・・!」
用を足して、扉を閉める。気になって再び扉を開ける。再び学校に行けるのか、と思ったら、そこにはいつものトイレがあるばかり。さっきには何だったんだろう。だいぶん気になりつつも、今度は眠気が勝り、自室のベッドへと戻っていった・・・。
ふと目を覚ますと、時計は13:00を指していた。よく眠ったなあ。もうお昼か。私は伸びをすると、さっきの出来事を思い出す。さっきは眠っちゃったけれど、もしうちのトイレが学校につながっていたら大分便利じゃないだろうか!?もう一回、見てみよう。そう思った私は、念のため、先生とかに見られてもいいように、いつもの制服に身を包み、トイレのドアの前に立った。一つ息をして、トイレのドアを開ける。見事、ドアの向こうには学校の廊下があった。
「よっしゃ!」
登校時間、0分。私はソックスのままひょいと学校に足を踏み入れた。さっきとなんか感じが違うなと思ったら、そこは先程つながった扉とは違い、特別教室棟の3階の外階段へと通じる扉だった。地学室・化学室などが並んでいる。
「・・・本当に私の学校だよね・・・?」
創立記念日で生徒が誰も来ていないせいか、校内はとても静かだ。先生も今日は来ていないのだろうか。少し見て回ろうと思い、私はソックスのまま廊下を歩き出す。家から上履きを持ってくるのを忘れていた。汚れちゃうかもだけど、ちょっとだけ!
渡り廊下を通って、教室棟へ。その3階に、私の2年3組の教室がある。当然鍵がかかっており、中をのぞくと、いつもの教室の風景があった。やっぱり、ここは私の学校のようだ。
確認が終わると、私は再びあの扉へと戻った。今日はどこも部活もお休みのようで、人の声が全くしない。グラウンドにも誰にもいなかった。初めてのことで、少し怖くもなってきた。7月で外の気温はかなり上がっているはずだが、校舎内は案外ひんやりとしている。早く、家に帰ろう。トントン、とソックスのまま廊下を歩く音が、異様に大きく響く。ドアの前に来て、足の裏を見てみると、白いソックスの裏に灰色の足形の汚れがついていた。土日で結構なホコリがたまっていたらしい。
「うわ、きたな・・・」
軽く足裏をはたいて、階段へと通じるドアに手をかける。ぐっ、ぐっ・・・。
「あれ?」
あかない。何度も引いたリ押したりしてみるが、扉はびくともしなかった。
「ウソ・・・どうしよう・・・」
確かに、この扉から私は来たはず。なのになんであかないの!?冷汗が流れてくる。私はパタパタと廊下を走って、特別教室棟のすべての扉を確かめてみた。しかし、どれも施錠されている。
「あっちなら・・・!」
次は、朝通じた教室の並ぶ校舎の扉だ。渡り廊下を走って、そちらの扉もすべての階を確かめる。しかし、こちらも施錠済み。ソックスのまま走ったせいで足の裏が痛くなってきた。息もあがって、私は3階の扉の前で腰を下ろした。扉から帰れないとすると、いつものように通学路を帰るしかない。しかし、学校から自宅までは、住宅街や大きな公園を抜けて、自転車で10分はかかる。その自転車は自宅にあり、歩くとすると、その倍以上はかかるのではないか・・・。こんなことは考えてなかったから、荷物は携帯も含めて一切持ってきていない。教室の時計を見ると、時刻は15:00を回ろうとしていた。まだまだ日は高く、外は暑そうだ。どうせ外を歩くなら、もう少し日が暮れてからにしよう。待っているうちに、扉がまた家につながるかもしれないし。そう考えて、私はその場で足を投げ出してうとうとし始めた。
気が付くと、校舎内は暗くなっていた。しまった、また眠ってしまった!時計を見ると、18:00を少し過ぎたころ。私は念のためもう一度近くの扉が閉まっているのを確認すると、落胆しつつもソックスのままで校舎を一階まで駆け下りた。靴箱まで来たときに、さらに最悪なことに気が付く。
「靴がない・・・!」
それもそのはず、学校には家から直接来たせいで、ローファーを持ってきていなかった。体育で使うシューズも、自宅に持って帰っている。
「ウソでしょ・・・!」
愕然として、その場に座り込んでしまう。家に帰れない・・・!
周りを見ると、何人か、上履きや体育シューズを置きっぱなしの棚があるが、知らない人の靴を勝手に履いていくのは気が引けるし、他人の洗っていない靴を履くのにも抵抗がある。だが、そうなると、私はソックスのままで帰らなくてはいけなくなってしまう。どうしよう・・・。
数分間、うろうろしながらその場で考えた結果、私は意を決して、ソックスのままで帰ることを決めた。ひょっとしたら、待っていたら誰かが来るかもしれないと思っていたがそんなことはなく、改めてすべての扉を確認したが、帰れるということはなかった。そうこうしているうちに夕焼けからやがて夜へと変わり、すでに真っ黒なソックスの足裏を見ると、このまま帰っても変わらないのではないかという結論に達した。ソックスのまま外を歩くのはかなり恥ずかしいが、暗くなってソックスのままでもあまり目立たないし、幸いにも私の通学路は住宅街や公園など、人が少ない場所が多めだ。うまくやれば、人と会わずに帰れるかもしれない。時刻は午後7時過ぎ、私はソックス足を真っ暗になった校外へと踏み出した。
真っ暗な門をくぐり、アスファルトの道路をペタペタと歩く。初めて感じる、足裏のごつごつとした感触を少し気持ちいいと思いながら、ひっそりとした住宅街を歩く。普段は自転車で通りすぎる道も、ゆっくりと歩くと、小さなパン屋さんや花屋さんなどがあることに気づいて、今度行ってみようかなどと考えてみる。住宅街を歩いていくと、やがて大きな公園に差し掛かった。ここを通り過ぎれば、家はもうすぐ。学校から15分くらい歩いたが、さすがに足が疲れた。ここまではアスファルトの道路だったが、公園内は芝生や砂でおおわれている。夜だけれどまだライトが煌々とついていて、夜のトレーニングに励む人がちらほらといた。真ん中を通るのは目立つので、周囲の散歩道を行くことにする。砂の地面にソックスだけの足を踏み入れる。さらさらとした砂の感触をソックス越しに感じる。小さい頃は小学校の運動会とか、体育の走り幅跳びとかで裸足で砂のグラウンドを歩いたり走ったりしたことはあったけれど、靴下で歩くのはなかなかない。初めての感触になかばどきどきしながらも、時折トレーニングの人に追い抜かれながら、公園を無事に通過した。前から走ってきたある男の人は、私の足元に視線を向けて驚いたような表情ですれ違っていき、とてつもなく恥ずかしかった・・・。
そしてついに家の前にたどり着いたとき、最後の難関が。
「鍵がない・・・!」
すぐに戻るつもりで、家の鍵も持ってきていなかった。まだ両親は帰ってきておらず、玄関ドアは施錠されている。庭の方に回って、庭に面した窓をいくつか調べていると、リビングの窓が開いていた・・・!
「やった・・・!」
学校のホコリと公園の砂などでどろどろになったソックスを脱ぎ、お風呂場へ直行。足を見てみると、けがはないものの、ホコリや砂で真っ黒になっていた。
「はあ・・・、次は気を付けよう・・・」
それから、毎日トイレのドアを期待を込めて開けてみるものの、二度とそれが学校につながることはなかった・・・。
おわり