日直の仕事のひとつに、黒板消しというものがある。授業で使った黒板を、授業後綺麗にする仕事である。
「そうだ。黒板、消さなきゃ」
一時間目、数学の授業が終了し、早速田畑さんが持ち前の責任感で、黒板に向かおうとする。ごく自然に、ボクは言う。
「あ、いいよ、田畑さん、座ってなよ。靴下でしょ?ボクが、やるから」
すると田畑さんは振り向いて、にっこりして言った。
「ありがとう、鈴木くん。でも、鈴木くん一人にさせるのは、悪いな。これくらい、わたしにもできるよ。一緒に、やろう」
うう~、天使さま。さすが、田畑さん。
「そ、そう?じゃあ、一緒に・・・」
ボクは靴下姿で教室を歩く田畑さんの後ろを付いて黒板の前に立ち、黒板クリーナーを手に取った。数学の先生の筆圧はなかなかで、なかなか跡が消えない。ふと隣を見ると、真っ白なソックスだけで教室より一段高い台の上に立ち、時折つま先立ちになって、田畑さんはがんばって黒板を拭いていた。躊躇なくチョークの粉で白っぽくなった台の上を白いソックスだけで歩く田畑さんに、またドキドキ。
  
  日直の仕事に、日誌書きというものがある。一日の授業を全て終えたボクと田畑さんは、放課後、教室に残って最終点検をしていた。ボクはやはり、一人でやろうとしたけれど、田畑さんは手伝うと言ってくれた。2人でやると、早いから、と。田畑さんの靴下の足の裏は、一日学校中をそのままで歩き回った結果、灰色に足の形が浮かび上がっていた。ホームルームが終わると、クラスの人たちはめいめい、帰ったり部活に行ったりと、三々五々教室を出て行く。残るのは宿題を忘れた人や、話に夢中な女子グループくらいだ。田畑さんは仲のいい女子に手を振って、最後の授業だった、国語の板書が未だ残る黒板の前に立っていた。ボクもその横に立って、黒板消しを手に取ろうとする。その手に、田畑さんの、手が触れた。慌てて両者ともに手を引っ込める。
「あ、ご、ごめん、田畑さん・・・」
「う、ううん、いいのいいの。ちょっとびっくりしちゃって・・・」
お互いに目を合わせられず、うつむいてしまう。胸がドキドキする。なんだろう、この感じ。
「や、やっちゃおっか。遅くなっちゃうね」
田畑さんが黒板消しの一つをとって、黒板を拭き始めた。文字がどんどん、消えていく。同時にボクのドキドキも、次第に収まって行く。やがて田畑さんは、チョークの粉で真っ白になった黒板消しを二つ持って、窓に向かった。ボクの教室は3階で、開け放たれた窓からは結構遠くの町並みまで見渡せる。

つづく