田畑さんが、机の中から日誌を取り出す。ようやく、一日のまとめに入る。
「鈴木くん、きょうの時間割は?」
「えっと、まず数学があって、理科、音楽、英語、家庭科、国語の順番だったね」
「そうね。それから、一つずつ、内容を書いていくと・・・」
田畑さんは時折ボクに尋ねながら、一日の授業内容を書き上げていった。一人でもできるはずなのに、ボクに話を振ってくれることが嬉しかった。そんな気遣いができるところも、田畑さんのいいところ。
「よし、と。じゃあ感想だけど、二つに分けて、2人で書こっか。ね?」
「うん、いいね、それ」
というわけで、16行ある感想欄の8行目の下にラインが引かれ、まず田畑さんが書き出した。その後、ボクが書く。田畑さんの感想からするとひどく見劣りするし、字も上手くないし、なんだか自信をなくしてしまった。でも田畑さんだし、それは当然のこと。そう思って、回復する。
ボクの感想を読んで、田畑さんが目を輝かせた。なんだろう?なにも上手いことを書いた気はしないんだけど。
「鈴木くん、ここいいね!書き出しの、時節の挨拶っぽいの!これ、鈴木くんが考えたの?」
えっと、書き出し?それ、字数を稼ぐために入れただけなんだけど・・・。そんなに感動してくれるなんて、嬉しい。
「う、うん、一応、ボクが・・・」
「すごおい。こんなに大人っぽい文、久しぶりに見たよ」
「田畑さんのも、十分すごいよ。大人っぽいし」
「わたし?ううん、全然そんなことないよ」
またまたご謙遜を。でも、そんなにボクを上げてくれるなんて思ってもみなかった。よかった。田畑さんと一緒に、日直ができて。
それから2人で一緒に職員室の担任のところまで、日誌を届けにいった。ペタペタと、靴下のまま廊下を歩く田畑さん。ほんとうに、夢を見ているようだ。でも、夢じゃない。田畑さんはほんとうに、白いソックスの足の裏を、埃で汚して歩いているのだ。あの、田畑さんが・・・。
先生は田畑さんの仕事ぶりに多いに感謝していて、ボクまで一緒に褒めてくれた。後日見たところ、日誌の内容にも満足していたらしい。田畑さんは本当に、すごい。
再び教室に戻って来た時には、西の空がすでに暗くなっていた。
「ごめんね、鈴木くん、こんなに遅くまで付き合ってもらっちゃって」
「え?ううん、ボクは全然大丈夫だよ。用事もないし、・・・一生懸命やったの、久しぶりだったから、なんか、達成感があって、気持ちいい」
「そう?・・・わたしね、真面目に、なんでもやりすぎちゃうことがあるの。この日直の仕事もね、他の男の子と一緒にやると、だいたい先に帰っちゃってね・・・。わたしも、途中でやめちゃうこと、あったんだ。でも、鈴木くんは最後まで文句も言わずに付き合ってくれた。わたし、それだけで十分、嬉しいよ。本当に、今日はありがとう。いつか、お礼、させてね」
「え?いいよ、そんな、お礼まで・・・」
「ううん。わたしがしたいの。しなきゃ、気が済まないの。・・・ごめん、また、押し付けがましいこと・・・」
シュンとする田畑さん。ボクは慌てて言い直す。
「あ、ううん、大丈夫。そっか、じゃあ、いつか、待ってるね。お礼」
ぱっと明るい顔になる田畑さん。結構浮き沈みの激しい人なんだな・・・。でも、そんなところも、かわいくて、いい感じ。
その後ボクたちは靴箱で別れ、別々に帰宅した。一緒に帰ろうか、とも思ったのだが、家が逆方向だったので、諦めた。その代わり、田畑さんはボクの姿が見えなくなるまで、ボクに手を振り続けていてくれたのだった。
つづく