「ここで、踊るの?」
わたしが足を踏み入れたそこは、真っ白な砂浜だった電車に乗って一緒に来てくれた、撮影係りのお兄さんが、黙って頷く。
「きれい・・・」
自宅から1時間も離れていない場所のはずなのに、こんなにきれいな景色を見られるなんて、全然知らなかった。
「ここなら、楽しく踊れそう!早速撮ろうよ!」
わたしは今日、自身のダンス動画の撮影のためにいい場所がないか、写真家をしている知り合いのお兄さんに尋ねたところ、こんなにいい場所を探してきてくれた。
「じゃあ、1回目ね!」
曲は私の大好きな、韓国のアイドルグループが歌っているもの。たしかPVも、砂浜で撮っていたはずだ。日本のコスプレショップで買った、水色のセーラ服に、白ソックス、自前の革靴を履いて、いざ、スタンバイ。お兄さんの合図でスマートフォンを繋いだスピーカーから、曲が流れ出す。それに合わせて、何度も練習してきたステップを踏み、体を動かす。いい感じ、だけど、足元がおぼつかない。そっか、砂浜で踊るのなんて、初めてだ。練習はいつも大きな鏡のある自宅でやっていたから。こんなに足元がふかふかしてたら、踊りづらいし、なにより靴に砂が大量に入って、気持ち悪い。わたしは間も無く、NGを出してしまった。
「ごめんなさい、砂に足をとられました・・・」
お兄さんはにこやかにうなずいて、カメラと、音源のスマホを操作する。次こそは、最後まで踊り切るぞ!
…と意気込んだけれど、やっぱり慣れていないのか、4回撮っても、NGを出してしまった。
「ごめんなさい、ちょっと休憩、いいですか?」
さすがに疲れたわたしは、一旦、お兄さんが入っている木かげの下へ。もうすぐ春だけれどまだまだ寒さが残る季節、砂浜には人がまばらだ。きっと夏には海水浴に来る人でいっぱいになるんだろうな。今ならダンスを撮っても、まだ邪魔にならないだろう。
革靴を脱いで、レジャーシートにあがる。靴を傾けると、細かな砂がさーっと流れ出た。靴下にもたくさんついて、全体が砂っぽい。結構足を動かすから、砂が入りやすいのだ。靴下の中にも入り込んでいるみたいで、足の指をグネグネすると、その間がざらざらした。
「あ、そだ!」
そんな自分の靴下を、スポーツドリンクを飲みながら眺めていたわたしは、ふと思いついた。
「靴、履かなければ、いいんじゃない?」
どうせ砂まみれになるなら、靴は履いても履かなくても一緒。むしろ履かない方がうまく踊れそうだ。わたしがそう言うと、お兄さんはハッとしてこちらをむいた。びっくりしてそちらを向くと、お兄さんはコクコクと頷いた。ちょっと試しに、やってみようかな。
「じゃあ、お兄さん、またお願いします!」
わたしはそう言って、靴をそこに置いたまま、白いスクールソックスだけで、砂浜に踊り出た。粒の細かな砂が、靴下に包まれた足をさらに包み込む。素足で歩いたことはあるけど、靴下で歩くって、なんか違って新鮮な気持ち。太陽に照らされた真っ白な砂は、気温に比べて暖かく感じた。わたしは靴下だけの足を砂に埋もれさせたり、足の指で砂を掴んだり、ぐにぐにと埋もれさせたりして慣れさせると、お兄さんにカメラと曲をお願いする。最初のポーズから、ステップを踏む、うん、やっぱり、動きやすい。靴なんて、いらないや!曲のテンポにのって、動作を一つ一つ丁寧にやっていく。そうして、ほとんどミスなく、一曲約4分を踊りきることができた。
「やった!できました!」
お兄さんも、満足気に撮った動画を確認している。
「あの、もう一回、いいですか?今度は、もっと完璧に踊りたいです!」
ここまできたら、風景も完璧だし、ノーミスで行きたい。わたしはそれから靴下で砂を踏みしめ、完璧になるまで、3回踊っていた。終わる頃には、すっかり汗をかいていた。踊っているうちに、表面の乾いたさらさらとした砂だけでなく、その下にあった湿っぽい砂が露出して、白い靴下は、砂まみれだ。
お兄さんにスポーツドリンクをもらい、ごくごくと一気に飲み干す。あー、生き返る!
「ふー、疲れましたあ。でも、最後の一回は、わたしなりによくできたかなって、思います!」
わたしが笑顔を向けると、お兄さんも満面の笑みで頷いていた。それから動画を確認して、無事、撮影終了!
「やった!じゃあ、せっかくなので…」
海にきてるのに、海に入らないなんてもったいない!でも、水に濡れちゃうとゼッタイ寒いから、波打ち際だけ…。今さら脱ぐのもなんなので、朝から一緒にがんばった靴下のまま、海に入ってみる。
「冷たい…けど、気持ちいい!」
バシャバシャと足踏みする。靴下は、びしょびしょ。でも、いい気持ち。
「今日はありがとうございました!おかげさまで、とても楽しかったです!」
海で水と戯れた後、私はとたとたと、道具を片付けているお兄さんに駆け寄る。お兄さんはにっこりとして、深々とうなずいた。
「じゃあ、帰りましょうか!」
ビショビショの靴下を脱ぐと、お兄さんの渡してくれたタオルで足を拭き、替えの靴下なんてないのでそのままローファーを履いた。素足で、ローファってちょっと恥ずかしいけれど、そんなの気にしない!
後日、公開した私の「踊ってみた」動画は、動画サイトで3位をとった!ただコメントを見ると、靴下で踊っていることが気になっている人が多いみたい。意外とこの路線、イケるかも…!?
おわり